2008年01月31日

1/30

・年賀状のお年玉のあたり番号が出たので
調べました。
今年初めて気づいたんですが、
まず全部若い番号順に、机の上に、
数字だけ見えるようにして並べて置いて、
で、おもむろに1等から順にチェックすると、
チェックはあっという間に終わりますな。
並べ替えがちょいと手間ですけど。
Tipsです。
で、見事切手シートが当たりまして、
引き替えるついでに書き損じを……
毎年、書き損じを替えて貰うのが、
恥ずかしいDEATH。
あ、80円切手の意匠が変わってました。

・エルゴソフトがパッケージソフトビジネスを終了だそうです。
学生時代Macを初めて買って、
初めて使ったワープロ&IMが
EGWord&EGBridgeでした。
機敏で素直ないいソフトでした。
ATOK8が投入されてそちらに乗り換えて、
ワープロの方はクラリスワークスを得てからそちらへ。
しかしATOKやクラリス、MSOfficeを向こうに回して
あの狭い市場でよく粘りましたな。
お疲れ様です。
最近のことえりはすごく性能よくて、
ずっともう14年もATOK信者の僕でさえ
Mac用ATOKを買うのを躊躇したほどです。
(結果的にはやはり馴染みのATOKの方がストレスが無い)
数千円を出してわざわざ日本語入力システムを買う人は
減り続けているんでしょうなあ。
ワープロもWordもありますし
Apple製のiWorkでも十分ですしね……

これ、ジャストシステムはどこまで頑張れるんだろう……
vistaの方はよく知りませんが、
MacはついにOSに辞書までもちやがりまして、
辞書入りATOK買ったんですけど、
辞書はOSのばかり引きます。
やっぱりね、あのIMの小窓の横にぬるっと出てくる
インターフェイスでは、限界があります。
そういうところでIMが差別化するのは
今後どんどん難しくなるのでは。
変換効率も頭打ってますし……
日本人が存在する限り、
日本語変換システムの研究開発が
無くなることはないと思うのですが、
そんな不安に駆られるニュースでした。
そのうち日本語入力システムは、
Photoshopみたいに10万円でプロが買うものになったりして。

そもそも、
パッケージソフト、というよりも、
単品のアプリケーションソフトが、
プロ用の特殊なブツ以外必要なくなってきてるのかもしれませんな。
それを強く思ったのがGmail使い出してからで、
単品のThunderbird使うよりも
ずっとずっと便利。
WinとMacの壁もマシン間の壁も無いし、
設定は覚えててくれるしスパムフィルタは強力だし
バックアップの必要もないし。
ゆくゆくは全部こうなっちゃうのかも。
今のMacBookでも、あとで入れて頻用してるソフトといえば
ATOKとSkypeとVLC……ぐらい。
そしてSkypeとVLCはタダ。

ASUSの出した5万円ノートPC
「EeePC」やっぱり大人気で入荷待ち状態らしいです。
PCはシンクライアント方向へ向かうのかな。

・家が塗り直されました。
キレイになりました。
期間中はペンキの匂いがきつかったり、
雨戸を閉め切ったままで日中でも真っ暗だったり、
なかなか大変でしたが、
まぁ、しょうがないです。
築もう50年近いのかな、
日本の戸建てでは限界に近い年数なので、
メンテ割と大変です。
もちろん費用も。
うちエアコンでも8台あって、
8台もあるとね、毎年のようにどれかが壊れる(笑)
そのたびに15万コースでございます。
こんなこと言いますと何を贅沢な、
と怒鳴られそうですが、
なにかがあればあったで、
その分、いろんな意味でのコストがのしかかります。
そのコストを楽しめる程度のものを持つ、のが、
いいバランスなのかな、と思いました。
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2008年01月30日

1/29

・あいかわらずFF11やってるんですけども。
「カンパニエops」ってのがございまして、
小作戦に参加していくばくかの経験値を貰うものなんですが、
そのチケットが1日1枚発行なんです。(7枚までストック)
これを発行してくれる軍人さんが
すごくテンションが高くてですね、
「おいお前!カンパニエopsを受けるのか!
 カンパニエopsのことなら、俺に聞けぇ!!」
みたいな。
それはいいのですが、
チケット使い切って、なおもらおうとしますと、
「おい貴様!券を切らしているぞ!
 次の発券は20時間後です」
と、いきなり掲示板の書き込みみたいな物言いになります。
要するに上はセリフ下はシステムメッセージなんですが、
これ絶対狙ってやってるなあ、と。
まぁ、それだけなんですけど。

・あいかわらず家電Watchウォッチを続けてるんですけども。
この記事を読んで↓
http://kaden.watch.impress.co.jp/cda/column/2008/01/24/1824.html
飛ぶようにドラッグストアへ飛んでいき、
花王「サクセス 頭皮スッキリ洗浄ブラシ」を買って使ってみました。



これ、万人におすすめです。
私のような頭髪若草山状態の男性諸氏のみならず。
見た目よりずっと刺激はソフトで、
ほんと「キモチイイ」って感じです。
そして指の腹で揉むよりもずっとスッキリ。
これ、もしこの刺激が効いて密林のようにフサフサになったら
どうしよう。
Amazonとか呼ばれたりして。
さらには浪速のモーツァルトのように、
ことあるごとにヅラ疑惑を否定せねばならないという
めんどくさいことに。
ようやく最近薄毛を受容する心が芽生えて、
ナイス薄毛メンの写真をGoogleで集めて
「薄毛でもカッコイイ髪型(notスキンヘッド)」
の研究を始めたばかりだというのに……

あとこういうタイプのボディ用が欲しいな、と思いました。
私身体洗った後のタオルをすすぐのがものすごくめんどくさくて、
あれが無い世界はどんなパラダイスだろう、
といつも思っているので。
いや、もうありそうですね。
ともかく安いし、気持ちいいよ〜。

・アウシュビッツの過酷な環境を生き延びた方々には3種類いるんですって。
前提として身体的な頑健さはなんの関係もなくて、
(1)愛を実践した人々
(病人に少ない食べ物を分け与えるような)
(2)美を意識できた人々
(鉄格子の向こうの若葉に目を奪われるような)
(3)夢を捨てない人々
(戦争が終わったらドイツ一うまいパンを焼くんだ!というような)
ですって。
こんな言い方にすると不謹慎かもしれませんが、
愛を育み美を見つけ夢を抱くことが、
究極の健康法かもしれません。
心と体は不可分ですな。
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2008年01月29日

1/28

・1/26の話にケムさんとこで御反応いただき。
http://chemool.fc2web.com/diary/d0801.html#2008/01/28

>だからっていつも尻から逆算して動くのは良くない癖だとも思いますがw
>その結果悪い「記録」ができてしまい毎回それを破る勢いで作業の密度が高まっていくw

そうなんですよね〜。
「たかがくくれる」ようになって、
夏休みの宿題をやるのがどんどん遅くなります。
密度が高まっているなら、
一番前に持ってくれば、より楽できるのに、
おかしいですよねぇ(笑)

僕の場合ですと、
いつもイメージはほんと1週間も要らないぐらいでできまして、
プロットまでは早いです。
(早い時は30分ぐらいでできる(笑))
けど、最近どんどんそこからこね回す時間が増えてまして、
これが良くない。
プロットといいますかボーンといいますか、
マンガでいうところのネーム、の段階で、
だいたいの「おもしろさ」の雰囲気は掴めるものでして、
それを現実化する段階で、
どうエネルギー注いでも、そう上下しません。
(上下するようでしたら、むしろ勘が悪い)
もちろん不安なまま進めてああ収まったよかったよかった、
ということもありますけども、
基本は、変な表現ですが、
「こんな感じのおもしろさだろう」
というところへ着地するものです。
だから現実化の段階でこね回してもしょうがない、
と頭ではわかってるんですが……
まあ、浸るといいますか、
こねこねすることそのものが好きだから、
「それ」をやっている、という側面が
コンテンツ商売にはどうしてもありまして、
極端なことを言いますと、僕の場合、
なんでもいいから書いてれば幸せなんです。
だから、なんか悩んでるフリして、
書き続けて、ぬるま湯にずーっと浸かってるような、
そんな感じ。
よくないですね。
お客さんの手に渡って、はじめて仕事として完結するわけですから。

特にコレ(blog)はやばい。
責任も無いし、縛るタガも無いから、
ヘタすると一日、
自分にとってすらどうでもいいことを書き続けて、
「書く」ということそのものに耽溺してしまいます。
最近はそうならないように、
できるだけ戒めているのですが、
それでもふと気を抜くと、溺れています。
ぶくぶく。

そんなこともあって、
いいイメージ湧くまで心ゆくまでこねていい部分と、
こねずに作り上げろ!と自分のケツを叩く部分と、
分けて意識していきたいなぁ、
と最近よく思っています。

どうせその時Maxのものしかできないんだから、
さっさとやっちまえばいいですよねぇ(笑)
質同じなら、早い方が仕事として喜ばれます。
結果として量も増えるし。
なに気取ってんだか、って感じで、
自分の頭を殴っています。

・ものすごく単純化して言えば、
「アイデアは奔放に、
 現実化は堅実に」。
作業1から100まで新奇なアイデアてんこ盛りである必要はないし、
(むしろそれは受け取る方もしんどい)
しかし堅実なばかりの「お仕事」では自他共につまらない。
二つのバランスは人それぞれでしょうが、
パレートの法則ではありませんが、
量と掛かるエネルギーを反比例させると、いいのかな?
たとえば、アイデア:作業=1:9の量なら、
エネルギー的には9:1で費やす感じで、
バランスを取る。
また、取れるような仕事の進め方をする。
と、気持ちよく進めていけるんじゃないかな〜、と。
もちろんそんな理屈通りにいつも行く訳じゃないんですけどね!
というか、自然とそうなる、面もあります。
「これは!」というアイデアの時は、
こね回さなくても大胆に仕事が進みますし、
ちょっと平凡かなー、と思う素材でも、
仕事量という力尽くで、
見栄えや満足感だけでも増やすことはできます。
いつもホームランばかり狙わず、
ここは四球でも全然OK、とか、
逆にここで狙わずいつ狙うというチャンスでは
糞ボールでも思いっきり振っていく、とか。
そんな感じで、仕事全体を
トータルパッケージで俯瞰できれば、
進め方に余裕ができる、かなあ、と思います。

と、まあ、理論はいい感じだ(笑)
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2008年01月28日

1/27

・福士さん失速してしまいました。残念でしたねー。
なんと30km以上を一度も走ったことなく
マラソン初レースだったそうで、
もちろん常識外の調整法です。
きっかけは男子の世界記録保持者の、えー……(検索中)
ゲブレシラシエ、さんが
「マラソンはイージーだ」
と言ったのを小耳に挟んだからだそうで、
いやぁ、そりゃやっぱりそういうトップオブザトップスの連中は
生まれ持ってなにか別のシステム持ってる可能性もあって、
あんまり真面目に聞いちゃいけませんね(笑)
学生時代でもほんとに勉強できるヤツって
ものすご余裕ぶちかましていたでしょう。
増田明美さん(だったと思うのですが)、
の言葉の孫引きなんですが、
マラソンというスポーツは
「マラソン用ボディ」
に自分の肉体を改造していくものだそうで、
35kmまでは普通に走れるんですって。
しかしそこから先で勝負するには、
そういう改造人間にならないとダメだそうです。
その言葉通りのレース展開になってしまいました。
やはり常識の壁は厚かった。
しかしそんな話を聞いても
「ヤツならやりかねん」
と思わせるところがやっぱりスター選手ですな。
また仕切り直してトライしてもらいたいものです。
なによりあの人は競技が楽しそうなので、
見てて気持ちいいですね。

・先日MLBではさまざまな数字が
選手の能力を測る指標とされている、
のようなお話をしましたが、
私なにもMLB万歳ではありませんで、
なんとなればあの回帰分析っていうのに
私は昔から非常に懐疑的なんです。
(もちろんMLBでもセイバー系の数字に頼らず
 古典的な考え方を元に補強をするチームも多い)
だってあれ、極端にいえばつじつまあわせですよね。
「勝った者が強いんだ」という。
そりゃそうだけど。
でもそこからは新しい価値は生まれないんじゃないかな。
たとえば、ops(出塁率+長打率)でいうと
イチローがかなり平凡な打者になってしまったり。
また、一見人為が入らない(公平に見える)ようでいて、
仮説式を立てる時点で項目の取捨選択などでかなり人間の意図が
入るものです。
マーケティングでもこの手法はよく使われるのですが、
僕がミクロ系の経済学にまるでなじめなかった理由の一つがこれでした。
この分析にこだわりすぎると、
「売れてるものをパラメータ化して、
 そのパラメータが極大化するようにものをつくる」
ってやり方につながりやすく、
そんなやり方でいいものが生まれてたまるもんですか。
革命というものは今まで考えもつかなかった
組み合わせや視点から生じるものです。
もちろん、ちゃんとわかってる人は、
数字は数字、分析は分析、ということで
最後の最後では勘やひらめきで補うわけですけども。
数字というのは、説得力がありすぎるので、
怖いのです。
また、
メタ要素(一打席も立たなくても客を呼ぶ選手はいる)や
ネットワーク要素(AとBの二遊間は球界一!とか)を
ほとんど考慮できませんしね。
僕は、そういう要素には、
想像するより強力な作用があって、
要素個体の評価と同等かあるいはそれ以上の意味がある、
と思います。

まあ結局、どんな指針や数字を操るにしても、
最後は操る人の能力だ、って当たり前の話なんですが。
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2008年01月27日

1/26

今日も
「楽できないかな、楽できないかな」
と懸命に考えているながたです。
楽するためならどんな苦労も厭わない!
その努力をもうすこし違うところに。
いやこれ人類のためですよ人類のため。
普遍的に使える「楽する方法」が見つかれば、
イグノーベル賞も狙えるかもしれません。

去年の年末に、なんだかものすごく物事が
スムースに運んだことがありまして、
物事といってもたいしたことではなく、
年賀状書きと忘年会の幹事とコミケ参加なんですけど、
まあ、どれも本来めんどくさいことです。
でもなんの都合かひょいひょい進んで、
なんか年末なんか時間余っちゃってですね、
「こんなの久しぶりだ!」とか一人で
その時間を持てあましてたりして。
で、一月ちかく経ってつらつら思い返しますに、
この時おそらく、
なんの拍子か、それらを
「不確定な部分」と「確定的な部分」に
分けることができてたんですね。
年賀状を例に挙げますと
「不確定な部分」というのは、
絵柄を考えることです。
「確定的な部分」というのは、
それをCGにして印刷して表書きして出すことです。
「不確定な部分」にはエネルギーが必要です。
情熱と知恵と運が状況を左右する。
しかし、量的にはわずかです。
絵柄のアイデアが出てある程度固まるまで、
たったそれだけです。
「確定的な部分」には、エネルギーはあんまり要りません。
代わりに必要なのはコツコツ動く「手」。
もう毎年何回もやってることですから、
ベルトコンベアに載せさえすれば手が勝手にやってくれる。
でも、量的には多い。
作業にもよると思いますが、
多いときには、8割9割がこれです。
ふだん私達はこの二つの部分を、
未分化なまま意識してますから、
「知恵と勇気を振り絞りながら」
「莫大な量をこなしていかなければならない」
とイメージしてしまい、
それが「めんどくさいなぁ」という
エンジンの掛かりにくさに、
つながってるのではないでしょうか。
でも実際は、こんな感じで、
未知の世界を歩く部分はほんの少し、
あとはよく知ってる世界を歩く、
ただしかなりの距離を。
この僕の場合ですと、
たまたま3つともよく知ってる作業でしたから、
すぱすぱすぱと切り分けが効いたんだと思います。

もちろん、この二つの部分は、
いつもこんなにキッパリ分けられるとは限りませんし、
分けた部分が、
またこの二種類に分けられることもあるでしょう。
今回は「途中で年賀状アプリ不調」という
トラブルが出まして、
それは淡々と進むはずの作業の中に
知恵を使わされる部分が生じてしまったわけですが、
その時も、どう対処するかを決めてしまえば、
また黙々とこなす作業に戻ります。

こんなことをわざわざ明示的に意識しなくても、
人間は無意識で切り分けつつ
物事を進めているものですが、
ま、なにか「めんどくさいなぁ」と思うことがありましたら、
一度こんな感じで切り分けてみて、
「どこがエネルギー取られる部分なのか」
を把握するのがいいかもしれません。
ものすごくめんどくさそうに思える作業でも、
意外と本当に「チャレンジ」が必要な部分、
って驚くほど小さかったりするものです。

また、よく言われるように、
パートごとに細切れにしたり、
あるいは時間軸で分割して一日分を決めたりすると、
この「ややこしそうな」不確定な部分も、
小さくなります。
物事を動かすときに一番トルク、力が必要なのは
動かしっぱな、ですから、
小さくなってると動かしやすいですね。

もちろん、初めてぶち当たるような物事においては、
「どこがわかってないか、わからない」
という事態によく陥るのですが、
そこも結局は何度かトライして経験を積むうちに
切り分けができるようになってくるものかと思います。

もうすこしこの考え方を進めて、見方を変えれば、
「撃ちっぱなし」といいますか、
「結果を考えずに行動のみを考える」
というラジカルな行動パターンが提案できるかもしれません。
人が物事におっくうになるときって、
結局「結果」の予測が不能だったり、
イメージが曖昧だったり、つまり
「どうなるのかなぁどうなるのかなぁ」
と思ってる時です。
どうなるもなにも、
やれることは自分のパフォーマンス内で決まってるわけですから、
それを引き出せばあとは天だか神さまだかが
勝手に結果を決めるわけで、
自分は関与できません。
だったら、結果をうずうずうずうず考えず、
今できるベターだと思われる選択肢を行動する、
しかない。
(まあそれは頭でわかってても悩むのが人間ってものですが)
撃ちっぱなしにすれば、同語反復ですが、
不確定な部分は極小化されます。
やっちまうわけですから、
知恵や気迫を浪費しませんわね。
以前、「手がけたらすぐ無意識に渡す」みたいなことを
書きましたが、あれも結局同じことで、
イメージを持って行為を選択した以上、
そこから先は無意識と手と身体の出番で、
頭や意識がもがいてもしょーがないですな。
ここんところ意識して「抜く」ことができると、
同じ作業量でも非常に楽に、
同じエネルギーを使うなら莫大な量を、
こなせるのではないかな、
と、獲らタヌでござる。
極小化の度合いによっては10倍とかいけるんじゃないですか?

念を押しますがそれは手を抜くのではなく、
普段我々がパワーだと思ってるもの、
知恵や勇気や情熱、が、
よい影響を与える作業と、
まったく関係ない作業とがあって、
関係ない作業の場合は、使わないでおいて、
関係ある作業のところに集中しましょう、
ということです。

逆の方向に、応用できるかも。
ルーチンワークがつまんないなぁ、
と感じたら、
ほんの一滴でも頭と心を使うような部分を
意図的に取り入れれば、
がぜん面白いことになったりします。
年賀状なら、
「このご時世だからこそ!
 イモ版でもやってみるか!」
と思ったりすると、かなりエンジンは掛かります。
たいてい、取りかかってから後悔するんですけど、
まぁ、泣く方が無感動よりはいい、
という考え方もありで。

素早く的確に
クリエイティブ・パートとルーチン・パートを切り分け、
クリエイティブ部分で凝縮させたエネルギーを爆発させたら、
あとはルーチン部分を鼻歌交じりに楽しく……
とまあ、そんな風に巧いこといかへんかなあ、
と思っています。
posted by ながたさん at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月26日

1/25

年末から年始に掛けて、ただでさえ上がりにくい日本株が
サブプライム問題がらみでなぜかさらに下がり、
なんて日本市場は魅力がないんだ、もうおしまいだ、
みたいなお話をよく目にしたんですが、
それは違うと思います。
ド素人の勘ですけど。
あれはただ単に中国市場やインド市場が
「流行ってる」
からみんなそっち行ってるだけじゃないですかねえ。
今や株式市場ってはっきりギャンブル場で、
ギャンブルである以上大きい勝負がたくさんなされてるところへ
みんな集まりますよね。
手堅い勝負がポツポツ行われているところよりも。
それだけのことだと思うんですが……
日本いい国ですよ。
今、だってロンドンとか人住めないじゃないですか。
物価高すぎて。
政治が混乱、っていうけどそれはもう高度成長期から
ずーーーーーーっとそうだもん(笑)
安保の時なんか、僕生まれてませんけど、
たぶんこんなもんじゃないですよね。

MLBの話をいろいろ読んでると、
古くからのNPBファンが嘆いてるんです。
ああもう日本のプロ野球はメジャーの育成リーグだ、
みたいな。
いや、それは卑下しすぎで、
たとえばサッカーで、南米の国だと、
いい選手から欧州へ行っちゃうわけですが、
それでその国のリーグがダメになるか、
ってそんなことなくて、
どの国も熱狂的な戦いが繰り広げられています。
なんでもやり方次第で、
選手の質というのはスポーツのある部分しか占めませんよ。
高校野球とかだってそうだし。
というか、現実としてホークスもファイターズも
マリーンズもイーグルスも、
うまくやってるではないですか。
あんなにTV中継がないのにパの観客動員ジリジリ増えてるし〜。

あんまりのほほんとしすぎるのもアレだと思いますが、
不要に危機感ばかり煽るのもアレかなあ、と思います。
だいじなのは盛り上げていく作戦を考えまた実行していくこと
ですからね〜。

確かにMLB日本人選手を集めると
秀さんに一塁に回ってもらうとして
(投)松坂-岡島-斎藤 (補)城島
(内)岩村・松井稼・井口・松井秀 
(外)田口・イチロー・福留
などという気色の悪いチームができてしまい、
北京で見たい、とか思ってしまったりもするのですが、
しかし現代表と戦って現代表がまったく歯が立たないという感じもせず、
どころかダルや憲伸あたりが投手戦に持ち込めば十分勝ち目がある。
誰か一人抜ければ一人芽が出る可能性がある、
と考えればいいと思いますよ。
posted by ながたさん at 11:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月25日

1/24

ふと調べ物をしていましたら、
野球の「見方」って、
アメリカというかMLBはずいぶん進んでるんですねぇ。
我々は打者を計る物差しといえば
打率、HR数、打点、ぐらいですけど、
向こうでは過去の統計から導かれた係数を、
各打席の結果にいちいち適応させて
「総合得点力」みたいなものを導き出す、
そんな数字が攻撃にも守備にもいろいろあるようです。
旧来の打率や打点にしても、
その年の平均からどれほど離れてるかを数値化し、
まあいえば偏差値みたいなものですな、
その年が打高投低でもあるいは逆でも、
ある程度信頼置ける数字を出すとか、
あるいは本拠地球場の広さまで係数化して掛け合わせて、
打者の本当の打力を考える。
ま、考えてみればきわめて当たり前のことですけども、
「3割打てば一流」
などとアバウトな指針に馴染んでる
私には驚きでした。
福留さんが4年で50億かなんかですよね。
我々はビックリしたわけですけど、
その「得点能力」みたいな指針
(スタッツって言うそうです)
で行くと、06年07年の福留さんは
「NPB史上でも屈指」というぐらいの
ものすごい得点能力で、
(四球選択眼と走塁能力が高い……
 ともに打率ではわかりにくい能力)
もしうまくMLBにフィットしてその数値を出せば
めちゃくちゃお買い得、
という値段なんですってあれ。
ギャンブルはギャンブルですけども、
日本人野手は割と器用で、アジャストできる能力が高いのは
イチローや両松井、城島、田口、井口、岩村……
と例にはことかきませんからねぇ。
決して金が余ってるからなんぼでも出てくる、
というものではなく、ちゃんと計算された投資なんですな。

それではなぜそういう「うんうん」と納得できるような
「数字」つまり「評価」が
このネット時代になっても日本では一部
野球マニア以外に流通しづらいのか。
たぶん、ですけど、
あんまり数字を追いすぎると、
ミもフタもないんです、野球というスポーツは。

たとえばV9巨人時代の王・長嶋の
得点能力を数値化しますと、
もう止めようがないというおそろしい数字を
ずーーーっと出しており、
それはなにを意味するのかといえば、
王と長嶋さえいれば、
あとは平均の野手と平均の投手を用意するだけで、
ほぼまちがいなく勝てるんです。
実につまんない結論ですよねー。

もちろん、スポーツは人間のやるものですから、
奇手奇策で統計をひっくり返すことはできます。
80年代後半から90年代中盤まで延々と続いた
西武王朝を止めえたのは仰木彬ただ一人でしたが、
仰木さんはマジックをやりたくてやったわけではなく、
普通にやれば普通に勝てる巨大戦力西武、
に対して「普通じゃないこと」を恣意的に起こして、
統計をゆらがせ、誤差を引き出し、
そしてわずかな可能性のある
「普通じゃない方」つまり奇跡を起こすこと、
なんです。
それが「西武包囲網」や「日替わり4番」、
野茂やイチローのような尖った選手を重用する選手起用に
つながるわけですな。
だから仰木さんが西武を率いていたら、
森さんと同じ鉄板野球をしたかもしれません。

プレーオフ制度なども、
僕は日本のアレはあまり好まないのですが、
つまり長くやればやるほど確率通りの結果が出てしまう、
「強い者が勝ちすぎる」
野球というスポーツに、あえて揺らぎをもたらす、
ものだと思えば、まあ、納得でき……
それでも日本のはもうちょっとなんとかならんかと思いますけども(笑)
勝率わずか55%で優勝できるというのも変わったスポーツです。
サッカーやアメフトでは考えられない。
あのへんは強豪は基本全部勝つつもりでやってますからな。
逆に言うと、
そのたった平均から5%の差、というのが、
「長くやれば」「多くやれば」
絶対的な差になるんですなぁ。
不思議なものです。

そんな確率スポーツの中でも、
イチローや王さんの数字はブッ壊れており、
頭一つ抜けている。
なにが彼らをそうさせるのか、
同じ人間なのに。
それは「才能」や「努力」などでは説明がつかないのです。
それでいうなら長嶋さん野村さんまでのところは、
「才能」「努力」順でしょう。
おそらく、そうじゃない「何か」があるから、
ポンと抜けるんです。
それは何か。
クルマで言うと、ターボがついてる。
よそのメーカーが2000ccのNAで
ひぃこら言いながら200馬力出して、
1馬力2馬力を争ってる時に、
300馬力とか言ってる。
魔術のようですが、
でもそれは、ターボの存在を知っていれば、
不思議でもなんでもない。
そのターボが作れるかどうかや、
自分のことに応用できるかどうかは
とりあえず置いておくとしても、
僕はその、ターボがあるのかないのか、
あるとするならどんなものなのか、
それを知りたいのです。
posted by ながたさん at 03:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月24日

本「常識はウソだらけ」日垣隆




ごっつおもしろかったです。
世の中は知らないことばかりですなぁ。
明快にまとまってますので
立ち読みでもすぐ読めるのではないでしょうか。
おすすめです。

こういうのを読むと、
やっぱり、「ちゃんとした情報」は
(なにをもってして「ちゃんとした」というのかは、
 ひとそれぞれだと思いますけども)
お金か手間か、とにかくコスト掛けて手に入れないと
ダメなのかなぁ、と思います。
今もその道のプロは、
モノにせよサービスにせよ、
「ああ、あれはいい。あれはいい」
「いやぁ、そこまでは要らん。これで十分」
というしっかりした判断ができると思うのですが、
そういう言葉がなかなか
「普通の人」にリーチしませんよね。
それは、ちょっと大げさに言うと、
生活とか生き方とかでもそうで、
「あぁ、そこまでムリせんでもこのへんで十分やで」
みたいな「知恵」っていうんですかね、
が、あるところにはあるけど、
それが広がりにくい社会構造に
なってます。
これだけネットやメディアが発達しているのに。
いやむしろ、そういうものが発達してしまったので、
そういうところに流れてるものこそが
真実だと思うようになってしまったのかもしれません。
町のご隠居の言ってることよりWikipediaの方が、
正しそう。
そうとは限らないですねぇ。
たとえば、あるメーカーの新製品情報は、
ネットのどんな情報よりも、
社員が一番よく知っている。
「それは隠されている情報だからだ」
というのはそうですが、
でも、本当に知りたいのはそういう情報、
「で、ぶっちゃけどうなん?」
というところではないでしょうか。

……というような、
たるんだ精神に冷水を浴びせられるような本です。
posted by ながたさん at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年01月23日

1/22

ごめん、こないだ
「無印(HOOP店)にお茶売ってない」
って言ったけどあれ嘘でした。
めっちゃあった。
罪滅ぼしに鉄観音烏龍茶とダージリンティーをば。
どこ見てたんだろう、わし。
拙者お店でモノを探すのが極端に苦手でござる。
あ、店だけじゃないや。
部屋の中でも見失うことは多いです。
割と見た目の整理はできてるはずなんですが……
「ここにあるはず」というのが離れないのかな。
でも人間はわりと、ぽんと
普段と全然違うところへ置いたりしますよね。
こないだはDVD-Rドライブの、焼きソフトが見つからなくて苦労しました。
絶対捨てるはずないからどこかにあるはずなのに、
どこにも無いの。
あれってリテール買うと、ドライブごとについてくるじゃないですか。
それが2台分もどこにもないの。
しょーがないのでフリーのとか使ったんですが……
なんか3年ぐらいして「ああこんなところに!」と言い出しそうです。

最近困ってるのが、
Macのエディタでして、Jedit使ってるんですけど、
突然CPUがぶん回るほど激重になります。
Leopard入れる前は快調だったのですが……
てなことでATOKも外しLeopardを再インストールしても、
これ直らない。
ということはLeopardとJeditの相性みたいなものかも、
と思うのですが、そういう報告はざっくり調べたところ無くて……
エディタって、単機能だけに設計者の癖というかセンスが
色濃く出ます。
どっちかというと機能の有り無しより、
そこが肌に合う合わないの方が
重要なもののような気がします。
Jeditその点では結構気に入ってるので、
なーんか方法が無いものかな、と思うのですが……
しょうがないので今はOSについてくる
テキストエディットを使っています。
シンプルでいいですな。
どうでもいい話ですが、
私ゲーム屋さんに入る前の同人誌は、
全部Windows標準のワードパッドで書きました。
だってそれで十分だったもん。
仕事になると、
文字弄りとか(字数数えたり特定行数で切ったり)、
ファイル弄りの仕事が増えますので、
さすがにエディタにしたんですけども。
文字書いてましてMac文化のありがたいところは、
OSがそもそも文字間・行間にうるさいので、
どんなエディタやワープロを使っても
デフォルトで見栄えがとても美しく、
非常に快適に使えることです。
もちろん大日本スクリーン製ヒラギノフォントの威力も絶大。
弱点は、プロポーショナル文化が染みついてるので、
日本独特の「全角半角」文化に弱いです。
「横25文字」っていう簡単な設定が極めて難しくて、
「ヒラギノの”m”換算で48文字で折り返し」
とかそういう世界です。
まあ、なんとでもなりますけどね。
しばらくテキストエディットかなぁ……

家の外装工事がはじまりまして、
塗り直しなんですけど、
そのために日中も雨戸を閉めたままです。
ホテルで缶詰になってる気分ですよー。
最近、ついに寒さに耐えきれず、
自部屋に布団を持ってきてしまいました。
あたりまえですけど、これで寝る直前まで暖かい。
寝ちまえばこっちのもんですからねー。
そのへんも「ホテル感」をブーストしております。
もういっそ、
「ホテルで缶詰」をコンセプトにした部屋作りをしようか、
と思い詰めるぐらい。
ホテルの部屋って合理的ですからね〜。
そうだな、あとはちっちゃい電気ケトルとお茶セットぐらいか。
さすがにユニットバス代わりにおまるを置いたりはしませんが。
狭いと文句を言う前に、
狭いからこそ快適だ、と思うような部屋にする!
そんな前倒れスピリッツで、力強く生きていきたい。
posted by ながたさん at 02:55| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月22日

1/21

仕事の資料を探しに
 便利なフレーズやなー。
街へ出かけ「ついでに」PCショップ覗いてみました。
以前からPCショップにちょっとした違和感あったんですけど、
理由わかった。
いいパーツからないの。売り切れてるの。
魚屋さんみたい。
新製品の回転が早くて古いのがすぐゴミになるから
入荷が小刻みなのと、
情報=人気が集中しやすいブツだから、
でしょうねぇ。
いや、4日ぐらい寝ずに考えたんですけど、
やっぱMacBookAirはSSDを載せて完成する、
と思いますので、
今年後半出てくるだろう2代目を狙おうと。
ならば今のMacBookさんを強化するのも手で、
2.5インチシリアルHDDをざっくり調べましたところ、
日立の7K200ってのが性能では一番、
対抗は性能的には半歩譲るものの容量の大きいWDの320GB。
これが両方無い。
日立の一つ前の7K100とか、WDの250GBのモデルとか、
があって、「ぁー」って感じ。
あれ、だからさ、アキバとか日本橋は、魚河岸なのよ(笑)
いい魚求めて今日もPC職人達が仕入れに勤しむのです。

さすがにSocket478のマザーボードは新品はなく、
中古も一枚、ものすご古くてVGAの載ってないものしかない。
2.5万円ぐらいで心臓部(CPU/MB/メモリ)を新しくできるのですが、
そうするとそのマシンの方が今のマシンよりも高速になってしまい、
なんとなく釈然としない。
さりとてぴっかぴかブランニューって話になりますと、
やれケースやれOSやれHDDも光学ドライブもSATA、
とやっぱり結構な出費になりそうで、
そんな必要はいまんところ無い。
サブサブ機の補修は保留です。

鉄心夫妻の日常心構えが
「明日できることは今日しない」
という素晴らしいもので、
皇位継承問題の時も思いましたが、
「先送り」は日本人の知恵ですな。

ただちょっと自作売り場見てて楽しかったのは、
選択肢は増えてるかも。
モンスターパーツもあるけど、
お得なオンボードコミコミもできますよ、
という感じ。
OSを持ってるの使えば、
5万円ぐらいで平均的なPCができあがり、
メーカー製パソコンはさすがにそこまで安くないですから、
だいぶいいかんじが戻ってきましたね。
平日真っ昼間にもかかわらず人も少し居ました。

今の、というかここ10年ぐらいの
PCアーキテクチャって、
ボトルネックはずっとHDDアクセスなんです。
動画エンコードのような重い作業は
たいていハードなHDDアクセスが生じるので、
コアが4個あってもメモリが潤沢でも、
裏でそういうのが走ってますと、
webブラウズごときでもキャッシュ見に行くとひっかかるし、
いやテキスト書きさえ日本語の場合は変換でひっかかる。
となると、ユーザーの自衛策としては、
「別の作業は、別のパソコン」
っていうのが実は一番確実で簡単……
と、最近つくづく思います。
ただ、高速大容量のSSDが当たり前になってくると、
この辺も変わってくるのかもしれません。
SSD搭載のPCも増えてきて、
レビューや感想もぽつぽつ出てますが、
一様に「スペックから考えがたいほど快適」と聞きます。
ランダムアクセスの多いOS/アプリの作り方と、
それに強いSSDとの相性がいいのでしょう。
32GBもあればシステム用のドライブとしては十分ですから、
32GBのSSDが1万円程度になってくると、
HDDとのハイブリッド搭載がブレイクするかも。
来年今頃ぐらいかな?
もう今SDカードでは16GBが1万円を切る勢いですからねぇ。

あぁやっぱり組もうかしら……
いけませんな、モノ見ると物欲が刺激されます。
手段のために目的をひねりだしたりして。
コワイコワイ。
posted by ながたさん at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月21日

1/20

週末ですし、また心にうつりゆくよしなしごとを。
今月はちょっと「ほえなが」、
変わった感じがしません?
ちょっと変えているのです。

具体的な説明は難しいのですが、
今まで白い紙に黒で一生懸命絵を描いていた、
とするなら、
あ、白の部分も絵か、と気づいて、
そのように描くようにしている、
感じです。
こう聞くとごくあたりまえのことなんですけど、
実は実際の行動の中では、
うまくできてないことが、多かったんです。
もともとおせっかいでもあるので、
なんていうかこう、
「やればいい」と思っていて、
やればやるほどいい、というのが
僕の基本的な姿勢です、いや、でした。
でも、なにもやらないことが、
状況や相手にとっていいこと、
ってことが、やっぱりありますよね。
なので、やるのはいつでもできるんだから、
「やらない」ことをやろう、
というのが年末あたりから今まで、
ぽつぽつ「やってる」ことです。

例を挙げますと、
先日のMacBookAirの話などは、
今までだともう少し、
愛憎入り乱れた言葉を羅列していたと思います。
でも、それでは自分も読み手さんも困惑するだけ。
ではどうすればいいか。
自分の立ち位置を考える。
 お前はどうしたい。Air。
 わりと欲しい。お金無いけど。
じゃあ、その位置に立って、
最終的にはそこに導かれるように、
心に浮かんだ要素を並べて行けばいいのではないか、
という書き方が、ああいう感じです。
だから、たぶん、読んだ方には
「いろいろ言ってるけど欲しいんだなこの人」
というのが伝わっている……と思います(笑)
ただそれを、「欲しい〜〜〜」の一言で片付けては、
わたし一応プロですから、恥ずかしいので、
そこに至る「いろいろ」のところを巧く盛りつけることで、
美味しくいただいてもらえるような、
そんなお料理にならないかなぁ、と。
お刺身なんて、あんなもん言ってしまえば
切っただけですよね。
でも最上級の料理になるのは、
そりゃもう素材の選択にタイミングに切り方に盛りつけ、
微妙な差異が積み重なった結果です。
エネルギーはちゃんと費やされています。

もう少し違う言い方をすると。
今までは、
「白がこれだけあって黒がこれだけあります。
 僕は白っぽいかなと思うんですけど、
 これこれこういう理由で、
 難しいですねぇ」
という書き方だったのを、
「僕、白が好きなんです。
 (こんな黒もあるんですけどね)」
というような感じに。
シンプルでしょ?
「ほんで、なんや」
というのが文章には一番大切です。
そこをスパッとお見せして。

言いたいことを言う、
なんて基本中の基本ではないのか、
と思われるかもしれませんが、
これがなかなか。
言っていいことと言わなくてもいいこともありますし、
言い方もありますし、
また、これは職業柄なんですけど、
「手が書く」ということも増えてきます。
思ってもいないことを勝手に。
変な話ですが、
手が勝手に書くのにまかせて、
自分のイメージと違う……
と小首をかしげたりするんです。
そりゃ違いますわね。
ちょっと難しいのは、
イメージを持った上で手が勝手に、
っていう時は、
思いもしないような
いいものができる時があるんです。
それと、ノー・イメージあたますっからかんで、
手だけが書いたものとは、全然違う。
あれだ、カッコ良くいうと
イチローが糞ボールに手を出しちゃうのと同じ。
球に自動反応するように鍛えられているので、
頭では止められない。
それではダメで、
その自動反応自体をもう一段二段鍛え上げて、
ストライクゾーンのいい球を、
イメージ通り飛ばす、
ことができるようにする。
いや、一時はこの「自動化」こそが
量と質を高める決定打だ、
と思っていましたので、
そういう方向を自ら鍛えたのです。
そうすると、
確かに量は出るんですけど、
どんどん満足できなくなっていった。
そりゃあたりまえで、
表現の悦び、っていうのは、
「自分のイメージを、カタチにできた」
ってところに生じるのです。
イメージ無いのに満足なんかできるわけない。
だから自動化の方は一旦OKにして、
次はイメージ固定能力の方に戻りましょう〜。
という感じ。

まあこのように、
人間の進歩というのは
ZIG☆ZAGです。

こうすると、わりとカンタンです。
(カンタンと楽とは同義語ではないですが)
お財布の中身これだけあって、
お店にいろいろモノが並んでて、
 まずなに一番欲しい?
 これ。
 買える。じゃあ買おう。
 あとはまぁ、適当に。
カンタンですよね。これが、
 あ、あれも欲しい、これも欲しい、
 あれも素敵、これも素敵、
 財布お金これだけ、でも家に帰るともう少し、
 カード使ってもいいかも、借金だけど、
 一番使い切れる満足度の高い組み合わせは……
となると、ちょっと、たいへん。
使ってるお金(=努力)
は同じですよね。
そして自分と相手の満足度はまあ、
悪くない。

ま、理屈はこうなんですけど、
やっぱり染み付いた癖や生まれもっての性分もあって、
すぐ「あれもこれも」って言い出しちゃうんですけど、
なるべくこんな感じにしよう、
とやっておりまする。
 
posted by ながたさん at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月20日

1/19

8mmVTRの取り込みは終わりました。
65本ありました。
どう考えても見ない15本ぐらいは
もう断念しました。
あぁ……
これでいつ地球上から8mmデッキが
無くなってもダイジョウブ。
こんな後ろ向きの作業をたっぷりやった後で、
こんな後ろ向きの作業はもうするまいと思いました。
しかし私の部屋にはまだVHSテープなるものが
山のように……

男の生き様だったのが、
サブサブ機、P4-2.4、
以前はメインとして長くFFなどで活躍してくれたのですが、
取り込みが終わった翌朝、
「さあ今日からちまちまDVDに焼きますかね」
と思った瞬間、
壊れました。
一度画面が出て、乱れて、息をしなくなったので、
たぶんマザーボード。
最後の力を振り絞り、という感じに、
ちょっと感動しました。
HDDは無事で、別マシンに接続すれば元気に動いているので、
それはいいのですが、
問題はこの亡骸をどう再生させるか、で、
また1万円近く出してマザーだけ買うのがいいのか、
(まだ売ってるのかな? Socket478の)
それとももうご時世がご時世ですし、
45nmCPUでvistaなものを新しく組むのがいいのか、
折衷案として安いAthlonとAMD690?でしたっけ、
あれでそれなりパワーアップ、も手だな、
と思ったり、
いろいろです。
なぜ迷うかといえば当機がサブサブだからで、
いいの組んでサブに格上げするのはいいんですが、
それをするとアプリのインストールやらデータの移動やらが
あってヒジョーにめんどくさい。
そしたらばサブサブなど捨ててしまえ、
とはいかず、
たとえば今回の8mmの取り込みのように、
「サブでFFをやりながら」
などという時に非常に役立つのです。
それはメインでやればいいんじゃないの?
っていや、メインは仕事で使ってるので、
安定第一、
余計なアプリやデータはできるだけ入れたくない。
とかいいながら締め切りに追われつつ
Leopardを入れたりしたこともあったけども!

まあ、相変わらず、どうでもいいことで悶えています。

・というだけでは寂しいので
日立マクセルがこんなものを。
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20080116/maxell.htm
タイムドメイン・スピーカに興味がある方は
いかがですか。
古いiPodの再利用にも。
(通常のラインinもあるので、
 もちろんポータブルCDを繋げたり、
 PCの入力を入れるのもありですな)
バッテリの切れたiPod miniなんかと組めば、
価格性能比がすばらしいオーディオのできあがり、です。
今も私、lightを使っていますが、
聞き疲れしない音質はとてもナチュラル。
この記事にあるようなソースが特に強いですな。
ヴォーカルが歌い上げるようなタイプの。
MacWorldのkeynoteで
http://events.apple.com.edgesuite.net/f27853y2/event/index.html?internal=fj2l3s9dm
Pixerの音楽の人が「ToyStory」のあの
「君は友達さ」みたいな曲
(曲名調べろよ(笑))
を弾き語りで演ったのですが、
たかだかストリーミングを聴いてても
素晴らしかったです。
タイムドメインには信者が居て、
そのへんちょっと気持ち悪いと思いますが、
「特定のソースではやたら強い」
のは日頃使って実感。
ジャンル的にこれが強い弱い、というのではなくて、
音や声を「聞かせる」感じのソースに強く、
音をぼんぼんぶつける音圧勝負なタイプが苦手です。
また、実はひっそり便利な点は、
タイムドメイン・システムは無指向性が強いので、
(これも音の出口が横向きという斬新さですな)
設置ポジションとリスニングポジションを
比較的問わない点です。
極端な話ですが机の下、足元に置いてもいい音聴けます。
これが普通のスピーカとは違うメリット。
スピーカって実はカサ高いですからなー。
このモデルなら、設置場所はかなり自由な感じ。
リモコンもあるしね。
ま、タイムドメインの弱点としては、
(というよりもモニター系など
 ソースに忠実なオーディオ共通の弱点として)
ソースの粗が見え易い。
(「容赦がない」という表現をされます)
mp3とCDとの差が大きくて、
取り込むビットレートを大きくしたくなりますな。
mp3はmp3、CDはCDという割り切りができればいいんですけども。
もちろん機材の差やCDの録音の状態もモロに出ます。
うちでも、
MacBookのイヤホン兼のラインアウトで出すより、
iPod(3G)を直で繋いだ方が、
まったく同じソースでも
よい音が鳴るのです。
CCCDとか、十曲一絡げの企画ものCDがやっぱり音が悪かったり。
いい音を喜べるようになると、
悪い音が許せなくなって、
それは幸せな事態なのかどうか。
こうして人はオーディオの泥沼にハマって行くわけですな。
ある程度で切り上げて。
まあ、オーディオ考えてる方の
ご参考までに。
 
posted by ながたさん at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月19日

1/18

エクリプス・スタディ
http://response.jp/issue/2008/0116/article104292_1.html
(追記・記事直リンクできないみたいです。三菱の「【デトロイトモーターショー08】三菱 コンセプト RA…次期 エクリプス」という記事です)
三菱最近チョーシに乗ってますね。
我々ガンダム世代直撃で素晴らしいです。
ガルウイングが懐かしいですな。
あれ実用性ゼロらしいですけども。
いいんですカッコ良ければ。
スポーツクーペだもの。
しかもなんですかあのエンジンフードの
エンボス加工みたいなの。
最高じゃないですか。
そしてネジ模様。
あなた河森ファンね?
河森ミネルバかっこよかったよねえ!
しかもコイツが凡百のカッコだけカーと違うところは、
なんといってもシャシーがランエボだという点で、
中身も実績十二分のホンマモノ。
流行りのツインクラッチ・トランスミッションでね。
しかもディーゼルでしょう。
ディーゼルは低回転からパンチ効いてますから、
普通の人でもアクセル踏んだ瞬間
「おお」と言っちゃえると思いますよ。
トラクションのいい四駆との相性も抜群。
昔話ですが、
マツダ・カペラ・カーゴ・PWS、
(プレッシャーウェーブスーパーチャージャー。
 余談ですが僕はこれよりカッコイイサブネームを知りません。
 息子が生まれたら名前につけたいぐらい)
あれはまだ軽油が安い頃でしたが
東京-広島を4000円で走れるクルマと
高い経済性をとても評価されてたのですが、
それだけでなくスーパーチャージド・ディーゼルっていうのが
やけくそにトルクがあるんですよね。
だものでいわゆる「よく走る」クルマで、
それもあって通が喜んだのです。
ランエボベースで2.2L級、ってことは、
真面目に商品化するとしても350ぐらいでなんとかなりそうで、
それならなんとか手が届く人は多い。
これまた素晴らしい。
言うてもGT-R777万は絶対額として高嶺の花ですからなー。
自らの強み、
ガンダムデザイン、ハイテク4WD、ディーゼル、
ずらり揃えたこれは非常に魅力的です。
やっぱり、MacBookAirの時も思いましたが
自分の得意なものをどーだー!というのが、
受け取る方も気持ちがいいですね。
メーカーに、
理屈と言葉はもう要らん、
という感じです。
このままとは言いませんが、
できれば出現して欲しいもので、
その節にはぜひ、日本だけでも
「スタリオン」
の名を復活させるのはいかがでございましょう。
スタスィオンちゃいますよ。
それは河合その子。
もちろんCMはジャッキー・チェンもしくは舘ひろし。
いやさすがにもうちょい若い方がいいか……
できれば筋肉質のアスリートっぽい男前がいいよね。
あ。
鈴木啓太とかどうです?
名前スズキだけど。
啓太なんとなく馬っぽいしね。
これがWRCで暴れ回るとさらにステキなんですけども……
ストラトスとかね、やっぱりファイターは
ファイターっぽいカッコが良くて、
コンパクトハッチもいいんですけど、
カッコイイのが走ると、よりいいと思います。
ま、クルマはなんというても走るものですから、
「走りそう」っていうのが非常に大きな魅力ですよ。
モノはなんでも、本質、本質。
 
posted by ながたさん at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月18日

1/17

部屋にTVがあると思わずスポーツ観戦です。
ちょうどスーパーボウルへ向けてNFLプレーオフでしてねぇ。
プレーオフはやっぱりタイトな試合が多くて面白いですなぁ。
ペイトリオッツってのが今季16戦全勝で勝ち上がってきており、
強い。
カンファレンス5位ジャガーズとの試合、
前半共にタッチダウン2つずつ決めて14-14、
ところが後半に入るとじりっ、じりっと離されて、
最後はなんとも抵抗のしようがなくジャガーズ敗れる。
あ、浦和とミランの試合を思い出していただけると、
あんな感じでした。
得点差大きくないけど力の差はどうにもならない感じ。
敗れた方も非常によくやってるんだけど、
ほんのわずかなプレーの差で負ける。

こういう試合を観て、私達は今のように
「ほんのわずかなプレーの差で」
という言葉を簡単に使いますが、
でもここにこそ、
力の差が歴然とある。
重箱の隅をつつくような
ミスをしないプレーを志向すれば強いのか、
ってそうでもない。
「基本が大事」と言いますが、
どちらかというと
基本を大事にするから強い、
だけではなくて、
強いヤツは基本も強い、
そんな気がします。

ところが逆に、
カンファレンス2位の最強QBマニング擁するコルツ、
逆山NFCの1位カウボーイズは共に
ギリギリの所をジリジリと押さえられて負ける。
この2つは、共に勝ったチャージャーズ、ジャイアンツが
「相手の強みを封殺する」
というアウェーの戦いを
(レギュラーシーズン上位がホームアドバンテージ)
見事にやり遂げてました。
ここまでくると矛が勝つか盾が勝つかは
本当に紙一重。

アメフトはルールがわからない、
実況と解説が謎の言葉ばかり述べる、
とお思いかも知れませんが、
カラダとカラダが激しくぶつかり合うでしょ〜
という迫力を楽しむだけでも楽しいものです。
あと、ほぼアメフトだけだと思うのですが、
「時間コントロール」
をデザインする、できる、珍しいスポーツでして、
そこも見所。
特に終盤。
どんなスポーツでもゲームには「流れ」があって、
掴んだ方はそれを失うまいとし、
失った方はそれを取り戻そうとします。
アメフトは時計を止めるチャンスを
いろいろ与えることで、
その「流れ」までもコントロールするスポーツなのです。
ここがいかにもアメリカという国っぽくてよいですな。
チャンスは絶対ある。
ただし、使い切れないならお前が悪い。
これを優しいと取るか厳しいと取るかは、
自分の考え方次第。
posted by ながたさん at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月17日

1/16

MacBookAirってのが出ましてねー。
wktkして待ってたJobs師匠のkeynote、
前3つで小さなネタで引っ張って
(北米的にはiTunes storeでビデオレンタルスタートは
 巨大な話題かもしれませんが)
最後にこれ。
しかしですね。
15の歳からモバイル歴20余年のスレきった
私はですね、
この程度のスペックでは、
ぴくりとも来ない。
なんたってPanasonicのLet'sシリーズ、
SONYのVAIO T/G、TOSHIBAのDynabookSS、
日本には光学ドライブを載せて
1kgを切るか切らないかという
宝石のようなサブノートが百花、
とまでは言いませんが十花繚乱で、
こんなね、ここまでいろいろガマンさせて
1.3kgもあるようなブツはあなた、
まだ台湾のFabと日本勢とでは技術的な差があって
ホッとしたようなしかし残念なような……
と、ぶつぶつぶつぶつモニタの前で独り言を
しゃべってからふと、
手元の愛機MacBook黒2型を目にしますと。

もさっ。

……アイブ・マジック!
いやー、これ見てからMacBookやProを見ると、
あんなにCoolだったウチの子が
えらいもっさりした旧世代プロダクトに
見えてしまいますよ。
ちくしょー、これがデザインの力やなー。
いやー、おそろしい。
最厚部2cmって(相対的に)
たいしたこと全然無いんですけど、
こう見せられるとなんかめちゃめちゃ薄く見えますな。
プロの仕業です。

現実的には、各所でスレたモバイラーが述べてますように、
本来この軽さを欲するヘビィモバイラーこそが
使いにくい仕様なんです。
まずフットプリント(底面積)が大きい。
喫茶店や新幹線のテーブルで使いにくいのです。
そして交換不可能なバッテリ。
交換できませんと、予備を使って強引に
駆動時間を2倍に延ばす荒技が使えません。
PCならば外付け汎用電池ボックスみたいなのも
サードパーティから出てますが、
最近のノート型MacはあのMagSafeの副作用で
そういうのが無いんです。
これもキツイ。
また拡張性の無さは各種通信カード型でモバイルしてる人には
辛いですな。

しかし、モノには二種類あって、
欲しがるモノの姿がはっきりしてる客に
できるだけそれに沿う商品、
と、
そのジャンルに興味のない客の
目を引いて、引っ張りこむ商品。
日本でこそ今パソコン買うというと
ノート型一択だと思いますが、
ほんの5年前はそうではなかったように、
パソコンといえばデスクトップ、
を買おうとするアメリカ人や欧州人に
「ほらぁ、ノート型って、かっこいいでしょう〜〜〜」
というのを見せつける、のは意味がある。
あ、あれかっこいいなぁ、と思わせて、
結果としてMacBookを買ってくれればいいわけだし。
なにより、
「これ作りたかったんだろうなあ……」
と思ったのが、Keynoteでの大将の笑顔。
あんな満面の笑みはiPhoneの時もLeopardの時も
出なかった。
やっぱりあの人はコンピュータ・ガイであって、
「coolなコンピュータを作ったぜオレ!」
っていう晴れがましさがよく出てた笑顔でした。
見てよこの決めポーズ
おっさんカッコよすぎです。

まあ、理屈はともかく、
史上最も軽いMacであることは間違いなく(よね?)
軽いMacが欲しいなら
泣きながらあれを買うしかない。
とにもかくにもカッコイイしね。
モノ買う時ってやっぱり、
「うおー!これカッコイイぜー!
 ……いやしかし待てよ?」
というのが楽しいと思います。

よし、2-3週間後出荷か。
また心斎橋AppleStoreへ見に行こう。
今度はtouchの時みたく気絶しないよう、
現金は持たずクレジットカードだけ持って……
posted by ながたさん at 12:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月16日

1/15

サブサブ機を組み直してみたところ、
キャプチャボードとソフトの動作が
若干機敏になったので、
8mmテープソースをキャプチャするという
後ろ向きの作業に再トライ。
本数にして60本、
ソース数にして150本ぐらいあって
吐きそうです。

まあただ、セットすれば
終わるまでなにもしなくてもいいので、
なんというか、手間なだけなんですけども。

その過程でビデオテープを整理してますと、
おもしろいことに気づいたのが、
98年ぐらいでパタッと止まってるんです。
98フランスと99WYのビデオはあるんですけど、
02日韓のテープは存在すら無い。
録った記憶はあるんですけどブツが無いんです。
理由いろいろ考えたんですけど、
99年と言えば個人的にはそう、
「ほえなが」を書き出した頃。
つまり、他にいい暇つぶしの手段を見つけたから、
ビデオ録ったり見たりしなくなったみたい(笑)

あと、DVDの普及が始まって、
「手元でソース残さなくても
 世の中のどこかにはあるわ」
という気持ちになったのもあるかも。
ああそうそう、その頃
ダイヤルアップルータとWin98で
ネット生活が結構幸せになりましたね。
それもたぶんある。

やってみないとわからないもので、
自分で感心しました。
人はなんでも、
「やりたいと思ってやってる」
と思いこんでますが、
実は単なる惰性、せいぜい暇つぶしであって、
止めてみれば止められるもの、や、
別のいいものが見つかれば止められるもの、
もとても多いようです。
もちろん最初からそうだったわけではなく、
だんだん(あるいは突然)
変化していくものもあると思いますけども。

たまには後ろ向きの作業も、
「自分とはなにか」
をほのかに見せてくれるかもしれません。
posted by ながたさん at 04:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月15日

1/14

進んでいるのかいないのか、わからない日々です。
潜航と低空飛行が持ち味、
ってなんか仮想戦記モノの
潜水飛行空母みたいですなぁ。
兵器っておもしろいのが、
おもしろい言うと不謹慎なんですけど、
ギリギリ極限に追い込まれて作るので、
たまに変なモノできちゃうんですね。
帝国海軍が建造したイ400型ってのは、
3機ばかり水上攻撃機を搭載して海中深く潜航、
太平洋を渡って
パナマ運河をぶっ壊しに行く予定でした。
たった3機で搭載できる爆弾量などたかが知れてるのですが、
まあ、リアル・ファンタジーです。
当時はアメリカの軍艦はパナマ運河を通れる
サイズにしてあったので、
パナマ運河さえ壊せば
大西洋側から太平洋側に持ってくるまで
3ヶ月ぐらい時間を稼げる……
しかしできあがったのは19年末。
もうすでにレイテ沖で帝国海軍そのものが滅び
サイパンも落ちて
B-29が日本中を焼きまくってた頃なんですけども。
載せる水上攻撃機はこのためだけに開発された専用品で
その名も「晴嵐」。
突如現れ去っていく(予定)姿にあまりにピッタリの名です。
また不謹慎なんですけど、
いかにもこの不必要な凝りたくり方が日本人っぽいですな。
動く「美の壺」ですよ。
ていうか考え方が源平の頃からぜんぜん変わってない。
むろん日本だけではなくアメリカも
円盤型の飛行機を作ってみたり、
一生懸命いろんなことをやっております。
ドイツなどロケット戦闘機を実用化しまして、
配備してその抜群の速力と上昇力を見せつけた、
のはいいのですが、
実働わずか数分で燃料切れるのをすぐ見抜かれ、
連合軍の打った対策は
「そいつのいる飛行場を避けて通る」。
なんといいますか、
命のやりとりをしてましても人間というのは
基本的にアホなものです。
最近でもF-35という扇風機つき戦闘機が開発されたり、
(扇風機を回して真上に飛び立つ)
V-22というティルトローター機
(プロペラが上向きから前向きにいごく
 ヘリと飛行機の合いの子)
がこのご時世にテスト段階で
何十人もの死者を出しながら実用化されたり、
「それは……どうなのかな……」
というモデルがありまして、
しかしハリアーやA-10のように
それはキワモノでは、
と思われてたものが
現実への対応力が極めて高かったり、
湾岸では大暴れしたアパッチが
たった10数年経った
イラク戦争では手持ち対空ミサイルに
ボコスカ落とされて「こりゃダメだ」と米軍も自衛隊も
調達を中止したり、
兵器はいわば究極の「道具」ですから、
「使ってみんとわからん」
というブツでございます。
もちろん、使われないのが、
一番なんですけども。

なんの話でしたっけ?

Wikipedia読んでると時間が無くなる、
というお話でした。
posted by ながたさん at 03:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月14日

1/13

私は布団さえあれば暖房器具は要らない派だったんですが、
いつの頃からか暖房器具を使うようになり、
今も石油ストーブがあります。
安全装置として3時間で有無を言わさず自動消火するのですが、
(延長の時は本体のボタンを押す必要あり)
これに頼ってつけっぱなしで寝てしまいますと、
戸建て木造とはいえなんとなく翌朝頭が重い(笑)
いや笑ってる場合じゃなくて。
石油ストーブ系に「切タイマー」というのが付いてないのは、
フェイルセイフですな。
人命に関わることですから、
説明書にも「自動消火には頼らないでくれ」と明記されているのですが、
人間どうしてもそういうミスを犯してしまいますなあ。
むしろ自動消火なんか付いてない方が
「絶対に消さなきゃ」と思って……
いやぁ、わからんね。
と、いうことでここ数日は布団を厚くして
ノー暖房で寝ています。
明け方寒くて目が覚めたのですが、
この方が体温が適切に下がって、
身体にいいのかもしらん。
いやぁ、どうだろう(笑)
僕のささやかな夢は、
夏も冬も22度ぐらいに設定されてて
一日中Tシャツで過ごせる家
(ここ重要・部屋ではない)
で暮らすことです。
それはでっかい夢やなぁ。

電気モノのいいところは火を使わないので
打ちっ放し性能というか、
「ほったらかせる」ところですな。
電気釜使わなくてもお鍋でごはんは
十二分に美味しく炊けるんですけど、
それでもみんな電気釜使うのは
スイッチを入れればあとはほったらかしにできる、
あの便利さです。
炊きあがるのは同じ15分でも、
火に貼りつく15分と、
ボタン最初に押すだけの15分では質が違う。
ま、その15分で何をするかといえば
TV見るぐらいなんですが……

技術の発達で、
物理的には打ちっ放しになっても、
心理的にはやっぱり貼りついてしまいますよね。
むしろ、達人は、
羽釜で薪でごはんを炊いていても、
たとえば火力を変えるポイントだけ神経を入れて、
そのほかは別のことをやってたかもしれません。
去年の夏ぐらいから、
ずっと考えてるのはここんとこで、
つまり我々の行動は、
とても複雑に見えますが、
時間で微分すると、
きゅーっと圧縮しますと、
最終的にはたった1つになる。
そう考えると、非常にこう、
カンタンですよね。
言い方換えれば、
最優先事項1つ、っていうことですが、
でもそういうと、時間軸感覚が薄れる。
大事よりも先にやらなきゃならない小事もある。
圧縮してその1つポイとやって、
圧縮してその1つポイとやって……
という形にすると、
たとえば同じ8時間労働でも、
忙中閑ありといいますか、
えらくゆとりをもってできるんじゃないかなぁ、
と思いにけりないたづらに。
我々は8時間たっぷりフルコンセントレートなんてことは
ありえなくて、適当にどこか抜いてるわけです。
巧い抜き方ができれば。

あと、常に「1つ」ってことを意識すると、
当たり前のことですが、
自分にとって何が大切なのか、
よく見えて確認できますね。
「今オレはこれやってるけど、
 果たしてこれはオレにとって大切なのか?」
って、実はあんまり思わないものです。
それが思えると、
要らないものはゴミ箱に捨てられるし、
やりたくないことはやらない方法を考えられるし。

日常は、びっしり何かで埋まってる感じがしますが、
実はこう考えるとぜ〜んぜんそんなこと無い。
むしろものっすごい隙間だらけであり、
いくらでもなんにでも使える時間とエネルギーがある、
そんな気がします。
posted by ながたさん at 03:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月13日

1/12

仕事のメールに対してできるだけ丁寧にお返ししようと
使い慣れない敬語を使いまくってメールを書きましたら、
Gmail様のトップ広告に
「二重敬語のことなら!」
ほっといてください。
ええもう日本語の不自由なライターでございますとも。
そんなものはね、リフティングと同じでね、
ご存知ですかW杯・Euroを続けて獲った
偉大なるフレンチ・キャプテン、
ディディエ・デシャンが
めっちゃリフティングが下手だという事実を。
数回しかできんらしいですよ。
……すみません精進します……
精進ってどうやるんでしたっけ。

返信といえば、
年賀状の返礼って個性が出るから面白いですね。
ちょっと時間が掛かってもちゃんとしたのを出そうとする人。
ちゃんとしたのを出したいんだけど
タイミングを逸したから止めてしまう人。
大急ぎでパッと作ってパッと返す人。
私が一番心に残ってる返礼は、友人から来ました、
一応年賀ハガキなんですけど、
ボールペンで裏一言「あけましておめでとう」
表書きこちらの住所名前の他は自分のニックネーム
(例「ジュリー」)オンリー。
「とにかくリターン感」がにじみ出てて
思わず笑ってしまいました。
ながたも、返礼用をスタンバイしておいて
即カウンター・タイプです。
考え方はいろいろで、どのタイプがいいとか悪いとか、
そんなのは無いと思いますが、
こんな小さなことでも、
いやむしろ小さなことだからか、
その人の「やり方」がにじみ出てる気がします。
ということは、
小さいことでやり方が変わってきてる人がいたら、
その人はやり方を変えようとしている最中なのかも、
しれません。

年末にFF11のOFF会がありまして、
とても楽しかったんですけど、
その写真ができあがった
(という表現はこのデジカメ時代に不適切だのう(笑))
のをいただきました。
……イメージよりさらに楽しかったらしい(笑)
みんなめっちゃ酔っぱらってます。
僕も何枚か写ってるわけですが、
「……オレ親父に似てきたなぁ」
と思いました。
顔立ちや髪質は母方系なのでパーツ見ると
全然似てないのですが、
変な表現ですが首の付き方とか、
背中丸めて座る姿勢とか、
よく見た父の姿によく似てます。
男の子というのは、どんどん父親に似るものですな。
ウチはそんなに仲のいい親子ではなかったのですが
(悪くも無かったですが)
まあ、そういうこととは、関係なく、
受け継がれていってしまう。
posted by ながたさん at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年01月12日

1/11

僕の唯一の弱点の一つに、
「価値観と行動が乖離してる」
というのがあります。
まぁ、人間ってのは多かれ少なかれそうだと思うんですが、
つまり、
「これがええなあ」ということをできない。
あるいは、
やってることを「いい」と思えない。
それを憧れといい、
その隙間を埋める作業を努力というのかもしれませんが、
最近年取ったからかしんどくなってきましてねぇ(笑)
「……どっちかでいいのかな?」
なんて思うようになりました。
ええなあ、ってことがええとは限らないし、
やったことが、すごくいいことかもしれない。
そこは、自分の感覚だけではない部分です。
おおげさに言えば、
世界が意味づけてくれる部分ですから、
自分ではもうなんともしようがない。
だから、その隙間に悶えるよりも、
ええなあと思うことをやり、
やったことに胸を張る。
その繰り返しが、
いつしか隙間を埋めてくれるのではないかと。
まあ、最悪埋まらんでもしゃーないかー、とも。

いやね、なんでそんなこと思ったかと言いますと、
また絵、描いてまして、
「あっ、これだ!」
と思う自分のナチュラルを掴んだ瞬間が来た。
……でも、かわいくないんだ、これが。
とすると、短期的には、
どっちか諦めなきゃいけないですよね。
イメージを諦めるか、
やりやすさを諦めるか。
今までだと、
「イヤ違う!もっと両立してるモノがあるはずだ!」
と、それをノーカウントにして、
再トライしてたんですけど、
もうそろそろ、
「……ま、どっちかでいっか〜」
という風に、行ってもいいのかなぁ、と。
がんばらない。
っていうのは、サボる、っていう意味ではなくて、
適切な質と量の努力を、適切なタイミングで投下する、
という意味で。
だって、
自分のイメージがベストなんて限らないし、
やりにくくてもそれをやらねばならん時もある。
どっちかだけでも近づいてれば大御の字です。
欲張りすぎるな、オレ。
言葉を換えましょう。
その差を意識しているのは、自分だけだから、
そこで悩むことは、世界にとって意味がない。

言葉で言うほど簡単じゃないですけども。
ずっと埋めるように埋めるように、
やってきたわけで、身体に染みついてます。

でも、
それで少し、視界も広がる気がしました。
その二つを合わせたモノを志向しすぎると、
その二つの間にしか、視線がいかないのです。
どっちかでいい、と思うと、
どっちかの周辺全体をボンヤリ見える。
あ、これかわいいからパクろう、とか、
あ、こうやると楽だな〜、絵としてはアレだけど、とか。
それは普通に、いいことだと思います。
逆にそう考えると、
乖離していればいるほど、
より広い世界が見える。
矛盾の悩みが深いほど、
より多くの価値を認めることができる。
なんでもええように考える!(笑)

まぁつまり、
瞳には見果てぬ夢を、
手には今そこにある現実を。
posted by ながたさん at 04:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき