2008年02月29日

KOTATSU

我が家もじりじりと高齢化が進みまして、
まあ若年齢化が進むのは変なんですけど、
ついにこの冬はコタツが無くなりました。

お年寄りは和室でコタツ、
そんなもの若いのが考えた嘘っぱちです。
年を取れば取るほど弱るのは足腰でして、
和室の立ち座りこそが辛くなる。
最近の法事模様をご存知ですか。
和室でも折りたたみ椅子などを用意して
年齢順にそれを奪い合うのですよ。

しかしコタツの幸せは捨てがたい。
現におばあちゃんの使っておりますのは
最近種類も増えてきた
一人用テーブルコタツであります。
しかし僕はあの、
コタツでくつろぐ時の下半身の解放感、
あれを得たい。
すぐ横になれるあの自由度を得たい。
カップの上にアゴを載せてテレビを見る
あの自堕落感を得たい。

ということで半ば無理矢理に寝室に
コタツを置きまして、
そこでですね、
MacBookAirさえあれば仕事もできるわけですよ。
おほほほほ……

一週間で挫折。
理由。
1.腰痛い
2.寝てまう

特にメシ後がヤバイ。
昼メシでも夕食でもコタツ潜り込んだ瞬間
スイッチオンです。オフか。
腰の方も、座椅子使ったりクッションを挟んだり
いろいろしたんですが、
普段アーロンチェアに甘やかされてる
僕の腰は簡単に悲鳴をあげ……

だからまあ、本当にコタツというのは
オフ・グッズ、くつろぎデバイスであり、
仕事などオンタイムは、
しっかり椅子に座ってやるべきですわ。
でも、世界に誇れるスーパーウェポンではあると思うので、
テーブルコタツ的なものを寒い欧州に持ち込んだら、
結構ウケちゃうかも。
映画「かもめ食堂」のロケで実際ヘルシンキの人々に
大ウケしたのがトンカツらしくて、
あんなどこにでもありそうなものが、
無いところには無いんですな。

「KOTATSU」が世界語になる日もきっと近い。
間違えて「KOMATSU」って言われたりして。
いやKOMATSUが作るといいものできるかもしれんね。
なんたって世界企業しかも多様な労働者達が
ゴリゴリ酷使するものを作ってるメーカーですから。
そうして海外ではKOIZUMIが
パチもん扱いされてものすごく悔しい思いをしたり……

コタツ万歳。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年02月28日

懇親会へ

石渡ゼミ降旗ゼミ合同自主トレ懇親会に
潜り込ませていただきました。
最近の若い子はしっかりしてますなぁ。
まぁ、院生が多いというのもあると思うのですが、
プチ社会人みたいで驚きです。
先生方ともしみじみ語らったのですが、
「私達があの頃はもっとガキだったよねぇ」
「そうですねぇ、もっとアホでした」
だって今はとりあえずビールで乾杯とかしないよ。
一杯目から各人のお好みで。
エコ&エコノミーですな。

こうなったらなったで
麻雀とハイライトでゲタ履きの大学生像を懐かしみ、
そう揺り戻せば戻したで
大学は常識も教えないのかと面罵され、
教育ってほんとに難しいですな。

ただ、その、
責めてるわけでもそうして欲しいというわけでもないのですが、
大学時代というのは社会がほぼ公式に
「バカであること」
を是認してくれる
人生二度と訪れない時期ではあるので、
そこをそう使わないのはもったいない、
とは思います。
アウトドア・キャンプへ行ったんだから、
DSで「ドラクエ」やらんでええやん、
という感じ。
それ自体が悪い行動なのではなく、
むしろいいことなんですけど、
人生のタイムスパンや社会のスケールでその行動を捉え直すと、
「もったいない」。
まあ、こういう考え方自体が効率優先だ、
と逆指摘されると二の句継げません。

好きにすればいいのさ(笑)
時間があるというは最高の可能性ですよ。
そしてもちろん個体差があり、
「ぽか〜ん」と口を開けてあらゆるものを
吸収してしまいそうなジンベエザメみたいな人もいて、
中学生がそのまま変な知恵つけたみたいな
人もいる。
そうそう、その多様性も社会へ出るとなかなか得難い。

しかしあんた達は恵まれている。
お師匠さん二人を見れば、
「ああ、あそこまで変態でもいいんだ」
と穏やかな気持ちになれる。
これは大きいよ。
人生でそういう人を間近で見た経験があるというのは大きい。

石橋発11:44に乗ると、「走れば」
御堂筋梅田なかもず行き最終が待っててくれます。
ひとつ勉強になりました。
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2008年02月27日

シャニー

シャープが門外不出のASVを
ソニーに供給するという噂あり。
はやくも「シャニー」と呼ばれて期待を集めています。
あれ、パイソンとM19の合いの子
スマイソンみたいなもの。
あるいは初代ロードスターにホンダB16Aが載るようなものだと
ご理解いただければわかりやすいかと。
わかりやすくないね。

かつてはトリニトロンで栄華を極めたSONYたるものが、
液晶TVの命ともいうべきパネルの供給を受けるのは
そりゃあもう悔しくてしょうがないでしょうが、
有機ELまでは臥薪嘗胆のおつもりかな。
(サムソンのパネル開発能力がかなり辛いのかもしれん)
せめて名前だけでも逆にしたいところでしょうが
逆にすると「ソープ」。
泡と消える感じがして縁起が悪いですな。
いや別にそんな名前で商品になるわけじゃないですけども。

しっかしほんと世の中わかりませんなあ。
僕在籍してた頃に
「もう10年もすればソニーも東芝も
 ウチのパネル使ってTV作るようになりますよ」
なんてほざいたら救急車呼ばれてましたよ。
よくて酒場で失笑レベル。

どこのキャリアだったか忘れましたが
ケータイの型番にはメーカーを表すアルファベットがあり、
ケータイメーカーには3つのSがいて
(SHARP、SONY、SANYO)
担当がジャンケンして一文字の「S」を奪い合ったそうです。
で、シャープは見事負けてSHを名乗ったのですが、
それが今や5キャリア全てに端末供給して
「SH」が一種のブランドと化しており……
あの時そのキャリアだけSが取れてたら
話がややこしくなってたでしょう。

いやホンマ、
人生なにが幸いしてなにが災いするかなんか、
わかったもんじゃありませんよ。
おごらず、くさらず。

……てなエントリを起こしていましたら、
なーんと正式発表されたシャニーの話は
もっと規模が大きくて、
今度の堺工場を合弁新会社でやるとのこと。
建築業界では、でかいプロジェクトは
JV組むの常識になってますが、
家電もそういう時代なんですねぇ。
なんともはや……
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年02月26日

岐阜小旅行

宇宙空母を駆り連戦連勝の白日夢に耽っておりましたら、
旧友の田中(仮名)から電話がありまして。
「オレ出張で岐阜行くんやけど来いや」
言うまでもありませんが私の生息地は大阪です。
しょうがないので行くことにしました。
彼と犬猿の仲
(その昔「スピッツ太郎とチンパン次郎」というユニットだった)、
g石アナも被害者仲間です。
二人で時間など決めてますとまた電話掛かってきまして。
「会社の上司とメシ食いに行くことになって合流遅れるわー」
g石アナが歌います。(編詞:編集部)

♪昔の上司と 昔の友人
 天秤掛けて 上司を優先
 そうさ俺様 サラリーメン
 アァ〜 やながせブルースー

二人で先に一杯やってました。
ブルースはやながせですが場所は岐阜駅前です。
焼酎こぼしてケータイ水浸しにするぐらい
すっかりできあがった頃主役も解放されまして、
三人で「バロッサ」へ。
会話はなんにも覚えてないのに、
マスターの薦めてくれた「南ア向けギネス」が
美味しかったことは覚えています。
二人が「嫁はんに怒られた話」で盛り上がるのですが、
僕は僕のちいさな奥さんに怒られたことが無いので
ついていけません。
そんな良くできた彼女を自慢したいのですが
恥ずかしがり屋でなかなか脳から出たがらず……

夜更けに社会戦闘員とは別れ
タクシーでg石亭に運んでもらい、
奥様のいない隙に
二人でラブソファに並んで座って
「モーレツ科学教室」のビデオを見て
久しぶりにポンチ君とタイラ博士ごっこ。
あれおもしろいのが、
人によってどっちをやりたがるか決まってるんです。
私は若い頃は博士をやりたがったもんですが
最近はポンチ君の方が楽しい。
部屋に「サイゾー」が転がってまして
「昔はバラエティ番組おもしろかった」の例に
「ごっつ」の画面写真があり、選りに選って
「ボイン5」(ゴレンジャイの一パターン)の写真。
あぁ90年代って実はわりといい時代だったんじゃないか、
と振り返ってしまいますね。
♪あ・ぼい〜んぼい〜んぼい〜ん……

翌朝一宮駅で朝ご飯を食べながら
g石さんに「聖☆おにいさん」を紹介しましたら、
返す刀で
「つの☆だひろ」と「つの☆だじろう」は
兄弟だとティーチしてもらいました。
しらんかった……
唐沢俊一と唐沢寿明が兄弟だ、っていうのは
しってたんですけどね。
あとわたせせいぞうと渡瀬恒彦。

さて、電車にまたがって向かった先は養老。
「養老の滝」のあの養老です。
本店も駅前にありました。
いや、荒川修作先生の「養老天命反転地」を体験に行こうと。
http://www.yoro-park.com/j/rev/index.html
大垣まで出て養老電車(旧近鉄養老線)でゴトゴトと
養老まで。
普段大阪の真ん中に住んでますと、
急峻な山塊が迫る風景を見慣れませんので、
(西日本はどこでもそうかなぁ)
それだけでもう、楽しかった。
駅からは徒歩10分とありますがもうちょい歩きます。
というか案内看板がなさすぎて道に迷う。
なんたって私は方向音痴二段。
奨励会入りを打診されたほどです。

イメージよりかなり広い敷地に午前中ということもあってか
オンリー私一人。

あのね。
んー。
「自然を人間の手で作り出す」
試みだと思った。
つまり芸術って、人が神になろうとする試みかもしれません。
だから畏れられる。

で、それって珍しいでしょ。
人工物を人間が作り出すことも、
自然を変えてしまうことも、
自然に似せた物を作り出すことも、
それはよくありますけど、
人間が自分たちの手で自然を作り出す、というのは。
そこが非常にインパクトありました。

しかし、それなら自然でいいじゃん、という感じ方もある。
というよりも、これにショックを受けてるようでは
脳化が進みすぎで、
「昔裏山走り回った頃を思い出すなぁ」
なんてお父さんの感想の方が正しい気がする。

理屈はともかく、
こんな馬鹿馬鹿しいものを養老の人々を騙くらかして
でっち上げたという事実は極めて偉大で、
男の子として、単純に、非常に羨ましい。

なんのかんので半笑いしながら
1時間半ばかり自分のカラダに染みついた常識と闘いました。
転げ落ちるとガチで死ねるので、もし行かれる場合は
足元はスニーカー以上、服もジーンズ以上の機動性で。

23号沿いのラーメン屋さんでお昼。
よくある国道沿い店舗であまり期待してなかったのですが、
昼時もあってか駐車場にクルマが多く、それ見て決断。
いやさすが支持されるだけのことはあり、
あっさり鰹&鶏ガラしょうゆのスープに
味噌カツを合わせたランチは美味しかったです。
お店の名前は「てっぺん亭」。
心意気やよし。
「ロボット21」が大人気の「養老ランド」など
養老方面でレジャーの折には
お食事のチョイスにいかが?

岐阜周りで定食的なものをいただきますと、
白菜とコンブと魚?の炊き合わせみたいなのが
よく小鉢でついてくるのですが、
あれはなんという郷土料理なんでしょう?
関西で魚と白菜を炊く場合コンブは入りませんな。

g石さん(鉄道オタク)に教えてもらったとおり
養老駅舎は90年の古さを誇り、
そこに50年の歴史を誇る喫茶店があるのですが、
とても「その感じ」を残すいい雰囲気がある……
のに運悪くお昼時でNHKの昼番組が始まってしまい、
今現在に引き戻されてしまいました。
TVが日本を平たくしてると思います。
公共の場ではTVラジオ禁止。

さてこんどは桑名まわりで名古屋へ向かいます。
桑名まで小一時間。
ただし桑名からは近鉄急行で20分かからない感じで、
大垣周りとどっち早いかはタイミング次第で微妙。
JRの車内広告で「北斎展」が
名古屋市美術館でやってたのを思い出したので、
もう4時前(5時閉館)ながら
思い切って行ってみました。
http://www.art-museum.city.nagoya.jp/tenrankai/2007/hokusai/index.html

よかった。
特に肉筆画が大量にあって、
精細感や色彩の透明感が凄かった。
画家として普通にトップクラスですよ。
浮世絵の特殊性とかそんなん抜きで。
見てるだけでキモチイイもん。
もちろん「富岳三十六景」の版画の、
グラフィカルなイメージもすばらしい。
よく言われますように一枚一枚の構図が凝りに凝っており、
しかしイヤミ、どうですいいでしょ?って感じは微塵もしない。
桶の中から覗く、大波の向こう、赤富士黒富士、
どれもステキでした。
興味深かったのが、
お話をもとに一枚絵を繋げていく本がありまして、
端にキャプションがある。
もうこれは完全にマンガでした。
「ドラゴンボール」です。
製本が裁ち切りなの。
見開き大ゴマとかあるし。
この時期に日本のマンガ文化は確立してますぞ。
展示の最後が83歳当時の自画像なんですが、
陽気なじじいが着飾らない重ね着姿で
踊るような軽妙な手つきをしており、
最後にこういう姿を描ける画家は幸せだ、
と思いました。

お帰りは新幹線で。
実は行きのアーバンはアーバンではなく、
(30分発のアーバンはアーバンではない)
2時間半もかかり、ちょっと辟易。
3分おきに来て1時間で大阪に着く新幹線は、
一種の暴力ですな。
今こそ近鉄はサーヴィスで勝負を掛けるしかありません。
椅子が全椅子マッサージチェアとか。
芸者さん呼べるとか。
バファローズの選手のサインボールがもらえるとか。
僕、野茂のが欲しい。

異様に濃度の濃い1日半でした。
しかしこう動き回ってると、
逆に疲れないというか、疲れを感じる隙が無くて、
意外に楽しい。
部屋に籠もって同じ作業続けてると、
ふとした隙にアンニュイな気分がやってきますが、
「ああもうはよいかなはよいかな美術館閉まってまう」
と思ってると無理矢理元気になるというか。
人間は、動き回るようにできてますな。
カラダだけでなく精神も動き回ろう。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年02月25日

まぁ、ごちゃごちゃ言わずとも

これを見たら

Dscn0105_3

こうしたくなりますわね。

Dscn0106_2

人間心理として。
Jobs師匠はじめApple開発陣は、
己の欲望にバカ正直なのではないかと思った。
posted by ながたさん at 20:52| Comment(2) | TrackBack(0) | デジタル・ガジェット

MacBookAir

ェアーッ!

いや聞いてってば。
バレンタインデーにさ、もらったのよ。
プレゼントとして。
弟に古い携帯を。

ほなマニュアルをダウンロードしよか、
とwebをぶらついてたら、
「今日銀座で買ったよ?」
「渋谷にもあったー」
こんな書き込みを目にした。
そんな書き込みされたらねぇ。
「心斎橋でも買えたよ〜」
って言いたくなるじゃない?

朝一で行って無かったら諦める
あったらその時悩むと決めて
 もう何を言ってるか自分でもわかってません
行ったらさ。
「本日お持ち帰りできます」
あそこしかも横断歩道渡った向かいに
銀行があるんだよね。

いや、いや、落ち着けかずひさ、
ここは、ここは隣のマックで
早めの昼食を摂りながら悩むんだ、
悩むことを楽しむんだ、
そのプロセスも買い物の醍醐味だぜ!
 買い物の?

エビなんとかもう覚えてませんバーガーを
高校生みたいなスピードで喰って
お金下ろして、
ストアのお姉さんの誘惑を振り切って
(保証入れドライブ買えソフトは要るか
 って、またマックへ入ったのかと思ったよ。
 ほら、マックっていうと全然区別つかないじゃん)

箱ちっさ!

もうすでに各所でいろいろ言われてるので
詳細は省きますが、
ますますコスメ用品のような凝ったパッケージ化が
 いやコスメ用品なんて買ったことないんですけど
進んでおり、
「ちょっとやりすぎなんじゃないかなぁ」と思った。
でも以前DynaBookSS/S5を買った時、
パッケージが非常にその、
ぞんざいと言うと言葉悪いんですけど、
「ハコはハコやろ」というような
ダンボールダンボールした詰め込み方で、
その時ちょっと寂しい思いをしたのも事実で、
それよりは良いです。
なんつーても冷静に考えりゃ23万もするブツですから、
高級化粧品ごときよりも
もっと素敵なパッケージでも罰は当たりませんな。
5-6万の洋酒だって凝った木箱に入ってるんだから。

で、這々の体で家に帰って
 風邪で熱出してたらしい。
 でかい買い物は熱を出した時にするのが良い。
取りだして机の上に置く。

うすっ。

なんですかこれは白い恋人ですか銀色ですけど。
っていうかぜんぜん「パソコン」っぽくないんですけど。
じゃなんだ、って聞かれても
銀色のでかい白い恋人としか言いようがないのですが。

とりあえずすんごい違和感があって、
「オレは新しいノートパソコンを買って
 机の上に取りだしたはずなのに、
 なにか得体の知れない違う物体が載ってる」
という感じがしました。
「この板はなに?」
みたいな。
電磁調理器か、旋盤の台か……
とにかくパソコンっぽくないんです。
銀のパソコンなら僕も先ほどのDynaBookや、
VAIOのC1XFという
ちいさいの使ったことあるんですけど、
こんな風には思わなんだ。
だから色とかサイズとかじゃないんです。
全体の雰囲気といいますかなんといいますか……

そんな違和感を抱えつつ、
新型MagSafeをつないで点ける。
ザーン。

あぁ……しあわせ。
LEDバックライト液晶キレイやわー。
ちょっと下の方に輝度ムラがありますが、
色再現性などはMacBook(現行2型黒)とは
文字通り比較になりません。
こんなもの見せられてはMacBookが見れなくなります。
そしてキーボードはもう最近のMacは
本体も外付けキーボードも全部これですから違和感無し。
大きいトラックパッドも不意入力の処理が巧いのか、
右手が触れてもポインタほとんど飛んだりしない。
1.8インチHDDも非常に静かで、
普通に使う分には遅さは感じず。
引っかかりはありますが、
それはHDDなら普通にある感じのもの。
(お悩みの方、ムリにSSDにしなくてもよろしいですぞ。
 もちろん逝きたいなら止めません)
なによりパームレストがひんやりなのが最高です。
下にバッテリしかないのと、
素材がアルミなのが効いてますな。
底面もわずかに暖かくなる程度で、
膝置き派の方も使い易そう。
こんな「涼しい」コンピュータ、久方ぶりじゃないかしら。
この薄さによってキーボード面と、
机面との段差が小さいので、
タイピング姿勢の自由度が高いです。
筐体のエッジが手首に当たって痛い、のが、
現行MacBookの数少ない弱点の一つなのですが、
それはほとんど無いです。
また、向こう側が高いウェッジ・シェイプですので
ほのかに傾斜もついて打ちやすい。
キーボードバックライトもいいのですが、
調光センサーがついてまして、
自動で画面の明るさを変えてくれます。
これ意外によくて、しかも信頼に足る。
外の光が変化する部屋でキーを叩いていても、
微妙に調節して眩しく感じさせたり暗く感じさせたりしません。
パッドのクリックボタンがちいさいのでは、と
特にMBやMBPユーザーはお思いかもしれませんが、
慣れます。
というより、Apple的にはそろそろ
「タップでクリック」を使わせて、
ボタンは予備、って感じかも。
とにかく画面とキーボード&パッドは
very goodです。
そしてスリープイン・アウトの爆速さ加減といったら。
MBでもいいかげん速いんですが、
それをも上回る。
まさに紙のノート感覚です。

まあつまり、
「フツーにいいかんじですよ」と。
むしろあまりに普通すぎて、違和感もなさすぎて、
驚いています。
ついさっきまで自分がMBを使ってたことを忘れるぐらい。
それでいて例えば同じシリーズの高速版に買い直した時のような、
ちょっとした虚しさもなく、すごく楽しい。
そして新しい。
なんだろうこの感じ。

恥ずかしい言葉使うと「未来感」みたいな、
そうiPod touchが、iPodとできることはほぼ同じなのに
なんだか凄く新しく感じる、
あの感じに似てます。

やはりこれは「サブノート」という
特殊な人向けの特殊な商品ではなくて、
「カッコイイのが欲しけりゃこれにしろ!」
と普通の人にもお勧めできる物体かも。
この液晶画面とキーボードと処理能力があれば、
外付けドライブさえ買えばMacBookに劣るところは
ほとんどなく、
むしろ液晶とボディの剛性感ははるかに上。
差額にして約7-8万円をその「カッコヨサ」に出せるのなら、
1台目としても使えます。

Airについては出現当初から賛否両論でして、
検討しつつもお悩みの方、最初から唾棄されてる方、
おられると思いますが、
もっと物事をカンタンに考えましょうよ。
カッコイイ。
それでじゅうぶんではないですか。
そんなコンピュータは久しぶりではないですか。
友達に見せたら「おお」という声があがるコンピュータなんて。
「欲しい」
それ以外に買う理由なんかあるんですか。
小難しい理屈なんて排泄物よろしゅうおあがりですぜ。

われわれは欲しいものを買うのだ。
小さいものでも軽いものでも速いものでもない、
欲しいものを、手に入れるのだ。

ェアーッ!
posted by ながたさん at 00:01| Comment(2) | TrackBack(1) | デジタル・ガジェット

2008年02月24日

悟りの強敵

ブッダが悟りを開くのですが、
その際、内なる強敵は3つ。
「愛欲」「敵意」「妄想」。

3つともオレにまかせろ!!!

釈迦牟尼といいますのは
「シャカ族のムニ」だそうで、
「ムニ」は「聖者」なのですが、
「沈黙せし者」という意味もあるそうです。
悟りを開くと、
その経験を人に言葉で伝えることができなくなり、
沈黙せざるを得ない。
しかし、
お釈迦様の偉かったところは、
そこで自分一人悦楽に浸っていればよいものを、
我々凡夫の元へ舞い戻り、
「こうすればいいんだよ」
と教えてくださろうとしたところ。
イエスもそうですな。
自分一人幸せになっていればあんな痛い目に遭わずにすんだのに、
わざわざ、はりつけられてくださったのです。

結局その、
得られた知識や体験、その大小ではなく、
血まみれになってでも社会にその果実を
分け与えていこう、
とする覚悟と行動に、
人は感動し、敬意を覚えるものです。

涅槃に至ることが目的ではない、
涅槃を棄て、
「愛欲」を「純愛」に
「敵意」を「優しさ」に
「妄想」を「夢」に変える。
それでこそHero(英雄)!
むしろそれらにまみれまみれている方が、いいのです!

……お布団はいけませんなあ。
それらを育て過ぎます。
よし。
布団を出でよ、
コタツに潜ろう。

その時人は、
「悟らんでもええわ」
と悟る。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年02月23日

屋号

確定申告行ってきました。
開業届も遅ればせながら出しまして、
来年はめざせ青色申告です。
来年は税金払いたいです。

その用紙の「屋号」ってところで
パタッと止まりまして、
やっぱり「パワーネットワーク」なのかしら、
と思いつつ、
別に書かなくてもいいそうなので
書きませんでしたけども、
屋号ね。
いやー、実はもう何年も使っておいて言うのもなんですけど、
「パワネ」っていうのは
あくまでサイト名といいますか
個人webページ名として考えた名でして、
そのままずるずるサークル名とかにも使っちゃってるんですが、
いつもなんとなく
「これは団体名としてはどうなんだ?」
と思っています。
個人ですけど。
なんと言いましょうか、
あまりに普通名詞すぎて、
たとえば和菓子屋さんの店名で
「うまいおかし」
っていうのは、やっぱ変でしょ?
店のスローガンとかキャッチコピーならともかく。
まぁしかし、だからといって
これといっていい名も無く。
うーん。
よし、友人に許可取って伝説の
「ひとまかせ」の名を……
いやー。
あれもさ、たとえば将来有限会社になったとしましょうよ。
電話取ってさ、
「はい!ひとまかせでございます!」
バカにしてんのか、って感じですよね。
いや、というか、
あれはやっぱり美しく暑苦しい想い出のままに。
「ミラクルズ」?
いや!それは名前が大きすぎる。
自分の息子に「永田奇跡」と名付ける人はいないでしょう。
やっぱオノマトペとか、
パッと聞いて意味が無い言葉の方が、
名前っぽくていいよね。
「ヂルヂルミヂル」とか。
で、実は意味もちゃんとあって、
東トンガ諸島語で
「愛と平和を運ぶちいさき人」
だったりするような。
そんな都合のいい言葉がそうそうあるか。
あー、そういうのもキドりすぎかなぁ。
もっとなーんでもないのがいいなぁ。
「明和電機」って素敵なネーミングだと思うんですよ。
じゃ
「鷹合書物」。
たかあい・かきもの、ね。
どこにあってなにしてるか一発でわかる!
この場合僕が将来ダンサーに転職した時に困るな……
では、やはり、「僕」であることを
中心に据えた名がいいかな。
鳥山明先生の「バードスタジオ」っていうのは
いいですよね。
えーわたしの場合、永で久でございますから、
「フォーエヴァー・エターナル」
さあ頭の悪い中学生みたいになってきました。
ちょっと和菓子屋さんっぽく
「和久庵」
とかどうでしょう。
わきゅうあん。
うむ。悪くないぞ。
こう見るとそんなに人名っぽくなくていいね。
わたしバタ臭いと思われがちですが
意外と和風なんですよ?
今日も朝ご飯はドトールでミラノサンドAとブレンドMです。
ホンダ車とフランス車しか乗ったことがない。
コンセプトはっきりさせよ。
人目を引きたいなら、
ピリッと矛盾を使うのが一番です。
有名なVOWネタで
「座って呑める立ち飲みの店 中腰」
というお店がありますが、
どうしろと。
田中角栄元首相が「コンピュータつきブルドーザー」。
これが「ハイパワーブルドーザー」では
おもしろくもなんともないわけです。
「空飛ぶブルドーザー」とかね。
「花柄ブルドーザー」とか可愛くていいね。
いやブルドーザー屋を開業するわけではないので……
「カオスシステム」
とかどっちやねんって感じがしていいね。
「爆笑問題」っていうのもそれに近いよね。
Apple Computerっていうのもそうでしょ。
今はComputerが取れてますけども。
「りんご計算機」ですよ。
なんやねんそれ。

……とまあ、ネーミングいろいえろ。
名というのはおかしなもので、
ウンウン呻って考えたり、
強い気持ちを込めたりするよりも、
なんとなくぱっとついた・つけた名が
長い命を誇ったりします。
先ほどの「ひとまかせ」もそうでした。
いつの間にか誰言うことなくその名になって、
みんなそれでOKだったんです。
あれ不思議でした。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年02月22日

撃ち方三箇条


「全弾撃ち尽くし外交」
とは鳥肌実先生の立会演説会でよく叫ばれる
ナイスなスローガンですが、
それもう外交じゃないじゃん。
撃つっていうのはだいじですよ撃つっていうのは。
シュート撃たんとゴールは生まれませんから。
「ゴールが見えたら即シュート」
とは「東洋のコンピュータ」と恐れられ
ゲルマン帝国を恐怖のズンドコに叩き落とした
奥寺康彦先生のモットーです。
どこがコンピュータやねん。

撃ち方を考えてみた。
暇なんです。

・即撃ち
 奥寺さんを見習って、とにかく撃てる時は撃つ。
・撃ちつくし
 在庫を全て放出してこそ大バーゲン。在庫がはけんと仕入れもできん。
・撃ちっぱなし
 過去の栄光にすがりつくな。過去の失敗をいつまでも悔やむな。
 評価は歴史が決めるものだ。

こんな三箇条でどうでしょうかね!
行動の選択範囲を拡げれば拡げるほど有利になると思います。
多様性(バラエティ)が得られ、確率が同じなら絶対数が増える。
そのためにはとにかくたくさん撃つことですが、
ただ「たくさん撃つ」と考えると
人より多くの努力が必要です。
それはしんどいので、
楽にたくさん撃つためには、
こんな感じかなぁ。

私は努力したくないんです!!
努力しないためにならどんな努力も厭わない!!

今気づいたんですけど、
「中国製の自動車」って今言われると、
すごく高い衝突安全性が確保されてそうですよね。
中国三千年の神秘の力で。
漢方とか。
ということは当時の「東洋のコンピュータ」っていうのはつまり、
なにも考えてな……いやいや。
ドイツ人がそんな小粋なウイットを駆使するはずがない。
ビール大好きですしね。

しかしこれだけでは
人並みの努力で人より多少撃てる、
という程度だ。
人より楽して人より圧倒的に撃てる、
そんな都合のいいなにかが欲しい。

一生懸命考えています。
なにも考えなくていい方法を。
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2008年02月21日

ブラック&ホワイト

まだまだ「あとまわし」。
「法は三条で足る」
などと申しまして、
「殺すな・盗むな・壊すな」
ってところですかねぇ、
難しい規則をこまごま並べますよりも、
大きくこうしちゃいかんとだけ決めて、
それ以外は性善説の方が民々はよく治まるのではないか、
という考え方です。

ぼくはずーっと
「こうしたらウマくやれる」
というやり方を考えてきたんですが、
「後に指せる手は後に回す」
という考え方でいくと、むしろ、
「これさえしなければマズイことにはならない」
という考え方もまた、ありかなぁ、と。
あ、そうだ、ケータイサイトのフィルタリングが話題ですが、
要するに可憐な青少年に「ほえなが」見せちゃいけません、
というものですが、
おおざっぱに言って、
「ここだけ見れます」という
「ホワイトリスト」方式と、
「ここは見ちゃダメです」という
「ブラックリスト」方式があります。
インターネットの場合は、
正体・出自を無限にごまかせるので、
ブラックリストでは到底ムリですが、
人間の日々の行動の場合、
無限に行動の選択肢があるわけでもないので、
「これだけはしちゃいけません」
っていうのも、アリなんかも?と思えてきました。
小さなお子さんの教育でも、
「うちは放任主義で」などと言いながら立派に育つ子は、
実はこのブラックリスト方式で、
「なにをしててもいいけど、他人様にご迷惑だけ掛けるな」
という形なのではないでしょうか。
「勉強をしなさい、身なりをキチンとしなさい、
 整理整頓しなさい、家族や友達を大切にしなさい、
 明るく挨拶しなさい……」
が、ホワイトリスト方式。

これほんと優劣というよりも向き不向きじゃないかな。
ほっとく方がおもろい人と、
制限掛けた方が力発揮する人と、
両方いますからね。

イチローのバッティングってたぶんブラックリストなんです。
「これだけはしちゃいかん」というのがあって、
それ以外は何をしてもいい。
だからヒットはその時その時でフォームバラバラ。
対して、古い例で申し訳ないんですけど、
ラルフ・ブライアントのバッティングはたぶんホワイトリストで、
「ここに来たらホームラン」
あとぜんぶ三振。
「打ち損じ」というのは原理的に存在しない。
これ、
「確実に勝てる手が無い相手」と、
「ミスると確実に負ける相手」、
どっちが難しいかというとどっちも難しい。
極まっていればどっちでもいい、
というか、
極まり尽くせば回って出会う、
という感じですな。
あの太極図考えたヤツは天才ですよね。
ホワイトリストの極限が、
「必ずフルスイング」
というような、自分にピッタリの一箇条に気づくことで、
ブラックリストの極限も、
「フルスイング以外はしない」
という自分が失敗に結びつきやすい一箇条を
得ることではないかと。

ながたが最近気をつけてるブラックリストは、
「愚痴と悪口を書かない」
かな。
その二つは、読んでる方になんの喜びもないので。
ついつい書きかけるんですけど、
止めてます。
おもしろいもので、
止めるのを続けてると、浮かばなくなります。
人間の身体なんてE加減かつ優れもので、
「無駄だ」と思い知るとそれを自動的にやらなくなるんですな。
すごいですぞ。

「いいことしよう」と思うと、
世の中には「いいこと」がたくさんありすぎるので、
迷ったりうんざりしたり圧迫感があったりします。
「英雄になれ」「革命を起こせ」「死ぬ気で戦え」
「隣人を愛せ」「明るく楽しく」「ミスドポイントを有効活用しろ」
でも、
「この悪いことだけはしない」と考えると、
ずいぶん気が楽になるかも知れません。
「今日は人殺さなかったからいい日だ」
ね?

傭兵の方は……「ウソはつかなかったなぁ」とか……

まとにかく、リスト多いのがしんどいんですわ。
「他人様にご迷惑さえ掛けなければ」
「ごはんだけしっかり食べてれば」
ホワイトでもブラックでも、
リストはシンプルが一番です。
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2008年02月20日

30万

おくればせながらですが
30万アクセスありがとうございます。
ウチはでかい売り物コンテンツなどありませんので、
そう考えれば気の遠くなるような数字です。
だってこんな……ねぇ。
なんにもないよここ(笑)
リビドーな絵があるわけじゃなし、
ゲラれるギャグがあるわけでもなし。
明日朝礼で使えるネタがあるわけじゃなし、
あるのは……そうね、
マスターの優しさぐらいかしら?

続けてればそのうち100万とか
そんなのも視界に入ってくるわけで、
なんともはや……
掘り続ければどんなに非力でも
自分の墓穴ぐらいは掘れる。
そんな豊かな気分になったひとときでした。

ここんとこもう数年ずーっと
訪問者数100あるかないかの
アクセス数にして120〜150はない、って感じです。
ここ4ヶ月のリピート率は8.7%。
最近わずかにアクセス数増え気味なので、
逆にリピート率が少し落ちてる感じ。
誤差程度ですが。
ここ4ヶ月の検索ワード/フレーズで一番強いのが
「TIMEDOMAIN」系です。
一時はDELLの「2007」で飛んでこられる方が多かったですが、
もうさすがに減ったかな。
意外にも「Leaf」とか「Routes」とかは
上位50位に入ってきません。
さすがに「永田和久」は20位にありますけども。
むしろ「ドラケン」とか「マクトミン」とか
「銭別銀行とりだし君」とか
「大阪のおばちゃん イラスト」とか。
そんなカオスなほえながです。

これからもますますカオティックにまいりたい所存。

夢はアフェリエイトだけで月15万ぐらいの収入が……
ぜったい・ムリ。
それを目指すなら、
情報の「流通」や「編集」を意識せねばならず、
簡単にいうと「新聞」にならないと。
まだメーカーでいたいです。
引導を渡されない限り。

あ、でももしそういうサイト作りができたら、
それは幸せやなぁ。
家に居て好き勝手書いたりコピペしてきたりして
お小遣いがざっくざっくと……
いや、それは絶対、仕事にするとしんどいの。
なんでもそうよ、なんでも。

アフェリエイトといえば前もいいましたっけ、
今累計で1500円ぐらいになってます。
(累計ですよ!一月じゃないですよ!!)
5000円になったらお金でもらえるので、
また「ぱわねシール」とか誰も要らない迷惑な
プレゼント企画を考えます。
一等CanonのA3レーザープリンタ、LBP-880。
それは罰ゲームや。

どこまでいけるかわかりませんが、
歩けるように歩いていこうと思います。
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2008年02月19日

本「実況席のサッカー論」 山本浩・倉敷保雄




サッカー好きなら「この二人なら大丈夫!」と太鼓判を押せる
名実況お二人によるサッカーよもやま話です。
堅い話あまりなくて、実況苦労話のような話が多いので、
いい意味で軽い本です。どなたでも。

たとえば中村俊輔がゴール前FK蹴る時に、
山本アナは俊輔を見てないそうです。
ターゲットになりそうなたとえば中澤を見てたり、
GKを見てたりする。
だからこそそこでファウルがあったりした時に、
リプレイビデオが間に合わなくても、
審判の笛とカードの意味をすぐ視聴者に伝えることができる。

プロやー。

言葉尻の巧さとか、選手に対する情報の量や深さとか、
そういうのはもちろんあればあるにこしたことはないんだけど、
それで「サッカー中継」というパッケージを
すべて埋めることはできない。
もっと全体観というか、
視聴者におとどけする体験の一塊として、
なにが必要なのかを、
冷静にそして瞬時に判断することが、
実況アナには求められる。
まさに実況放送の司令塔ですな。

また山本さんと加茂さんのとぼけた味の放送が聞きたいなぁ。

ぜんぜん話は変わるんですけど、
以前からなんですが特に最近、
「日本の課題はゴール前」
と良く言われます。
でもそれ、言い方を換えれば、
ゴール前まではそこそこやれてる、
ってことですよね。
じゃあ、ゴール前でも同じことをやったらいいのでは?
特定の天才FWのスーパーシュートに頼らず、
ゴール前2mでもスペースがなければ
スペースのある仲間にパスを送る。
いや、
ボナンザがね(笑)
終盤の詰め将棋ルーチンを「わざと」載せてないんですよ。
あれこそ「間違えない」コンピュータの強み、
だと自他共に認めると思うんですが、
保木さんはそれよりも
「さらにいい手を発見できる可能性」
の方が利益が高い、と計算しているのです。
正直ね、
高原に今からアデバヨールになれっつってもムリでしょう。
トーゴを一人でワールドカップに持ってったようなFWになれというても。
ムリなことをいつまでもいつまでも
繰り言のように言うててもしょうがないですよね。
もちろん若い子をアデバヨールに育てるのはいいとして、
今ナウは、「決定力」とか無いんだから、
無いものゴチャゴチャ言うてても
なんの進歩もないじゃないですか。
そんなもの無くても、勝てる戦い方を考えないと。
「急にボールが来た」柳沢と
「被ファウル芸の師匠」鈴木隆行が
組んだ代表の試合は、
確か負け知らずですよ。
ここにこそ直近の日本代表へのヒントがあるんじゃないかなぁ。
これは余談ですが!

なんか今の日本って全体的に、
すごく力はあるはずなのに、
「よくこう言われてる」
ってところにまだ引きずられてて、
持てる力を全て出せてないような気がします。
サッカーに限らず。
まず、既存の理念や理想に対してどうであるかよりも、
自分の力を全て引き出せるやり方を、
自分で考えるのが、
先じゃないかな。
と、偉そうに言ってみる。
まず君が考えなさい。
はい。
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2008年02月18日

本「ボナンザVS勝負脳」 保木邦仁・渡辺明



ということでそのボナンザの話を読んでみました。
保木さんの話を聞いてるとどうも
「全幅検索だから強い」
というわけではないそうです。
全幅といっても確立された安全な枝刈り手法があって、
各種のそれを用いると大幅に計算量を減らせるそうで、
選択的検索に比べて
かならずしも「力尽く」というものでもないみたい。
結局、「いい手」か「悪い手」かを
「判断する」には形勢の数値化が必要で、
たとえば王の周りに敵味方のどんなコマがいるのか、とか、
こちらの何がどこにあるのか、などを、
重みづけして、数字にする。
これは開発者が与えてやらねばならない。
この判断そのものはどのソフトでもやってることで、
ただ、その判断の重みづけ方に、
まず自動学習で得た「ボナンザらしい」個性があって、
また、その判断が出そろうまでは
いわば予断や偏見を持たないようにしましょう、
という点が、新しさ、だったんですな。

だからポイントを整理するとやはり、
・「いい」ってなに?
・「いい」「悪い」を判断する時期
の2点です。
ここを、
・「いい」とは「勝つこと」だ。
・判断は都度起きてから行う。
 前判断はしない。
と、決めたのがボナンザ。
それ以外のソフトを対比的に言うなら、
・「いい」とは「こういうカタチ」。
・それに沿うか沿わないかで
 まずおおまかな判断をする。
ということで、
どちらがいいとか悪いとかではなく、
アプローチの違いにすぎないんですけども、
しかし前者はいかにもコンピュータが得意そうですな。
人間としてはもっと後者から派生する
「美学」とか、「流れ」とか、
そういうところで勝負したいところですけれども、
まあ、どうなんでしょう?
バランスなのか、はたまたどちらかのアプローチを
極めた方が強いのか。
後者の方が爆発力というか、
モチベーションは強そうですけども、
思いこみや美学に殉じる穴がある。
前者はcoolに見えますけど、
実はエゴがなくて、献身的つまり人間的であるとも言える。
だからやっぱり、
人間に当てはめる場合は、
向いてるスタイルはその人次第なのかなぁ、
と思ったりします。

コンピュータが人間を完全に凌駕しても、
別に将棋が滅ぶわけではないと思いますよ。
コンピュータソフト同士の戦いの方が
盛り上がっちゃうことはあるかもしれませんが。
F1グランプリのように、
ハード・ソフト・開発陣のパッケージ全体で
NEC対富士通とか、
エースプログラマとエースデザイナー
(重みづけを担当する・あるいはプロ棋士かもしれない)
が戦闘力を決めるとか、
それはそれでおもしろそうです。

あと、渡辺竜王おっしゃるには
「万が一にも負けない手を慎重に打ちすぎて
 接戦に持ち込まれてしまった」
そうです。
だから実力的にはまだまだのようですね。
それでもアマチュアのほとんどの人は既に歯が立たないんですけども……

いや、おもしろかったです。
久しぶりに将棋が指したくなりました。
強豪ソフトと対戦させられる棋士は
たまったもんじゃないでしょうが、
将棋界全体にとっては、これは奇貨ですよ。
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2008年02月17日

「あとまわし」そして補足


しかしあれだ。
評価をできるだけ遅くすると、究極的には、
「結果評価」つまり、
「うまく行ったからうまくやれた」
という同語反復になってしまわないかい?
「強い者が勝つのではない、
 勝った者が強いのだ」
byフランツ・ベッケンバウアー。
ま、それはちょっと言い過ぎで、
節目節目でチェック入れるわけですから、
その時に軌道修正すればいいですな。
リーグ戦40試合で優勝を目指しますが、
それは1試合1試合の積み重ねであって。

この「後評価作戦」、
僕のやってることに当てはめてみますと、
・とにかく良し悪しであまり悩まずに、
 ガツガツ書く。
・そうやってパーツをたくさん溜めて、
 おもむろに組み立てる。
セル(要素)というものは
ネットワークの中で価値を決定するものですから、
・組み込んだ時点で
 初めて価値が判明する(評価が発生する)
・その評価に応じて、
 パーツ単位で修正を加え、
 足りないパーツを足し余分なパーツを削る。

なんだ普段やってることじゃねぇか(笑)

ただ、個人的には、ちょっと最近、
スマートにやってやろうという気持ちが強すぎて、
設計段階で評価しすぎてた嫌いがありまして、
そこはこうして改めて見て、反省してます。
建物と同じで、設計図では完成後のできばえは、
なかなか読めないものです。

よし、ボリボリ書こう。

「失敗を恐れない」とよく言いますが、
それは、別段心を奮い立たせなくても、
評価を遅らせれば必然的にそうなります。
後評価の場合、
「成功の可能性が高いことをする」
のではなく、ただ
「する」
だから、当然失敗もします。無駄も出ます。
しかしそれは、
間違いでも能力不足でも不運でもなく、
ただ、「する」の結果の一つにすぎません。
幾分詭弁じみてますが、
精神的な負担はだいぶ違うようにも思えますね。

お金持ちのモノ買う時の決断、
ってホント瞬即ですよね。
たぶん彼らは「あ、欲しい」という
感覚の針の振れに対して、
とりあえず評価をせずに、
「買う」という行動をまず起こす。
手元にモノが手に入り、それを使ってみる。
もちろん気に入ったり便利だったりする(成功)もあれば、
あっという間に醒めたり全然自分に合わなかったりする(失敗)こともある。
ただそれは、
懸命に前評価しててもまったく同じことです。
どんなに悩み抜いて考え抜いて買っても、
失敗はある。
その間、お金持ち達は何倍も多くの購買行動を重ねて、
経験と知識を積み、自分の「買い物勘」を磨き上げ、
成功の確率を上げていくと同時に、
成功「数」を増やしていく。
いいもの自分にあったものに囲まれて、しあわせ。

お金の場合、確かに持ってる量が個人差ありますけど、
行動においてはそれはほぼ「時間」であり、
(お好みで根性と言い換えても構いませんが、
 根性では時間の絶対量は増えない)
それは誰にも等しい。

そうだ、そのファクターを忘れてました。
私達は極めて限られた資源、
「時間」をいかにうまく使いこなすか、
がパフォーマンスの大きなポイントです。
「評価」は、そうだ、
エネルギーもなんですけど、
「時間」をむちゃくちゃに食いますね。
これだ。
だから後評価は有利なんだ。
アーセナルは相手に考える時間を与えないんだ(笑)
コストパフォーマンスならぬ
タイムパフォーマンスで考えると、
前評価は極めて劣悪です。
むしろ、「使うな」というのが標準で、
よほどの時に限って特例として認める、
というぐらいでちょうどかも。
やれば、失敗でもなにかを得ますが、
前評価は、まったく何物をも生みません。

人類は賢くなりすぎたんですなー。
情報も蓄積しすぎ、
しかも今では非常に容易に引っ張り出せすぎる。
「それはもうあるよ」「それはもう誰それがやったよ」
そんなこと言いだしたら、ねぇ。
美空ひばりさんの歌声に聴き惚れるのと、
カラオケで自分が絶唱するのは、
まったく別の問題です。
みんながスターバックスを世界中に展開しなくても、
街の珈琲屋さんでいいではないですか。

もうね、30中盤の独身男性実家棲まいが
暗い狭い部屋でPCに向かいて
「くちうちゅち〜」
とか書いてお小遣いを得てるなんて、
地獄絵図ですよ。
でも、その、
「そんなことやってる場合ではないのでは?」
という一見冷静な前評価を突破するのは、
なんでしょうね、
一種のピュアさ、というかバカ。
好きという言葉は「数寄」から来てるそうですが、
とにかくやりたいんだよ!
それでどうなるかなんかしったこっちゃない!
ライカ・ローリンストーンッ!
という気持ちですな。

人類はもうちょっとアホにならなあきませんな。
「脳化」が進む現代社会へのカウンターは、
「身体化」、もいいんですけど、それよりも
「バ化」かもしれない。
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2008年02月16日

「あとまわし」つづきつづき


でも、「あとまわし」がいつも優れている、
というわけではない。
従来型のシステムを採用する
他の将棋ソフトだって似た戦闘力を持ってるわけだし、
(保木さん(開発者)も
 「めちゃくちゃ強いか弱いかのどちらか」
 だと思ってて、
 似たような力だったことに驚いたそうな)
検索エンジンでも特に日本ではディレクトリ型、
具体的にはYahoo!ですけど、
強いですからね。
人間がキモになっているシステムは、
そこの人間が強いと、あたりまえですけど、
とても強い。
アーセナルも強いけど、
ユナイテッドも強いのです。

ただ「あとまわし」方式は、
お安くあがるというか、
パワーを食わないからエコだな、
というのが一つ、
天才や職人を必要としないから、
オープンで民主的だな、
というのも一つ。

逆に弱点としては、
Googleで調べ物するといつも思いますが、
人手による最適化がなされてないので、
「ここ一発で最高の結果」
というものには向かない。
「適応は適応能力を奪う」
という言葉がありますが、逆に言えば、
適応能力をキープする限り、
高度な最適化は行われない。
「ここへハメれば100%勝てる」
みたいなパターンは望むべくもない。
それと、
猛ダッシュも大天才も要らないけど、
最初から最後まで構成員全員が
ずーっと小走りで走ってるような、
そういう感じがします。
そういうやり方が苦手な人には、辛いシステムです。

日本人向きっぽいですね。
日本人は評価ヘタですからなー。
ヘタっていうか、「みんなと同じ」っていうところに
強い価値を置くので、差別化につながる(「角が立つ」)
評価をやりたがらないんですね。
評価しない、と、自動的に評価あとまわしでもありますな。
それがいい方に作用することもあるのですが、
国鉄の赤字や社保庁の年金記録のように、
「こないなるまでになんでなんとかしようとせんかったんや……」
と呆然とすることも多いです。
やっぱり、「あとまわし」というのは評価の放棄ではなく、
あくまでバッファリングというか、
「保留」ですから、
忘れないようにしないと。

ま、小難しく言ってきましたが、
人間ピンチになると、自然とそうやってるもんです。
メシも風呂もあとまわしにして原稿に取り組むものです(笑)

部屋の整理なんかも、僕はなるべく、
「バッファ(収納)は少ない方がいい」
という考え方だったのですが、
ちょっと考え方を改めました。
余裕のあるバッファが存在しますと、
評価(残す・捨てる)を「あとまわし」にできます。
整理整頓で一番苦しいのがあの決断ですから、
そこを極小化できれば、
整理整頓の効率が非常にあがる。
「残す・捨てる」の二択と、
「捨てない・捨てる」の二択は、
似てるけど全然負荷が違う。
(ただま、5年ぐらいで大掃除しないといけませんけども)

Intelが新しく開発した低消費電力CPUは、
久しぶりにIn-OrderタイプのCPUらしいですよ。
最近のPC用CPUはほとんどがOut-of-Order型で、
「命令を効率よく並び替えて、CPUを遊ばせない」
という設計思想だったのですが、
それを突き詰めすぎると、
その命令のスケジューリングに膨大な資源が必要になって、
「……これホンマに効率上がってるのか?」
ってことになったそうです。
夏休みの宿題の計画を3週間掛けて練るようなものですな。
その3週間宿題をやるか、
少なくとも計画しなければ3週間遊べる。

「評価コスト」「管理コスト」の問題は難しいですなー。
永遠の課題です。
そのコストを払うに見合う利益が得られる、
と信じて、
我々はどんどんシステムを複雑化させるわけですが、
いつの間にかそれが重荷になっている。
もちろん、
個々のケースにおいてそのターニング・ポイントは
違うのでしょうけども、
どうもなんだか、
ある程度数式化して、
「これ以上複雑になると、複雑にした方が不利になる」
という判断がくだせそうな、
そんな予感もします。
そしてそれは、想像してるよりも実は、
かなり低いところにあるのかもしれません。

ただ、その前に、
「評価を厳密にすりゃ効率が上がるってもんでもない」
というコンセンサスも取らないといけませんが。

いろいろ考えさせられました。
あとにまわせるものは、
あとにまわしてみよう、
と思っています。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年02月15日

「あとまわし」つづき。

「あとまわし」つづき。

この二三日、
「あとまわしにできるものは、あとまわしにする」
に夢中です。
こんな消極的に見えることが、
「夏休みの目標」で書いたら
学校の先生に怒られそうなことが、
キワキワの勝負どころでの最新戦略だなんて。
これだから人生は捨てたもんじゃないですな。

つらつら考えているのですが、
やっぱりキモは
「評価コストがとても低い」
って点じゃないかと思います。
似てるようで全然違うのが、
よくお題目として唱えられる、
「一番大事なものから取りかかる」
だと思うのですが、
これって問題点は、
あまりに当たり前すぎて見過ごしてた点ですが、
「『一番大事なもの』って、なに?」
で、そこを「評価」せねばならない。
重みづけをし、優先順位を決定する。
で、実は、「評価」っていうのは、
極めて難しくかつ高コストな作業なのです。
大河ドラマの武田信玄(中井貴一さん)が、
戦に勝った後、報償を決める時にため息つきながら
「これがいっちゃんムズい……」
と言ったのは非常に印象的なシーンでした。
毎年プロ野球の契約更改では揉めますなあ。
僕今年の川上憲伸の現状維持は、
いくらなんでも酷すぎると思った。
強敵相手に一年投げ抜いて日本一になって
給料上がらなければ、
どうやったら給料あがんねん、
って感じですよね。
やっぱり、評価軸、「切り口」がいろいろあるので、
いい評価かどうか、正確な評価かどうかなんて、
誰にも、もちろん本人にもわからないんです。
そんな曖昧な、正確性や客観性を保証できない、
しかも高コストなことを前提にして、
システムを組んでいくことが果たして
適切なのか。

その点、
「あとまわしにできること」
ならば、ある程度は客観的に判断できます。
その量や質を、自分の実績、パフォーマンスで
割れば、
使うコストと時間がおおよそ把握できますから、
使える期間の中で後ろにはめる、
のはそんなに負荷が高いことではないし、
正確性もある程度は保証される。
今「やらなければならないこと」は、
さすがに無限ではないですから、
そうやって計算できるものを外していくと、
「余裕」がわりとはっきり把握できる。
それはそれこそ自由に使っていいものですから、
自由な時間とエネルギーを、
好きなように使えて、
結果的に、
自然でムリのない行動や、
創造的でチャレンジングなアクションを、
起こしやすい。

「評価」こそがコストが高いから、
じゃあ「評価」をなるべくしないようにしよう、
(またはシステム的に決めた評価しかしない
 =IT技術等で合理化できる)
という考え方は、
ちょっとネット時代っぽいですね。
AltaVistaとか、初期のロボット型検索エンジンが
現れた時の興奮に似てる。

ああそうそう、
渡辺竜王を追い詰めた将棋ソフト・ボナンザ、
あれも当時主流だった
「まず絞り込まれた候補の中から手を選択する」
のではなくて、
「全ての手を先まで読んで、
 一番良さそうな手を採用する」
作戦だったそうです。
つまり評価をできるだけ後にする。
先行評価をしない。
その最終的にくだされる評価自体も、
過去の数万局から
ソフト自身が自動的に算出したものだそうで、
開発者の主観が入りにくくしてある。
かように、
「評価」を「あとまわし」にすることで、
ド素人に近い保木さん(開発者)が、
普通のノートパソコンで、
並み居る強力なPCで動く歴史ある将棋ソフトを破る、
という結果を出した、
とも言える。

アーセナルのサッカーもちょっとそうかなぁ。
彼らには「こういう手順でゴールに迫る」という
約束事があまり無い感じがするんです。
その代わり、ボールを奪ったら、
パサー以外は全員で、スペースを作る動きか
スペースへ走る動きをし、
パサーはスペースを探してそこへ出す。
延々その繰り返し。
「こっちとあっちでこっちが通りそう」っていう
評価が無い、とまでは言わないまでも、薄い。
だからセスクのパスは簡単に見えるのですが、
それは評価段階をすっ飛ばしてるからで、
スペースがあったらとにかくそこへ出す。
相手からすれば守りにくいことこの上なく、
「ここを絞っていればヤバイことにはならない」
というポイントが、無い。
いきおい、個人能力と集中力をフルに発揮して
アドリブ守備で水際で止める、
を繰り返すことになるのですが、
向こうの攻撃は全員で有機的に連動して
(負荷を分散して)
やってくるわけで、
時間が経てば経つほど、疲労度に差が出てきます。
そして点を奪われると、前に出て行かざるを得なくなり、
さらにスペースを与え、そこを使われて、また点を獲られる。

でもこれにはもちろん、
まず全員がそういう考え方で動く意識があり、
また身体的・精神的にも動けるスタミナとスピードがある、
という前提と、
(アーセナルは30歳以上の選手と
 基本的に複数年契約を結ばないはず)
正確に小さなスペースへ出せる・受ける技術を
全員が持っている必要があります。
決して簡単なことではなく、
システムの魔術によって凡プレーヤーが輝いてるわけでもない。

話があっち行きましたが、
「評価を遅らせる」っていうのがポイントなんじゃないかな、
というのが今日のところ。
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2008年02月14日

あとで指せる手はあとまわしにする


わが畏友・鉄心夫妻の生活信条が、確か
「明日できることは今日しない」
なのですが、
これは実は最新戦略らしい。

梅田望夫さんのblogのこちらのエントリをご覧あれ↓
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080208/p1
現代将棋では
「あとで指せる手はあとまわしにする」
というのが基本戦略だそうです。
これは、僕にとってかなり衝撃的でした。
今までよく言われているような、
「一番重要な要素から取りかかる」とも、
「片付けられるものから片付けていく」とも、
似てるようでかなり違う。

確かに、
「重要なものから」
というのは、言うのは簡単で、非常にスマートですが、
刻々変化する状況に対して、
常に「優先順位の決定づけ」という
実はかなり重いタスクを、
背負い続けることになります。
支払うコストはトータルで結構多い。

国をうまく運営しようとして
官僚機構が肥大化しすぎた国家のような。
それを維持するために莫大なエネルギーが浪費されて、
中国はいつもそれで革命が起きます。

また一方
「片付けられるものから」
という戦術ですと、
その複雑化コストはありませんが、
いつまで経っても重要なことが進まないリスクがあります。
「キッチリしてる人」が「できる人」の
十分条件はもとより必要条件ですら無いことは、
皆様ご存知の通り。
とてもキッチリしたはるけど肝心の仕事はイマイチ、って人が、
職場には一人ぐらいはいるものです。

だから、この両者ではない戦略が、
「ある」というのはわかりますが、
それが
「後回しにできるものは後で」
というのは、
未だちょっと消化できてません。
なんていうか、消去法みたいですよね。
そんな消極的(に見える)指針で、
ものごとはうまくいくのか?(笑)

いってるわけですよね。
すくなくとも、将棋においては。

一つ言えるのは、
「あとでできるもの」
というのは、重要度や難易度にかかわらず、
実は「読めてる」ものなんですね。
だから期間やエネルギーのリミットがあれば、
自分のパフォーマンスはだいたいわかってますから、
それから導かれる必要量を、
どんと予約してしまえばいい。
問題になるのは、重要度や難易度が高いものではなくて、
「読めないもの」です。
そこにまず取りかかる。
とっかかって分解して部分を作ってみて、
あるていど読めるカタチにしてしまう、
と全体像が見えてくる。

でも、それだけじゃないな。
なんかとてもだいじなヒントが潜んでいるようで、
一生懸命考えています。

では、自分のやってること(文章を書く)
ということに当てはめるなら、
どうなるだろう。
「いつでも書けるものは後回しにする」?
んー、まぁ、確かにそれはいい考え方かもしれん。
読んでもらう意味がある文章、内容というものは、
究極言ってしまえば
「僕にしか書けないこと」
ですから、まずそこを書いて、
で、それをうまく、誰にでも読めるように、
整える。
うむ。
で、書こうかな、と思って、
でもこれ後回しにできるな、
と思ったら後回しにしていって、
全部後回しになってしまったら、
書く意味はあんまりない、と。

あー、確かにいい戦略だ。

前も言いましたっけ、
私らの一番ヤバイことは、
「浸ってしまう」ことで、
「淫する」などという表現もありますが、
「書いてるだけで幸せ」
という感覚の虜になってしまい、
文章(作品)としての完成度、
社会性つまり他人様に読んでいただくこと、
を、忘れてしまうことです。
一応そのために推敲なんかもするんですけど、
基本的に自分の作ったカレーは美味い。
そこに厳しく他人の目を持ってないと、
ダレてしまいます。
仕事って全部そうで、知らず知らず、
「仕事のための仕事」
を、しかも自分で作りだしてること、
って、すごく多いです。
そのへんをぶった切れれば、
かなりスピードは上がりますな。

うーむ。
しかしそれだけでは無い、もう少し奥深い感じがする。
もうちょっと考えます。
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2008年02月13日

2/12

2、3日冷え込みましたね。
またいつものカリスマカーセールスO君と電話で、
「東京もえらい吹雪きましてねぇ!
 たまたまクルマで移動してて大変でしたよ!」
てな話をした夜半、
「ちょっとファミレスにでも行くか」
と思い立ちクルマを動かそうと思いましたら
 きゅんきゅんきゅ……
バッテリ上がり。
Oh, NO!
翌日JAFさんにエンジン掛けてもらって、
ディーラーに持っていって22000円……
1年半。
微妙です。
バッテリってこれまた個体差がありますからねぇ。
エグザンティアは9年で2回替えた
(つまり3個使った)記憶があるのですが、
うち1つが1年ちょいしか持ちませんでした。
JAFのサービスマン氏曰く
「最近のクルマは停まってるときに使ってる
 電気がすごく多いので、
 2-3週間で上がってしまう事例がとても多いです」
とのこと。
新しめのクルマをお持ちの方はご用心召され。
アイドリングの場合、30分ぐらいは掛けないと
十分充電できないそうです。
(5分ぐらいだとセルを回した時に使った分も
 取り戻せないケースがあるとか)
しかしこのCO2なご時世にもったいないことですなあ。
物理的に根こそぎ止めてくれるような
スイッチはダメなんでしょうか。
セキュリティアラームとか、
うち車庫保管やから基本的に要らんのですけどねぇ……

むしろこういうところは、フル電気自動車の方が、
しっかりできてるかもしれませんね。
なんといってもバッテリが山のように積んでありますから(笑)
バッドセクタみたいに
「これとこれはダメになってるけど
 システム全体としては大丈夫」
てな作りになってるのでしょう、きっと。
ロンドンでは超小型ですが
電気自動車結構走ってるらしいですよ。
(ロンドンは超低炭素都市を志向して
 渋滞税などさまざまな施策を打ってます)
パーキングメーターみたいなところに
コンセント付いてて、充電タダだそうです。
負けてられませんよ、ハイテク国家日本としては。
三菱が東京電力と共同でアイを
電気自動車に仕立て上げつつありますが、
早くあれの市販版を見てみたいものです。
あれが今言われてるとおり、
200万円で200キロの航続距離持ってたら、
爆発的に売れる気がする。
ていうか僕欲しい。
メルセデスやフェラーリを鼻で笑える軽。
痛快極まるではないですか。

僕は「エンジン」にはそんなに思い入れがなく、
「クルマ」が好きです。
だからモーターによってクルマが良くなれば、
抜群の加速や静粛性や経済性が得られれば、
ウェルカム。

ま、といっても僕の生活スパンで言えば
次の1台もたぶん内燃機関であろう。
しかし、その次の1台はもうわからない。
そんな時代に来てるような気がします。
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2008年02月12日

「Change」

大阪府の橋下新知事が
「ゼロベースで全ての事業を見直す!」
とブチ上げておられまして、
ハコ物も図書館以外は全部要らんという勢いです。

つまりゼロから
必要なものをひとつずつ積み重ねていきましょう、
ということですが、
これはとても大切な考え方ですな。
ひとつのシステムで長年やってますと、
その時々に応じて増改築を繰り返しますから、
本人は上手くやってるつもりでも、
実は端から見ればすごく効率が悪くなってたりします。
たとえば「今」をベースにすると、
「AのためにBとCとDが必要で、
 さらにそのDのためにEとFが必要」
と、思いこんでて、そこで
「EとFをGとHにすることでなんとか5%ほど効率をよく……」
なんてやろうとしますから、これなかなか大変。
ところが「ゼロ」から考えると、
時代の変化で実はもうAがあんまり必要なくなってたりして、
Aを切って必然的にBもCもDもEもFも不要、
となってどーんと整理が進んだり。

たまにはゼロから物事を考える必要がありますな。
たまにというか、いつもそれができると、
頭の中がとてもすっきりしてそうです。

といいながら、
実は私、選挙期間中は橋下さんを非常に
懐疑の目で見てました。
選挙期間中、たまたまTVつけてたら、
政見放送やってたんです。
ここで橋下候補者はなにを訴えていたかというと、
「私が知事になれば議会がついてるから
 なんでも決めてなんでも実行できるんです」
これ一点。
具体的な政策は1秒たりとてない。
いいですか、1秒たりとてです。
政策どころか理念も無いし、コンセプトの提示もない。
ただ「オレを選んでくれたらなんでもできる」一辺倒。
私それ見て、
「あまりにも人を馬鹿にしすぎている」
と憤慨しました。
それは確かにストロングポイント、アピールポイントでしょう。
それを訴えるはいいとして、
リーダーたるからには、
「なんでもできます」じゃなくて、
「なにをやります」を言わねばならんでしょう。
そもそも彼か選挙参謀かは知りませんが、
この政見放送(の原稿)にゴーを出すというのが
信じられない。

で。
スーパーチューズデーを超えて、
共和党側がどうも真ん中よりの
マケインさんでだいたい決まりそうだ、
(ハッカビーさんがかなり粘ってますが)
との結果を受けて、民主党が大きく
オバマさんに針が振れてきてます(2/10現在)
「二者択一」から「マケインに勝てる候補」に
シフトしだしてる感じですな。
それもなんですけど、オバマさんの選挙戦術が
「Change」でしょう。
変えると。
そしてどう変えるかは、言わない。

そうなんですよ。
どう変えるか言っちゃうと、
必ずそこには不利益を被る層が現れて、
その票を失うのです。
だから、政策を、
言えないんじゃなくて、言わないんです。

橋下新知事が次々に打ち出してる構想も、
やっぱり反発を招きそうな事案が多々あります。
建築関係とか公務員関係とか。
これを最初から言っていては
そのへんの票が無かったかもしれない。
言わなかったからこそ、
2位に大差つけて独走、ですよ。

はぁー!
私が愚かでございましたー!
これぞ選挙「戦術」ですな。

でもね。
それってどうなのかなぁ、とも思うんです。
やっぱり、言ってること見比べて、選ぶ、
というのが、選挙ってもんじゃないかなぁ、と。
まあね、府知事や米大統領は
細かい政策よりもキャラクターが大事だ、
という側面が大きいからこそ当たった戦術だ、
と言えるかもしれませんが、
それにしても……
すっきりしませんな(笑)

こんなこと言ってるとあれですよ、
そのうちどこかから美少女を引っ張り出してきて
(まあ知事の場合は30以上なので「少女」かと言われると
 割と難しい問題になりますが)
「がんばります!」
っていう作戦がOKってことになるじゃないですか。
後ろには与党が誇る超エリートブレーンがずらり揃ってます、
とかバックアップして。
それでいいんですか。

……いいような気もしますね!

ま、結果としていい行政が敷かれれば
なにも言うことはないのですが、
なんといいますか、
「細かいことはオレにまかせろ、
 とにかくオレを選べ」
が通用するのなら、ギリシャ・ローマの昔より……

人間って、変わらないねぇ。
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2008年02月11日

スタイリッシュ・アーセナル

アーセナルの試合がほんとにおもしろいです。
プレミアリーグ。
スピーディでパスがポンポン出て、
無駄なく無理なく相手ゴールに迫る。
実にスタイリッシュです。
サッカーではない、別のスポーツみたい。

僕のお気に入りはセスク・ファブレガス。
この人の、どうっていうことないプレーが、
めちゃくちゃ効く。
出た瞬間「すげぇ!」とヨダレが出るパス、
ではなくて、
スッと出した縦パスが、
気がつくと、センターFWアデバヨールの足元へ、
ぴたり。
ためが無い、というのかな。
ヒデでも俊輔でもシンジでもいいんですが、
センスのいいパサーというものは、
パッと持った瞬間にこっちが
「さあ!」と期待するではないですか。
あの瞬間が無いんです。
ワンタッチが多いとか、そういう物理的なことではなくて、
もう「ここでしょ」という出し所が、
球貰う(奪う)前から決まってる感じ。
だからものすごく簡単に見えるパスが、
ビッグ・チャンスなんです。

こういう切れ味は怖いですよ。
ハンマーが振り下ろされるとわかっていれば、
それに対して身を固くしたり、
大急ぎで逃げ出したり、
できる。
でもこう「なにげなしに」ズバッと
キモに切り込まれますと、
対処できない。準備の時間がない。

セスクだけではなく、たとえば
両サイドバックもガンガン上がってシュート撃つのですが、
「さあサーニャが上がってきた!!」
とかそういう感じではなく、
あれっ?この人ウイングだっけ?
という感じで当たり前にそこに居る。
で、チャンスになると、
ちゃんと3枚4枚がペナルティエリアに殺到して、
その誰から誰にパスが出ても、
技術あるからちゃんとしたシュートになる。

おしゃれですよ〜。
まあ、もっと個人がギラギラ輝くユナイテッドみたいなのがいい、とか、
もっと汗臭い男臭いのがフットボールだ、とか、
好みはいろいろあると思いますが、
極めて個性的であることは間違いありません。

アルセーヌ・ヴェンゲル、コーチ、
フレンチ・マジシャンが凄いのは、
このチームは誰が出てもこういう戦い方ができるんです。
今ケガや他の選手権で
ロシツキーやフラミニ、エブエ、トゥーレといった
主力が落ちてるんですけど、
ぜんぜん大丈夫。
これがユナイテッドだと、そりゃクリロナがなにかで
欠場すればやっぱり明らかに何%か戦力が落ちるわけで、
チームの作り方が抜本から違う、
そんな気がします。
特に精神的な方向性
(たとえばビルバオのような純血主義とか)
があるわけでもないし、
普通に出場機会が少ないことに不満持って出ていく人とか
いるんですけど、
いる人は伸び伸びやれてます。
どういうマネジメントしてるんですかねぇ。

これはもう昔からでして、
バルセロナに移籍したアンリがちょっとだけ苦労してるんですが、
もちろんアンリのあの高速性は他に類を見ないので、
世界最高のFWの一人であることは間違いないとしても、
やっぱりアーセナル・システムあったればこそのアンリでもあり、
25点獲れる。
今季はアデバヨールが後釜に座ってるのですが、
去年8点だったのがもう17点です。
つまりアンリやアデバヨールが25点獲ってるのではなく、
「アーセナルのセンターFW」が25点獲れるんですな。
もちろん同じことはどのチームとどの選手との間にも言えることですが、
それが強いような気がします。
オーフェルマルスやプティも出てってから苦労したなそういや。

ジャンルは変わりますが
03年のルノーF1を鈴鹿で実車見たときにびっくりしました。
旋回能力が異次元。
チャンピオンがフェラーリで、
もちろん素晴らしい完成度だったのですが、
でもそれはべったのミナルディと同じベクトルの上にある。
ルノーだけ違うんです車両コンセプトが。
種を明かせば確か超広角V型エンジンによる低重心化が
効いてたと記憶するのですが、
フランス人というのは時折ああいう
驚くようなことをやらかします。
民主主義とかね。
人と違うことをむしろ自分で誇る精神性、
そればっかりではしんどい気もしますが、
それが非常に効くTPOもあるなぁ、
と感心しながら、見ています。

NHK-BSのプレミア見るならアーセナル戦がオススメ。
サッカーが好きになるかもしれません。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき