2008年08月31日

機材「無線LANルータ バッファロー WZR-AGL300NH」



我が家の無線LANルータがくたびれてきまして、
1週間に1回ぐらい再起動が必要になってきましたので、
壊れる前にお取り替え。
バッファロー無線LANスレッドを覗きますと
これの評判がよかったので。
ポイントは、
11n/11a系と11b/g系が同時使用可能で、かつ
セキュリティもAESからWEPまで混在できる点。
ノートPCはAESで、ニンテンドーDSはWEPで、
という使い方ができます。
ついでに有線部はギガビットイーサ対応。
機能を絞ればもっと安いのも多々あるのですが、
この機能で13000円台(僕が購入した時)は安い!

おばちゃんが最初に無線LANルータ買った時は
11bのカード一枚付きで45000円したよ。
11bが遅いのはともかくとして
有線でも3Mbpsほどしか出ない性能で、
光回線導入と同時に予備役へ回りました。
(今は無線でも28Mbpsぐらい)
それでも無線LANは便利です。
気がつけば今や無線の設定が
僕Mac2台、母1台弟1台、iPod touch、PSP、DS、Wii、PS3と
9台も必要で、
加えて有線でデスクトップ僕2台母1台、
レーザープリンタ1台がぶらさがり、
DHCPサーバのIPリース16台では
心許ないとかそんな世界になってしまいました。
いやはや。
電磁波が怖くて近代国家が建設できるか!

難はちょっと設定凝ろうと思うとややこしいことですか……
でもそれは無線LANルータ全体の宿命ですな。
AOSSがある分、なにも考えずに繋ぐなら
バッファロー製品は簡単なんですが、
ちょいとこう、
DSとPSPとPS3だけWEPで、あとはAESで、
というだけでもなかなか「?」マークです。
まあ、なんとなく動いてるからいいや!

写真横置きですが縦置きもできます。
黒いボディはなかなか精悍です。
我が家にダイソンが来て思いましたが、
生活家電と言えども「控えめ」というのは実は難しくて、
どこをどうやったってブツがそこに厳然として存在する以上、
存在感というのはあるものでして、
むしろ「それ単体でカッコイイ」という方が、
実は嫌味にならないような気がしてきました。

レビューというほどではないのですが、
無線LANルータなんてほんとソフマップの棚なんかを前に
「どれを買えばいいの!?」
と頭を抱えがちですので、
私これ買いました、というお知らせでした。
ええかどうかはわからん(笑)
ルータは消耗品ですねぇ。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | デジタル・ガジェット

2008年08月30日

本「村で病気とたたかう」 若月俊一



ちょっと古い本で民衆の中へ入り込んでいく医療、
という話が出ますと必ずセットになって出てくるのが
信州・佐久病院。
その草創期を支え院長となり奮闘努力した
若月先生の著書です。
地域に根ざし農民達の中へ入り込み、
「治療よりも予防を」
と健康手帳作りから啓蒙活動に至るまで直接手を掛けた
佐久病院の活動は、
日本はおろかアジア圏農村医療のお手本ともなった、
そんな偉大なるプロジェクトのはじまりの部分が、
赤裸々に飾ることなく成功も失敗も綴られています。
この本、
一時期は青雲の志に燃える若き医師達のバイブルでもあったようで、
前から読もう読もうと思っていたのですが、
こないだキューバ医療の本を読んで出てきたので、
この機会に。

いやぁ、ファイターです!
日本人にはいわゆる猛将タイプが少なくて、
だもので逆に愛されるという側面もあり、
山口多聞や柴田勝家が敗将にもかかわらず人気があったりします。
若月院長はまさにメスを振り回し
農村に根ざす固陋な風習そのものや官僚的小役人を
血祭りにあげていきます。
「本当に農民のためを思いコツコツやれば必ず通じるのだ」
を合い言葉に。
先生の言ってることやってること全部正論なんだよね。
でも、抵抗にあう。
でも、負けない。
そうすると、その「本当はいいことなんだ」ということに気づいた
多くの人が、それを支持するようになって、
最後には花が咲いて、実がなる。
「どうせ正論述べても聞いてないだろ」とか、
「届かないだろ」とか、
そんなニヒルを気取る前に、
先生ほど粘りましたかと。
また、それは、本当に誰かのためになることですか?と。
書名からして「たたかう」。
「病気とうまくつきあう」ってな昨今の方向もいいのですが、
それは健康・衛生についての基本的な啓蒙がなされた上での話、
でして、
昭和30年代のつまり今から50年前の日本には、
そんなことすら無かった。
厳しい農作業で腕の腱切れてても病院にも来ない人がゴロゴロいた、
そんな時期には、引っ張っていく力、
「こうしよう!」「これで行こう!」
という強い意志が必要です。
閉塞感を切り開くのは意志の力しかない。
なんだかんだ言ったって、
最後はそれしかないのです。
その、大切なことを、
思い出させてくれる本です。

余談になりますが、
この本アンコール復刊の本でして、
なぜこんな名著が、と思えば、中見て納得。
真っ赤っかなんです(笑)
「闘争」など懐かしいレフト系の単語が
適度に散りばめられており、
共産主義革命の洗礼をモロに浴びた
戦前のインテリゲンチャの若者が
理論と実践のはざまでどう苦しんだか、
(若月先生は1910年生まれ、終戦時35歳)
その生き証言にもなっています。
でもやっぱり結局、
先生が視野狭窄・空理空論に囚われずにすんだのは、
目の前で苦しんでいる農民が居る、
これを助けられずになんの革命ぞ、
その「現実」なんですな。
これ大切なことですよ。
それは右翼左翼関係ないことです。
医者は、病気とたたかう。
では、私は、なにとどうするか。
迷いや悩みが生じたら、その現実に立ち戻ることを、
忘れないでいたいものです。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年08月29日

「シナリオは下手に楽に書け」 橋本忍

「七人の侍」で黒澤明監督とタッグを組んだ
脚本の大先輩・橋本忍さんのおはなし、
BS2でやってましたので食い入るように見ました。
「七人──」の脚本作業は黒澤監督と共同、
というかコンペ方式で、
いい方を小国英雄さんが判定して採用する、
という非常にシビアなもの。
これ厳しいですよ。
私も経験有りますけど、ものっすご厳しい。
単純にパート分けしてあとで微調整、
という形式とはまるで違う。
コンテンツはなんでもそうですが
「使われない」
ということほど堪えるものはなく、
まあ言わば「存在の全否定」ですからね、
それがたとえ小刻みにもあるとハッキリ萎えます。
萎えないようにするには勝つしかないのですが、
相手黒澤明でしょう。
そらぁしんどいですよ。
それはもう、黒澤監督や小国さんに対して、
そしてこれから生まれるその作品自体に対して、
全幅の信頼を置いてないと無理です。
負けたこれも勝ったそれを生み出すためのものだ、という。
そのこともあってか、
その作業を缶詰した旅館は
囲碁・将棋の名人戦も行われるような
名旅館だそうですが、
食事持ってきた仲居さんが入り口で後ずさったそうです。
その鬼気迫る様子、
名人戦なんかの比ではないという。

そんなこんなであの大傑作が生まれたそうですが
(その方式はそれ以降やってないそうです。
 あまりに辛くて)
映画作りを志す若人に向かって冒頭の言葉。
なんとなれば、
人は子供の頃から勉強する。
なにかを教わる。たくさんの知識を得る。
しかし創造力についてはなにも勉強していない。
だから、自分の批判力は自分の創造力を遥かに上回ってしまう。
だから、自分を批判していてはシナリオなんか書けない。
極端に言うとシナリオは、
批判力をゼロにした時にはじめて生まれる。
そう、下手に、楽に書け、と。

胸のつかえがストーンと落ちる名言でした。
そうですよ、そう、
これはシナリオばかりではありませんよ、
仕事全部そうです。
特に昨今、情報を手に入れることは極めて簡単になりましたから、
批判力>>>創造力
の不等号は大きくなり続けていると言えましょう。
そして創造力は、実践でしか身につかない。
批判力を鍛えている暇があったら、
ひとつでも手を動かして創造力を高めていくことが大切です!

黒澤監督の言葉
「シナリオはマラソンだ、遠く見ちゃいかん。
 目の前だけ見て走れ」
も、おっしゃるとおりです(笑)
ノベルゲームのシナリオといいますと
生テキスト1MBなどはザラでして、
シナリオ用の200字詰め原稿用紙にすると
4000枚ぐらいにはなるでしょうな。
ぞっとするでしょ?
今日もシナリオライター達はですね、
男子マラソン佐藤選手のようにヨレヨレになりながら
ゴールテープを目指しているのです!
よよよよよ。
下手に楽に、なんて意識しなくてもずっとそうです……

余談ですが、
橋本さんの足元はメレルのJungleMocであり、
頭にはサンバイザー、
なぜ脚本屋はみな、服装が垢抜けないのか(笑)
こないだBSアニメ夜話(「イデオン」の回)に出てた
松崎健一さんもツナギみたいな「永遠のSF少年」調だったし、
そう脚本といえば三谷幸喜さんなんかいつも
無理矢理な服着てキャラ作ってますよね。
思いますに、まず職人的要素あるので
「作業着」的になるのがひとつと、
もうひとつは、
脚本はやっぱり「人を描くもの」でして、
(小説は「自分を描くもの」。ちょっと大雑把ですが)
自分を「透明」にしておこう、
という無意識の現れかもしれません。
結構違いますよ、脚本と小説は。
サッカーでいうとボランチとFWぐらい。
同じといえば同じだけど違うといえば全然違う。
ながたも服装の垢抜け無さなら誰にも負けておらず、
「いいんだ、むしろ垢抜けて無い方がいいんだ」
とうなずきまくっていたTV前でござる。
posted by ながたさん at 18:06| Comment(4) | TrackBack(1) | お言葉

今年のバテ対策

もうすっかり涼しくなってきましたね。
例年コミケが終わると夏が終わるという感じですが、
まあお盆なので古来の伝統そのままなのですが、
今年はだだっと気温が下がりましたな。
今年は、確かに暑かったですが、
湿度の高いじと〜っという暑さはあまり無くて、
なんとかあまりバテずに過ごせた気がします。
皆さんはいかがでしたか。

わたしが今年気をつけましたのが、
「氷入り飲料を飲まぬ!」
冷蔵庫で冷やしたお茶も控えめに。
お腹を冷やすとですね、
確かに全身冷却されてその時は涼が取れるのですが、
胃腸が弱り、
消化吸収が悪くなって、
基礎体力が落ちていくような気がします。
昨夏は氷入り魔法瓶を抱えるようにして机に向かってましたが、
今年は一杯水を飲むのも台所まで行くようにしまして、
飲み過ぎを防ぎました。
アイスやかき氷もほとんど食べなかったなぁ。
あとビールも、家では。
不思議なものでこれも慣れでして、
長居公園を歩き汗だくだくでミスドへ雪崩れ込み
「コーヒーください」
「アイスですか?」
「ホットで」
そんな感じ。
熱いもので暑気払い、なんてジジイのやることだと思ってましたが、
いや、昔の人の知恵は侮れませんぞー。
僕がジジイになったわけではないッ!

あと、これは皆さんご存知かもしれませんが、
暑いからといって風呂を省略すると
かえってよくないですな。
シャワーでもいいから肌の表面の汚れを落としておいた方が、
物理的冷却効率が上がるみたいです。
心理的なさっぱり感も大きい。

できれば昼の1ー4時は昼寝といきたいところですが、
まあそれはなかなか。
僕のような生活でも、割と難しいものでして、
世間が騒がしかったり
(小中学生は夏休みで、
 家の前でバトミントン大会が繰り広げられるのです。
 北京の夏)
雨戸閉めてますと陰気くさいと母に怒られたり、
いろいろです。

冷房には強かった8月生まれの私も
今年は28度設定でさえ途中で切ることが多く、
まあ、それはいいことだと思っています。
季節外れの話題ですが、来年へのメモに。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月28日

D90

ニコンがD90を戦線投入!
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/dslr/2008/08/27/9083.html
「D80ボディにD300エンジン」
と極めてわかりやすい商品企画も大変魅力的なのですが、
(絵にかかわる心臓部を高級品にして、
 それ以外を普及品にしてハイアマチュアを狙う)
なにより動画機能ですよ動画機能。
「はぁ?そんなのコンパクトデジカメでも」
とおっしゃる方はまずこれを観て。
http://chsv.nikon-image.com/jpn/products/camera/slr/digital/d90/dmovie/movie1.html
「あっ」と思ったでしょ。
そう、民生用ビデオカメラではこんな映像は撮れなかったんですよ!!
画角の多様さ、ボケを含む表現の可能性。
これ強烈ですよ、映像作家系の方とか
狂喜乱舞じゃないですか、
こんな10万そこそこの機材でこんな絵が撮れるってのは。
ツァイスでも使ってモノクロで撮れば
いつもの街角がフランス映画ですよ。
その映像を撮ったチームのトレーラーがあって、
http://jp.youtube.com/watch?v=HVQX1rC-fRA
これ見ても愉しそうに撮ってますね〜。
(この映像自体もD90製かな?)
カメラとしての成り立ちおよびスペック、
それに起因する手頃な価格、
そしてこの飛び道具。
ついでにデザインもペンタに勝利のVライン(笑)をくっきり入れて
中級機アピール。
D80これが小さかったので
「ちょっと大きいD40」に見えちゃってたんですな。
さらにはタッグを組むレンズも18-105を新たに投入、
「18-200が完璧だけどあれは高いし大きいしなぁ……」
というユーザーの思いを救い取る。
完璧です。
こんな「完璧」な商品企画は年に1つもあるかないか。
(初代)iPhoneみたいなびっくりドンキーはたまに出るんですけど、
そうじゃなくて、ラインに乗ってる機材の
モデルチェンジで巷間を沸かす、
これなかなかできるこっちゃない。
元商品企画屋としては悔しいぐらいです。
クルマに例えればコロナのモデルチェンジでクルマ好き全部が
「わーっ!」って言うようなものです。
難しそうでしょ?

いやー、ここ最近のニコン特に去年後半から
D3>D300>D60>D700そしてこのD90と、
ユーザーが「こうだったらいいなー」と期待する
ちょっと上ずつを完璧にこなしており、
あの質実剛健と言えば聞こえはよく、
実際モノさえ出ればさすがニコンと言わせるものの
独特の腰の重さを知ってる世代には
「どうしちゃったの!?」という感じです。
あたりまえのことをあたりまえにやってるだけなんですけど、
それがいかに難しいことか。
経営陣になにかあったんですかね(笑)
前日に永遠のライバル・キヤノンが
直接競合する50Dという中堅機を発表してて、
確かにこれも先代からいろんな部分をブラッシュアップしてる
いい機械だと思ったんですが、
その、なんといいますか、D90の動画機能みたいな、
「うわぁ!」
っていうのが無い。
言い方すごく悪くなっちゃいますが、
ブラッシュアップしただけ、というような。
そんな商品企画は素人でもできるので、説得力が無いんです。
もちろん、要素技術を開発する技術陣が
頑張ってるのは言うまでもないことですし、
実際撮らせてみればキヤノンはやっぱりAFにおいては
他の追随をまったく許しませんから、
(キヤノン機を使っててよそのを使うと、
 当たり前にできてたことが突然できなくなって愕然とします)
素人が構えてパッと撮っていい絵が出るのは
50Dの方かもしれません。
でも、商品って、それだけじゃないんですよねぇ。
北京五輪の報道席見てますと、
一時期は真っ白(キヤノンの大型レンズ)だったのが
黒(おそらくニコン)がすごく増えてました。
ネット界隈でもハイエンドはD3&D700の話ばかり。
ここいらで一発気合いを入れて、
ファンが長年(つっても3年ですけど)
首を長くして待ちに待ってる5D後継機、
(年内にもう一つ出すと言ってるので、おそらくこれでは)
こいつはD700を明確に叩けるブツであって欲しいですな。
動画の世界は、
カシオのハイスピードカメラのように
http://dc.casio.jp/product/exilim/ex_f1/
おもしろい展開が様々考えられる世界なので、
ぜひソニーやパナも「なにおう!」とばかりに
おもしろい機械を出していただきたい!

デジカメWatchの記事のサムネール画像見た瞬間に
「あっ、これは」
と思わせる「佇まい」の良さ。
いい機材はカッコもいいものです。
いろんなベクトルの力が一点で交わったような、
バランスの良さが光っています。

posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | デジタル・ガジェット

2008年08月27日

バナる

シンクロニシティと言いますか、
コミケで朝おにぎりだけでは色気がないので
バナナを食べましたらこれがあなたずいぶん腹持ち良く、
あの場はなかなかちゃんとした昼食をとりにくいですから
(だから打ち上げビールがべらぼうに美味いのですが!)
それでも夕方まで持ったりして、
ふと電車の中で「壮快」とかそんな雑誌の中吊りを見ると
「朝バナナダイエット」
とある。
朝をバナナと水だけにするそうです。
石原系と言いますか、
現代人が「食べ過ぎ」(言い換えると運動不足)
だというのは広く認知されてるところでして、
しかし朝抜いて2食より朝あり3食の方が
インスリンにしろ頭の回転にしろ身体の始動性にしろ
いろんな面でよろしく、
どう配分してどう食べさせるのか、
ここが問題です。
で、夕食を弄るのはほぼ不可能なので
(それをやると実行のハードルが上がりすぎる)
朝と昼をこう、うまいこと
「ローカロリーながらお腹はいっぱい」
という方向に収められれば、
勝利が見えてくる。
まあしかしですね、
「ずっと同じ」系は辛いですよ。
たとえいくらかの結果が出るまでの数ヶ月の辛抱だと言っても、
その間ずーっと朝バナナだけ、というのは
これかなり超人的な努力が必要。
冷蔵庫に昨日の残りのハンバーグがあるので
トースト焼いて挟んで自家製ハンバーグだー、とか、
朝コーヒー飲みに言ったら新しいメニューが出てて
ザワークラウトホットドッグだー、とか、
そういう喜びが一切無い。
だから、
「お腹減ったらバナナでごまかす」
ぐらいでいいのではないかと思いまする。
腹持ちはいい。確かに。

自転車レーサーの方なども走行中に
パッと取り出しぱくつく姿がよく見られまして、
これだけ各種ゼリーやドリンクが発達しても、
やっぱり食物ありのままを摂る、
という行為そのものが、
全身にエネルギーをもたらすんでしょう。

ただしバナナはなんか消化酵素の関係からか
生理的にまったくダメな人がいますので、
突然たくさん食べるのはよくないかもしれません。

今でこそ5本179円などで売られ
庶民の味方子供のおやつという風情のバナナですが、
63年に輸入が自由化されるまでは高級果物だったそうで、
我々の父母の世代ですと今のメロンかそれ以上、
病気の時に母親が買ってきたりして、
「こんなに美味いものが世の中にあるのか」
と感激したりしたそうです。
確かに甘味はともかくあの
「ぬたっ」とした食感と充実の歯ごたえ、
いかにも「滋養強壮!」という印象は
他の食物にはあまりなく、
考えてみればあんなあからさまに傷みやすそうなものが
フィリピンからえっちらおっちら来てくれるのだから、
大変ありがたいものです。
でんぷんや食物繊維が豊富なので、
あちらでは穀物的に主食的調理をして食べたりもするそうですね。
一度木の上で完熟したのをもいで食べてみたいものです。
甘いんだろうなぁ。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月26日

北京五輪

結局、結構観てしまいましたよ。
なかなか面白い大会でした〜。
前半は体操、後半はソフトに引っ張ってもらいましたねぇ。
北島さんや男子体操、女子レスリングのように
期待に応えきった戦いもあれば、
女子ソフトや女子サッカーのように
期待を上回る快進撃もあり、
またマラソン野口さんのような悲劇も、
それはそれでドラマであり。
いやいや、選手スタッフのみならず、
報道から観戦して応援した方々まで、
皆様お疲れ様でございました。

今回感じたのは二つ。
まず「キッチリ準備する」って大変なんだなー、と。
当たり前のことのようですが、
マラソンのお二人をはじめ柔道や陸上の数選手、
いや日本に限らず劉翔さんもそうですな、
「スタートラインにすら立てない」
という事態が多かった気がします。
「金かゼロか」みたいな、
追い込み方が半端ではなくなってるんでしょうなぁ。
もうちょっとゆったりできないもんでしょうかね。
選手本人も、またその選手に出場枠を譲った他の選手も、
非常に可哀想ですよね。
また、
やりすぎとは逆にやらなすぎの代表と言えば
我らが野球。
もう各所で散々言われてることなので繰り返しませんが、
選手選抜に起用に準備、なにもかもズレてましたな。
ボールが違う判定が違うってもういつから言ってるんですかと。
公開競技になったの84年ロス五輪ですよと。
しかもその時、金獲ってるんですよと。
韓国なんかリーグを国際試合球でやってんですよ?
キューバは今回最後だからと長期合宿組んで猛特訓ですよ。
そりゃ負けますわ。
負けるべくして負けると、
やっぱりみんな一言言いたくなるよねえ。
サッカーのボンバヘッ荒川さんがね、帰ってきて
「明日からレジ打たな。休んで迷惑掛けてるから」
と言うとですね、そりゃ4位でも40位でも
何も言えませんよ。
でも5億何千万貰ってる球界一のクローザーが
すぽこんすぽこん打たれたら、
俺達が普段観てるNPB、あれはなんだと。
疑いが頭をもたげてしまうではないですか。
やっぱりNPB側も、
NPBの威信、もっといえば商品価値、
を落とさないためにも、
もっと本気で協力すべきだったんではないですかね。
「うちの誰それを持っていってくれるな」
とか言ってる場合じゃなくて。
野村克也監督の名言、
「勝ちに不思議の勝ちあり、
 負けに不思議の負け無し」。
上で言ったようなことは、もう始まる前から
野球ファンが嘆いていたことで、
じゃどうしてそれがプロの耳に届かなかったのか、
あるいは届いたとしても意志決定に繋がらなかったのか。
そこに最大の問題がある。
もっとも、
韓国もキューバも非常にいいチームでした。
決勝戦はキリリと締まったナイスゲーム。
あの2チームに理想的なチームで戦いを挑めたとしても、
勝てるかどうかはわかりませんでしたけども、
それにしても。

もう一点は、
これ素晴らしいと思ったんですが、
国境がだいぶ溶けてますな!
シンクロの井村コーチ(中国)、藤木コーチ(スペイン)が
日本のチームを叩き潰したのが最も象徴的でしたが、
卓球ぼーっと観てますと日本の団体、
オーストリアとの一戦です、
って出てくるの中国人なの。
「あれー!?」
3人チームの2人が中国出身で。
もちろん日本の卓球界にも中国出身の方たくさんおられるので
当然と言えば当然なのですが、
勝手にアジア圏だけかなと思ってた。
あれですよ、東京大阪の子が
甲子園出るために地方へ散らばっていくのと同じ現象が。
もちろん我らが愛ちゃんは逆に卓球をやるために中国に行った。
そしてなにより、
五輪最後の華・男子マラソン、ワンジル選手。
仙台育英からトヨタ九州!
「日本で学んだのは『ガマン』です。
 今日はガマンできました」
泣けてきますね。
もうこの子は日本の選手だと言いたくなるぐらい。
そのように、
どこで生まれたとか、国籍はどこだとか、
そういうのがあんまり意味が無くなってる場面が
そこかしこに見えて、
非常にいいことだと思いました。
いや、
ひょっとすると世界中から移民が集まる欧州の人なんかは、
そういうことはもう当たり前になってるのかもしれませんが、
あの世界中から人が集まる五輪の舞台で、
日本の人が他国で活躍し、
日本に世界中から人が来て、
ということが実感できたのが、
とてもよかったです。
その「現実」は頭の中で組み上げた偏狭なナショナリズムなど
簡単に吹き飛ばしてしまうもので、
あれですよ、鉄腕・上野の力投はやっぱり
中国の人にもインパクトあったらしくて、
サイン貰うボランティアが列を作ったそうですよ。
ブストス選手にはやっぱり、
敵ながら思わず敬意を払ってしまう迫力がありましたしねー!
すばらしい人やドラマは、
国境国籍関係なくすばらしい。
あたりまえのことなのですが、
なかなか実感できることではありません。
五輪は、その機会だというだけでも、
貴重です。

もちろん、ボルトさんやフェルプスさんの
「あなたたちおかしい」
というぶっちぎりっぷりも愉しかった。
人間の可能性を見せつけてくれましたな!
僕思うんですけど、
最近は情報の共有化が凄いでしょう。
それってでも諸刃の剣で、
みんな同じトレーニングすると、
みんな同じような能力しか付かないんじゃないかな。
クルマのデザインが世界中でほとんど同じCAD使うから
同じようなデザインになってってるのと同様
(あの業界狭くてその中で人材が行き来するという面もあるにせよ)
尖った能力持ってた人も、
「科学的トレーニング」の名の下では、
不得意な部分弱点の部分の底上げはできるにしても、
得意な(そして特異な)部分の、
「誰も知らない領域」
への挑戦は、逆にやれないのかもしれない。
ボルトさんもワンジルさんも
大ブレークから間がないですよね。
むしろそれがよかったのかもしれません。
もちろん長年蓄積されたトレーニングやケアの方法が
ダメだというわけではなく、
そういうものも無いと、
成績にムラが出たり、
スランプに陥った時に復帰しにくかったり、
ムチャをして選手生命を縮めたり、
するんでしょうけれども。
奥が深いものです。

次はロンドンですか!
ヤツらはオーガニゼーション・プロモーションは天下一品ですからね、
非常に期待が持てそうです。
閉会式のちょっぴりプロローグだけでも、
ずいぶん面白そうに見せてましたしね。
ベッカムが出てきただけでワーッと沸く。
彼はやっぱりスーパースターですなぁ。
北京では人海戦術的な要素が強かったですが、
ロンドンだともっと「個」を押し出してくるかもしれませんね。
また世界屈指の国際都市でもあることですし、
もっともっと国の垣根が無いような、
そんな素敵な世界が観られるかもしれません。
非常に楽しみです。

返す返すもお疲れ様でした。
また4年後!
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月25日

本「勝海舟」 松浦玲



勝海舟を知りたければこれを読めという名本、
どうにもわかりにくい彼の立場と考えたことを、
時節を従い状況を描きながら丁寧に追ってあります。
幕末ファン必読。

歴史の女神様は本当に気まぐれで、
恐ろしいほどに頭が回り心・身共に頑健なこの傑物を、
「必然的に負ける方」に配置するんです。
しかも彼はその役目から、
時勢のなんたるかがわかってないボンクラ共の相手を
長年努めて気が狂いそうになりながらも、
最後まで逃げない。
その逃げなかったことが、
明治、死後すぐに出された書物でも
「翁がいなければ今頃どうなっていたことか」
と評価され、今でも幕末のキープレイヤーとして
人気の高いゆえんでありましょう。

そりゃあ、チョンマゲ・ソウロウの世界でさ、
蒸気船とオランダ語を操りアメリカへ行った男がさ、
「世界ってのはこうなんだ」って説いても、
そりゃあ、無理ですよ。
無茶苦茶ですよ。
でも最後まで幕府につきあえたのは、
その高いプライドがあったからこそ、
「いやきっと日本はこうなる」
と己の見識を信じ切れたから、ではなかろうかと。
そのビジョンから外れてなければ、
それなりの仕事ができるんだと。
なかなか、できることではありません。

これ読んでますと、
一橋慶喜という人も大変に切れる人で、
だからこそ鳥羽伏見で
「あ、これはあかんわ」
と「わかる」ことができたんじゃないか、
流れを感じ取ることができたのではないか、
と思うのですが、
彼と海舟との差はやはり、
広く世界を知っていたかどうか。
その「流れはこうか」というのをもう少し前に
慶喜が知ることができていたら、
今も総理大臣は徳川家から出てたかもしれませんな(笑)
しかしタイミング的には遅くとも
慶喜も時代の流れが読めたわけで、
最後の最後にこの人が将軍になるというのも、
これまた歴史の面妖さです。
慶喜が暗愚であったなら、
徳川幕府は徹底的に悪者にされ、
今頃の教科書には江戸時代はものすごい暗黒時代に
描かれていたかもしれませんよ。

どれほど素晴らしい頭脳も肉体も見識も、
使えなければなんの意味もない。
腐らず奢らず、
常に「自分」を使い尽くすことができるのはどこか、
また、そこで堪え続けた彼は、
本当に「立派」だと思います。
彼ぐらいの能力のある人はたぶん
よく出てくるんですけど、
彼ぐらい耐えることができる人は、
そうは居ない。
能力があればあるほど、耐えられないのです。
瞬発力×粘り=大仕事。
昔の人は、本当に偉いですな。

小難しいことはともかく、
誰も世界を知らないあの時代に、
「勝海舟」という名の男が、
蒸気船・咸臨丸を駆って太平洋を渡りアメリカに乗り込む。
それだけでも、浪漫です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年08月24日

本「21世紀の国富論」 原丈人



「ほぼ日」見てましてこの方が(お父上含め)
すこぶる面白かったので著作を読んでみました。
http://www.1101.com/hara/index.html
http://www.1101.com/hara/first/index.html
おもしろかったです。
私も3ヶ月ほど会計士になろうと思った経験のある男でして、
そんな目から見ましてあの昨今の闇雲なアメリカ追従といいますか
四半期決算なんてどう考えても非合理じゃないですか、
絶対にどんな職種でも季節要因有るんだから
ずーっと増収増益が続くなんてありえないし、
それでそう見えるってことは
前のを後ろに付け替えて、
とかそんなくだらない操作をしてるってことでしょう?
前年同期で比べるのも、
ほなら2年にまたぐ「仕込み」はやるな、
ってことですか?
とかとか、
そのへんのことをズバー・ズバーとわかりやすく
切って解説してくださってるので
大変腑に落ちるとともに溜飲も下がりました。

現実にアメリカは製造業がえらいことになってまして、
GM・フォードが「四半期で1兆円以上」などという
どこをどうやったらそんな数字が出せるのか
意味わからない赤字を出しており、
モーターショーなんかに出てきます
「次の一手」を見てもパッとしたものはなく、
それどこか6000ccのシボレー・カマロを出して
「夢よもう一度」
と虚空を見つめる始末です。
完全に崩壊してる。
いかに合理化が進み国際的な分業体制が整うと言っても、
農業や漁業は永遠に捨てられないのと同じ、
「できなくなる」というのは
まずきめ細やかな地域に根付いた最適製品/商品の生産、
あるいは多様性の確保や文化の継承の意味で
非常にマズイ話でして、
アメリカはこれからどうするんだろうと
他人事ながら心配したりします。
日本も人のことはあまり言えないのですが、
それでも子供達に大工さんが人気、みたいな話を聞きますと
ちょっと胸をなで下ろす。

また、経済系の論客の方にはあの
ホリエモン・バッシング、村上バッシングは
今も非常に不評なのですが、
やっぱり民々の直感というのは侮れないものでして、
法律で決まってるとかなんとかやなしに、
「それはあかんやろう」
という気持ちがバッと盛り上がる、
というのはまだ健全なのかなあ、
と思ったりもします。
どう考えても「会社は株主のもの」という考え方は、
日本の風土には合わない。
そもそもそういう気持ちで設立されたものではないので、
途中から、はい株式公開したから今日からは
この会社は株主のものです、というわけには、
いきませんよねぇ。

そのへん、ただ否定するだけではなく、
様々な提案も簡潔明瞭に織り込まれており、
濃度の濃い一冊です。
ちゃんとスタンフォードで勉強して
ベンチャー・キャピタリストとして大活躍して、
国連のプロジェクトに噛んで、
で、「あれはダメだ」というわけですから、
説得力が違う。
こういう本当の意味で「強い人」、
ただ声が大きいだけや虚勢を張るだけではない人が、
真に日本のことを憂いてくれている、
というのは心強いです。
こういう人も、いるんだなぁ、と。
そしてこの方ばかりではもちろんなくて、
世界のいろんな所からたくさんの人が、
「ああもっとこうすればいいのに」
と思っているのに違いなく、
そういう声を、真摯に聞いていきたいものです。

やっぱり蛸壺にハマっててはダメだ。
広い視野からものを見、ものを考えないと。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年08月23日

対ウルグアイ戦を観て

ソフトボール決勝見ましたかみなさん。
鉄腕・上野! すごすぎる。
相手の主砲が「ブストス」っていうのがまたできすぎ。
打率5割HR6本9打点、どこのドカベンですか。
完全にベンチ気分の宇津木さんの解説も最高でしたな。
「オッケーイ!!」
感極まる宇津木元監督、試合後放送席に向かって手を振る選手達。
ええ中継でしたなぁ……
やっぱさ、「実業団」ってぐらいが、
スポーツにはちょうどいいのかもしれませんよ。
なんていうか、さわやかで。
サッカー女子も残念でしたが、いいファイトでした〜。
W杯覇者ドイツ相手に、特に前半ははるかに
いいサッカーしてました。
ベスト4といいますと男子で言うなれば
オランダとかアルゼンチン、
フランスやポルトガルといった世界ですよ。
素晴らしい。
ソフトは次回競技から外れますが、
サッカーは次また期待大です!

さて。
その鉄腕が3位決定戦で300球投げるのを見つつ
サッカー日本代表、
ウルグアイとのテストマッチを観たのですが、
あれですね、難しい選択を迫られてますね。
シンジがね、久しぶりに出てね、
まあ連携取れてないのはしょうがないとして、
やっぱり運動量少なくて、
というかあの人は昔からそうなんですけど、
サボると決めた時のサボり方が極端なので
(サボれる時にちゃんとサボるのもサッカーでは大事な仕事です)
どうしても目に付くんですよね。
ほんの近くで相手が持ってて、
それを追えと見てる方は思うんだけど、
彼的には守備揃ってるし縦には入らないだろうからいいだろ、
みたいな捨て方をするんです。
ただ、今の日本代表は全員で追う、走るというのが
一つのテーゼになってますので、
そのチームで浮いてたのは確かです。
しかし、
しかしですね、
唯一の得点は彼のアシストなんですな。
(それを受けた憲剛のクロスが相手に当たってオウンゴール)
俊輔抜きという条件で、
憲剛が一人で全部、あそこからあれができたか、
というとこれ疑問なんです。
ここが難しい。
シンジ、あるいは彼的な古井戸選手(小笠原や稲本)を使うとするならば、
憲剛や長谷部(そして遠藤)に代表されるような、
走って走ってフットボールは、
ある程度考え直す必要がある。
逆に、そちら方向で行くんだ、と決めるならば、
小野伸二は必要ない。
今さら彼に走りまくれと言うのは酷ですし、
そのことによって彼がチームにもたらす
プレーの質が向上するとも思えない。
でね、
ウルグアイがありがたいことに
かなり本気・真面目にやってくれたので露呈したんですけど、
正直その「走ってサッカー」って、
ほんとに成立するんですかと。
3失点全部カウンター絡みでしょう。
ま今回はCBが崩壊してたのもありますけど、
カウンターはボランチとサイドバックが潰さなきゃ。
つまり、走って走って、って、
攻撃に人数掛ける必要があるので、
人が居なくなるんですね。
ジーコ時代はそりゃ閉塞感と手詰まり感に溢れてましたけど、
こんな「どうしようもない」って感じはしなかったことないです?
「簡単に負けるとは思えないけど、
 勝てる気配も薄いなぁ」
って感じじゃないかったですかね。
今このウルグアイに対してほんと
「どうしようもない」
って感じでしたよ。
それは退化じゃないかなぁ。
それも昨日今日じゃなくて、
この方向でもう2年やってるわけでしょう。
いい加減、決断して、
走る方で行くならシンジなんか呼んでる場合じゃないし、
gdgdでいいからとにかく勝つんだ、というんなら、
サイドバックやボランチ上げてる場合じゃなくて
シンジ的高性能パサーに一本狙わせてカウンターサッカーでしょうよ。
そりゃ別に恥でもなんでもなくて、
五輪見ててもアルゼンチンなんか
全部リケルメとメッシ経由ですよ。
懐かしい話ですがアトランタ五輪日本代表みたいな、
前線に城と前薗を置いて中田がつないで、
あと全部守ってるってな。
なんかまあとにかく、
バタバタバタバタ動いてるわりには、
有効なプレーができてない。
たぶん方向性としては、
ユーロのスペイン代表みたいなものを夢見ているんでしょうけど、
スペイン代表はまず一対一で全部勝てますし、
(無理して人手を掛ける必要がない・
 現実に両サイドバックのカプデビラとセルヒオ・ラモスは
 オーバーラップ控えめ)
前4人いやセントラルハーフ片方(シャビ)まで含めて5人が
誰もが得点能力が高く、かつ、
誰もが誰かにパスを出せるという鬼仕様、
あんなチーム作ろうと思ったって無理です。
そもそもスペインにしたところで、
本当に久しぶりに構築できたナイス・チームなんですから。

んー、なんか同じことの繰り返しになりますが、
言うまでもなくサッカーは
シュート撃ってゴールするスポーツでして、
ボールを敵陣奥深くに運ぶゲームでも、
その美しさを採点してもらう競技でもない。
なんかその、
「どう」やるか
にコダワリが非常に強すぎて、
肝心のやれたかやれてないか、
そこに対する反省と評価がちゃんとなされてない気がします。
結果にこだわりすぎるのもアレですが、
プロセスばかり評価してても物事は進まない。
奇しくも北京五輪代表でアメリカ戦後、本田圭が
「サッカーで勝って試合に負けた」
と言ったでしょう。
それ聞いて「はぁ!?」と思わず喚いた人は多いと思います。
誰もサッカーで勝ってくれなんて言うてない。
すくなくともその試合は。
そんな言葉が五輪本戦終了後に出てくる、
そのメンタリティからして、
ちょっと考え直さねばならないのでは。
(まあ負けん気が出させた言葉だと思いますけども)

ちょっとコラム見ると、
セルジオ越後さん(ブラジル系)は
「小野OK」な論調、
湯浅健二さん(トータルフットボール系)は
ガン無視。
あまりに予想通りで噴きました。
しかしシンジは、言うてもあのメンバーの中では、
最も修羅場をくぐってきた選手で、
「勝負のツボ」を知ってます。
W杯に3度出てWYで準優勝してUEFAカップを獲り
2部のチームを昇格させた男ですよ。
最後にモノを言うのは、
テクニックとか総走行距離とかじゃなくて、
そういうところなんじゃないかなぁ。

岡田監督や選手個々について問題があるわけではなく、
もう一度シンプルに、
「勝つんだ!」「おー!」
みたいなところに立ち戻ればいいだけのような、
気もするんですけどね。
ちょっと迷走してますね。
またその、
上野さんがどんなピンチでも
淡々と投げ続ける姿を見ながら見てしまったので、
余計にそう思ったのかも知れない。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2008年08月22日

エアー・コンディショニングの極意

友人の一人は親父さんが英会話スクールの偉いさんでして、
ある年アメリカからホームステイの青年が来たそうです。
しかるに80年代の日本の建て売り木造モルタル2階建てなど
アメリカ人からすればシルバニアファミリー・ハウス、
もちろんクーラーなど贅沢品ですから
あったとしても居間か応接間に一台、
そんな時代です。
昼寝中あまりに寝苦しかったのか青年は寝言を。

「……エア〜〜〜・コンディショナ〜〜〜……」

はいクーラーというのは和製英語だと、
そういうオチでした。

極意というほどたいそうなものではないのですが。
エアコンの温度調節とオーディオのボリュームほど
不思議なものはなく、
「28度だと暑いが27度だと寒い!」
あれどうしてでしょうね(笑)
じゃきっと27.5度があればいいのかというと、
27.5では暑く27じゃ寒いんですよ。
ああアキレウスと亀。
そんな時にながたが気づきました解決法は、
「部屋のドアをちょっと開ける」
これでございます。
空気が、ずいぶん、まろやかになります。
あれね、
エアコンの解決し切れてない課題は、
たぶん部屋の空気がですね、
層状になって、比重によって、
冷たい空気が下に熱い空気が上になるでしょう。
平均的じゃないんですね。
んでもって人間の温度センサーって、
臍下丹田にあるのか、
それとも総表面積に対する割合で決まっているのか、
まあそんな感じで、
ある一定以上のセンサーが
「冷たい(暑い)ですよ」
と返してくると、そう感じる。
だからこう、層状態の空気の中に居る、
カラダ各部から上がってくる情報が食い違う、
それだけでカラダには負担が重い。
ドア開けますと空気出て行きます。
温度変化が乱れます。
一定ではありませんが、変な層になってるよりは
よほど自然状態に近い。
……ってなお得意の脳内妄想理論をでっちあげてみたのですが、
まあそれはともかく、
純粋に空気の入れ替わりもあって、
ずいぶん気持ち良くなりますよ。
閉め切った部屋はやっぱり、
なんか二酸化炭素とか多くなってそうな気がしますもんねぇ。
閉め切った部屋のエアコンがどうも苦手な方にはオススメ。
動作音聞いてる限りでは、
そんなに負荷も上がってないような気がします。
もちろん、外に面した窓を全開にしたりすると別でしょうけども。
「流れ」というか、
「出入り」が重要ですよ。
なんでも。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月21日

Gmailみたいな保育園

マルク・オーフェルマルスが現役復帰ですよ奥さん。
オランダ2部ですけども。
えーっと10年前のアルイェン・ロッベンでござる。
98フランスでは故障に苦しみながらもオランダベスト4に貢献、
アルゼンチン戦など彼が投入された途端、
アルゼンチンほどの強豪がシステムを変更して
マンマーカーを貼り付けた、
そんな素晴らしいウインガーでした。
なんでもプロキャリアをスタートさせたチームだそうで。
ルイ・コスタも最後はベンフィカに帰って
お礼奉公のように活躍しましたし、
そういう話聞くといいな、と思います。

それで思い出したわけではないのですが、
特に幼少時教育に、
リタイアした熟年の方々を
投入することはできませんかね?(笑)
日当1000円ぐらいで。
もうそのお年でしたら、
功なり名を遂げ、
お金じゃなくて生き甲斐というか「張り」が欲しい、
という方もたくさんおられると思うんです。
もったいないですよね〜。
たぶん元・大工さんとか人気出ると思うなぁ。
子供達にとっては魔法使いですよ。
大学の講座みたいに、園児達は、
自分の好きなおじい・おばあの講義を受けるわけです。
浪曲とか園芸とか編み物とか煮物とか書道とか、
暇かかる芸があるじゃないですか。
ああいうのを。
なんていうかね、Gmailみたいな保育園。
月謝3000円、
ただし、ベストエフォートというか、
「そういうもん」ですよと。
その代わり例えば嫌な話ですが
傷害保険とか自分で掛けてくれと。
プロ保母・保父はちょっとだけしかいなくて、
あとはなんというかそういうの目指す若いのとか、
それこそ地元の中学生ぐらいとか……
小学校までは、
プロフェッショナルな「教育」よりも、
そういう人間関係というか、
「動物の群れでどうやって生きていくのか」
ってことを、
身体で学んでもらう方がいいと思ったりします。
そこでもしなにか、
プラスでもマイナスでも突出したものが現れたら、
それに対応した方向へ進めてあげる。
それを言い出すともうちょっと上までそういう感じで
いかんとダメですかね。

ま、そういうやり方がいいかどうかは別にして、
幼少時に預かってもらうだけで
べらぼうなコストが掛かるという現状は、
これだけでもなんとかできんもんですかいな。
保育園・幼稚園に関しては公的コストファクターを
すべてゼロにすることぐらいはできませんか。
税金・電気ガス水道燃料・通信。
誰一人反対しないことだと思うんですけども。
バックミンスター・フラー先生じゃないけど、
ほんのちょっと、右に余ってるものを左に持ってくれば
いいだけのような気がするんですけども……
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月20日

本「胎児の世界」 三木成夫



最近の大人は自信を無くしているからか、
赤塚不二夫先生風に言えば
「これでいいのだ」
と自らの世界の観方そして物の考え方を
語ってくれる人が減りました。
僕も「大人は」とか他人事みたいに言える歳ではないのですが、
まあそれはともかく。
そんな中、この本を読むと目が拓かされる思いです。
今私達が必要としているのは、
どれがいいかとか正しいかという議論ではなくて、
「これがいいんだよ」と教えてくれる人、
そしてその姿勢ではないか。

胎児の発生を丁寧に観ていくことで、
地球の生命の歴史に思いを馳せる、
具体的にはそういう本ですが、
さすがに昭和58年初版、「知識としては」
文字通り日進月歩のこのジャンルにおいては、
おそらく今では高校生の副読本程度の
濃さかもしれません。
しかし、その事例を挙げる三木先生のまなざしの
真剣さと謙虚さ、
これこそが味わい深い。
学問とは人生とはそして生命とは。
君はどう思う?
と問いかけられているように感じます。
自分の中に、今までとは「違う自分」が惹起する、
湧き起こってくる本、
これを良書と呼ぶのでしょう。

少なくとも
人間の生活史と伊勢神宮の式年遷宮を結びつけることを、
バカバカしいと切って捨てる時代は終わった。
そこになにかがある。
それがなにかはまるでわからないが、
ボンヤリとした未明のなにかが。
それは本来、誰にでも感じられることなのですが、
でも「ほら、あそこになにかあるよ」と
言ってくれる先達が居るという心強さは、
何物にも代え難い。

人はそれぞれに、体内に、
自分でも説明のつけられない
未明の「なにか」を抱えて生きています。
そうまさに胎児のように。
普段我々は、
そういうワケノワカラナイモノを畏れるあまり、
できるだけ見ないように意識しないように、
逃げまた蓋をして抑圧するのですが、
でもそれはそこにある。
この矛盾こそが現代の病の根本、
言い換えれば現代文明の原罪ではないでしょうか。
いくら偉そうに大脳で作ったモノとコトをまき散らしてみても、
その中には魚がカエルがトカゲが鳥が、
あるいは植物がアメーバが居る。
そして彼らは彼らの主張をもって、
彼らのスタイルでこの世界に存在したがる。
この矛盾。
そんな折、笑顔の三木先生が
「それは、あるんだよ」
と言ってくださると、
それだけで穏やかな心と身体になれます。
ああ、あってもいいんだ、と。

名著です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年08月19日

「フリクションボール」パイロット

はい「家電Watch」watcherのながたです。
本日の逸品はパイロットの誇る
「消えるボールペン」その名も
「フリクションボール」。
http://kaden.watch.impress.co.jp/cda/column/2008/06/30/2520.html
買って使ってみました。
あのね、実用上は、
微妙。
いや、使ってみてわかるんですけど、
(水性ゲル)ボールペンを使いたい時って、
「消えてもらっては困る」時であり、
逆に消えてもらいたい時は、
最初から鉛筆使いますよねぇ……
そう、
ボールペン的な「黒々した字」が欲しいけど、
消えても欲しい、
なんてシチュエーションが、
実はほとんど無いんです……
それでかつインクの特性からかこの製品は
他の水性ゲルタイプと比べて若干色が薄く、
若干物足りない。
ま、これだけ使ってれば気にならない程度ですけどね。
うーん。
用途考えてみよう。
なんだろうなぁ……公的な書面には使えないし……
あ、年賀状の宛名書きなんかいいかもしれませんね。
さすがに相手のお名前は書き損じると
かなり失礼っぽいので没にしたりしますもんね。
それを回避できます。
エコエコ。
って、まあ、最近はみなさん宛名は
パソコンで印刷かもしれませんが……
あと子供。
「オレのボールペン消えんねんぞー!!」
「うわスゲー!!」
秘密メモにピッタリです。
あああの頃に戻りたい。
でも。
まあ、「今までのでいいじゃん」なんて言ってたら、
技術なんて進歩しないものです。
ボールペンでも消えて欲しい。
それでいいではないですか。
実際に使ってみますと、
「消えるはずがない」と思い込んでいる
ボールペンの字が、キレイサッパリ消えるのは
(これは掛け値無し、鉛筆を消しゴムで消したようにキレイに消えます)
結構ショッキングです。
常識を揺さぶられる。
技術の進歩によって、昨日までの「あたりまえ」が
一瞬にして崩壊する。
くらくらします。
こんな快感が、わずか210円で手に入れられると考えれば、
こんな安上がりな脳のレクリエーションはありません(笑)
まあ一本買ってみて使ってみてください。
「うわっ」と思います。
そんな経験は、なかなかできませんぞ。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月18日

コミケ74 御礼


遊びに来てくださいました皆々様、
まことにありがとうございます。
いつもすみません。
今回は天候が曇り時々小雨で涼しく、
おかげで気力も体力も十分持って、
楽しかったです。
暑くないだけでこんなに違うもんかと。
旧交もずいぶん温まりました。
冬にはぜひ「ミラクルズ!」の新刊を……(こればっかり
その前に当てろオレのミラクル・ラック。

今回の教訓:
朝のバナナは腹持ちがいい。

行くまでは準備がいろいろ大変なのですが、
行ってしまえば楽しくて、
終わるとまた行こうと思います。

今回嬉しかったことといえば、
新刊の表紙やスケブ描いてるところを見て
「可愛いですね〜」と声を掛けてくださったり
したことがあったりなかったりしたことかな。
あの場はなんといっても可愛い絵ばかりが
無尽蔵にある場ですから、
そこでそう言っていただくととても嬉しいです。
新刊もジャケットで「おっ」と手にとって
中開けると字ばっかり並んでてスッと戻す、
そんなパターンを目指したい。
みんなもっと字読まなあかんよ字。
人気ブログとか結構楽しいでしょ?
おんなじですよ、おんなじ。
「文章は歯ごたえのありすぎるもの」
という既成概念をぶち壊していかねばなりませんな!
「そこがいいんじゃないか」
という文章マニアだけのものにしていてはダメだ!
老若男女どなたにもわかりやすく。
よし。
次は全ページ挿絵付きで……

次も(受かれば)
楽しいものを用意して行きたいで〜す。
どうもありがとうございました。

---

しかし東京は半年ごとに行くたびに
魔界都市みたいに成長してますな。
ちょっと怖いです。
品川の再開発のスピードと規模にも恐怖を覚えましたが、
豊洲?でしたっけ、あそことかなんか
わけわからんことになってますよ。
大阪の阿倍野とかもうバブル期からずーーーっと
再開発してますけど、
ようやっとなんとなく更地にできたかなできてないかな、
という感じです。
だから最初に建ったベルタとかもうヨレヨレなのね。
古びて。
再開発になっとらんやん、という……
いや、でも、たまに行くと、
人間って凄いなぁ、と思えます。
だって新横浜の駅にさ、
フレッシュジュースのスタンドあって、
見回しても見回しても自販機ないから
ま、たまにはフレッシュジュースも良かろうと
値段見れば小550円とかわけわからん値段なの。
ここはドバイ?
アベ近下の伝統のスタンドは150円ですよ。
年々首都圏の外国化が進んでおり、
いや本気でちょっとなんとかしないと、
「日本人」という概念が成立しなくなり、
国の政策とか、
都市の人にも地方の人にも、
誰にとっても不満のあるものに
なってしまうと思います。
国政機関だけでも静岡とか茨城とかの
静かなところへ持っていって、
人々が間近にいるところでやった方がいいんじゃないかなぁ。
もちろん天皇陛下は京都にお戻りいただいてね。
人間の力なんて本来とてもちっぽけなもので、
文明という下駄を履いて、
東京大阪を2時間ちょいで移動してみたり、
べらぼうに美味い世界の珍味アレコレを6000円でいただいたり、
NYからのメールをホテルのロビーでiPodで受けたりできるわけですが、
それは下駄であって、
自分の力ではない、
という意識は、忘れない方がいいと思うんです。
誰でも履けるものですから、
個性もへちゃらもありませんしね。
もちろん、履ける下駄は履き倒していいと思うんですけど。
てなことを、
店員さんにもお客さんにも外人さんが居まくる
品川のアンミラで思いました。
posted by ながたさん at 10:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月17日

息子の一声

友人がクルマを買い換えると言いまして、
「息子の鶴の一声で○○にね」
と曰ったのでそのクルマは止めろと怒鳴り散らしました。
いや、幸せに嫉妬したのではなく、
僕にはトラウマがあるのです。

僕が物心つくかつかないかの頃、
6歳かな7歳かな、
我が家カーを買い換える話になりまして、
車種はスプリンターで決まったのですが
(カローラの兄弟車です……って説明が必要な時代なのね!!)
問題はボディタイプ。当時は
2ドアハードトップ、
3ドアハッチバック、
4ドアセダン、
5ドアリフトバック
と多様なボディタイプが用意されていたんです。
というよりも、
今なら各タイプ独立して開発するところを、
一つのベースからいろいろ作っていた時代ですね。
というよりも、
今も結局やってることは同じなのですが、
ファミリーの1タイプという売り方を止め
顔を変え名前を変えてあたかも別物のように売ってるだけですが。
で、
私ほんと三つ子の魂、その当時から今に至るまで
2ドアクーペスタイルの
流れるようなボディデザインが大好きでして、
その頃の心のヒーローは2代目マツダ・コスモ。
当然、強く推したのは2ドアハードトップでした。
当時は自動車を買うというのは大事でしたから、
うちの応接間にセールスマンさんが来ましてね〜。
煌びやかなカタログを見ながらああでもないこうでもないと
大人の話に首を突っ込んでた記憶があります。
親父も30代前半、今の僕より若く(笑)
そもそも僕に負けないぐらいのクルマ好きでしたから、
その気になったんでしょうね、
よし、ということで
純白の2ドアハードトップになりました。

これが大失敗。

幼子2人と母、それにもう曾祖父は健康を害してましたが
元気な祖母がいて、5人を運ぶには
2ドアハードトップはあまりにも不便。
乗り込みのたびにシートを倒し、
リアウィンドウが頭上に迫る狭苦しい後席、
もちろんデザインのために背が低く
前席も同じように狭苦しく、
もう最初のドライブから母祖母から絶不評。
僕も内心「しまった……」と思ったのですが、
自分が薦めたものですから
キキとして後席に乗り込むフリをしてました。
ヤな子供です。
しかし親父偉かったのは、
それで僕を責めることや
僕に責任を押しつけることは全くなく、
淡々としていました。
考えてみれば彼は最後に乗ったクルマが
190Eというのでもわかるとおりの
生粋の箱形4ドアセダン好きでして、
相当僕の意見を尊重してくれてたみたいです。
事実次はタウンエース(ワンボックス)にするという
極端な転向を果たしました。

それは家族全員のトラウマになりまして、
親父が生きてる時から、
クルマの話になるたびに、
「あのクルマは乗りにくかった!」
大学生になった僕が3ドアのインテグラを買った時も
母は露骨に顔をしかめ眉間に皺を寄せて
「またこんな乗りにくいクルマを!!」
そのたびに責められるのは、
いやまあ、責めちゃいないんですけど、
戦犯扱いされるのは、
あ、責めてるのか、
最終決定をくだした父でして、
それを聞くたびに僕は、
「おやじ、すまん」
と強く思い、今も思ってます。
本人はへらへら笑ってるだけでしたけども。

だもので、「息子が言ったから」で買って、
もし失敗しますと、
息子に一生消えないトラウマが残ります(笑)
父母にそんな気はなくとも、
「家族に巨大な迷惑を掛けた……」
という思いが、どうしても抜けきれません。
親父を悪者にしてしまった、という思いとね。

まあ、ちょっと大げさに言ってますけども。
友よ、言わんでもええこと言うて、すまん。

こう描くと父がえらい善人に見えますが、
懲りたのかこれ以降死ぬまで、
ただの1秒たりとて
相変わらずクルマ大好きの僕に、
買い換えの相談や意見聴取をしてくれたことはありません(笑)
母と娘が縮小コピー以外の何物でもないのと違い、
父と息子というのは
良き友人にして良きライバルです。

余談ですが、
今はほぼ絶滅しましたが、
当時はまだ2ドア箱形車というジャンルがありまして、
クルマの外寸自体がちいさかったこともあって、
むしろ小さいクルマに無理矢理小さなドアを
4枚つける方が合理的でない、
という考え方もありました。
そんな時代のお話です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月16日

怒鳴ってる暇なんか無い。

北京五輪、男子体操を観てまして、
あ、これは世界的にそういう流れなのかな、
と思いましたのが、
アメリカ2位日本3位1.7点差で最終種目、
種目違うので順当に行けば日本逆転だが
アメリカも十分銀が狙える、
そんな状況でアメリカのあん馬の一人目がミス!
痛恨。
と、思いきや、
チームみんなが温かく迎え、
本人もちいさくガッツポーズをして、
まるでよい演技だったかのように振る舞ったのです。

あれはですね。
演技物では、比較的最近主流なんです。
特に集団の場合。
ああいうものって、
ちょっとでもミスったら
監督みたいなのが怒鳴り散らす、
そんなイメージがございますでしょう?
映画撮影とかでもね。舞台のリハとかね。
でも、
そんなことしてもなんにもなんないんですよね。
当人が再チャレンジするにせよ、
次のプレイヤーがやるにせよ、
怒鳴り散らして落ち込んで雰囲気を固くして、
いい要素なんかひとつもない。
だから腹の中では
「あぁあぁあ失敗!」
と自他と共に思っても、
無理にでも歓声をあげガッツポーズをし、
切り替えるんです。
自分と周囲の雰囲気を。
そして次を、もっとよくする。
だから昨今では、リテイク取る時など
監督やディレクターがたとえば
「今の素晴らしかったんですけども、
 もう少しゆっくり目のも比べてみたいと思いますんで、
 もう一回いただけますか」
こんな感じですよ。
ベテランDが新人を相手にしても、そう。
それが、オリンピックという極限の現場でも、
しかもアメリカ、地球最強の合理の国、
で同じことが行われているのを観て、
ああやっぱり、
人間というのはそうでないと身体が動かないものなのかな、
と思いました。
日本チームも、
明らかな失敗をした選手も、
そう落ち込まず嘆かず、ちょっと苦笑いするぐらいで、
迎えるスタンバイの選手達も、
そう大げさに慰めたりもちろんなじったり、はせず、
淡々と次へ向かっていってたのが、
印象的でした。
僕はあの、マゾヒスティックないわゆる体育会系ノリが
あまり好きではないですので、
非常に好ましい風景に見えました。

怒鳴っても泣いても、現実は変わりませんからねぇ。
それだったら、現実を変える力になる
なにかを、志向した方がいいです。
個人でももちろんたぶん同じ。
ミスや不運について
自分を叱ったり内省ばかりしていては、
先へ進めません。
苦笑いの一つでもして
「いやでも、ようがんばった!!
 次はオレにまかせろ!」
と別の自分にハイタッチしてもらうぐらいで、
ちょうどいいと思います。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年08月15日

本「夕凪の街 桜の国」こうの史代




たまに、
「100点をあげざるを得ない」
という、言い方は悪いですが「ズルい」作品が出現します。
これがそれ。
題材の重さと作者の真摯なしかし
余分な力を入れない自然な姿勢が重なってたまたま生まれた、
奇跡的作品と言えるでしょう。
細かいことは申しません、
これ読まずに生きていくのは損です。

チェ・ゲバラが広島に来た時、原爆資料館を見学し
「こんなことをされておいて
 なぜ日本人は怒らないのだ」
と言った話は有名ですが、
罪を憎んで人を憎まず、
日本人は日本人で他人様の国多数に
土足で乗り込んでドンパチやらかしており、
非道と言えばあまりに非道。
とにかくその、
人間はこういうことをやりうるんだ、
ということと、
しかしそれをそれぞれの形で乗り越えていくこともできるんだ、
ということを、
忘れないように。
それを実感として肌で知っている、
生きた言葉で話ができる世代が減ってます。
その実感を伝えてくれる、貴重な作品です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(2) | TrackBack(0) |

2008年08月14日

本「747 ジャンボをつくった男」 ジョー・サッター



「くは〜、これぞ男の子の理想の一生やなぁ!」
と読みながら思てましたら、
それそのまま解説に書いてあった(笑)
ま、そういう本でございます。
ジャンボの技術リーダーだった人の、自伝兼の開発物語。
だけどもこういう書物にありがちな自慢臭は無い……
というよりも、
アメリカ人らしい良いことも悪いことも
「事実は事実だろう!」と書いてるところが、
カラッとしてていいんです。
映画観てるみたいでね。
いちいちシャクに障るぐらいカッコイイんだよね、
物言いがね。
”これが勝利のボーイング方式だ”
「勝利の」は要らんねん(笑)
”747の姿を見ると、私はどうしても
 科学技術の粋を集めた動く彫像に思えてしまう。
 身も心も打ち込んでそれを考案・製造した男女に
 授与される有翼のトロフィーだ”
ヤラシイねぇ。
そして707の原型機(ダッシュ80)がお目見えした時には、
ダグラスDC-7Cを
”歴代最強の飛行機である”
ロッキード・スターライナーを
”斬新な翼を備えた究極のコンステレーションだった”
と持ち上げておいて、
”だがそんな性能も所詮、ダッシュ80を前にしては石器時代の代物でしかなかった”
もうね、いいたい放題(笑)
しかし「万年青年」って感じのヤンキー魂は、
(これ書いたの80過ぎですよ?)
嫌味では無くてむしろ微笑ましいです。

ボーイングのラインはまるでゲーム屋で、
3-4ラインが同時に走りながら、
その時の情勢によって優先順位が変わるそうです。
ジョーが747を任された時に最も優先順位が高く、
脚光を浴びていたプロジェクトはSST、
コンコルドやTu-144のような超音速旅客機、
だったそうで、
エース格の技術者は全部ここへ突っ込まれてたと。
そこにベストセラー中型機727の開発、
現在も売れまくり使われまくっている小型機737の開発、
さらにはサターンVロケットの1段目、
など重要プロジェクト目白押しで、
747などSSTまでのつなぎ、
まあSSTができればでかいから貨物用に転用できるよね、
という、いわば優先順位最下位。
しかし、
人生なにが幸か不幸かほんとわからんもんでして、
そういうひっそりプロジェクトだからこそ、
40代のジョーが思う存分腕を振るえたわけですな。
もちろんだからといって
素直に事が運んだわけではなく、
当時絶大な発言力を誇るパンナムの首脳陣・技術者とのバトル、
言うこと聞かないエンジン屋P&W、
社内での権力闘争、チーム内での不和、
リストラを求める経営陣との対立、
ええまさに「プロジェクトX」がお好きな人なら
たまらない一冊です。

僕が一番感心しましたのは、
「2階建て」にこだわるパンナム首脳陣に、
実物モックアップを作って
「1階建てワイドボディ」をプレゼンするところ。
2階建ては狭く壁が湾曲して迫り
(500系新幹線を思い起こされよ)
タラップが目も眩むばかりに高く、
それに比して
「まるで建物の中のような」
広々とした1階建てワイドが、
一発で認めてもらえた。
人間そんなもんでしてねー。
ごちゃごちゃ言うより
実物や動くもんやプロトタイプ見せた方が早い。
田中角栄元首相が道路の幅決める時に
「クルマとバイクと人を置け!」
と言ったと言わないとか早坂茂三さんの本で読んだ
記憶があるのですが、
モノ作りは最後は「現物」ですよ。
あるいは、
軽量化のためにね、
4系統ある照明システムのうち1系統を断念してもらうんです。
内装担当のインダストリアルデザイナーに。
泣くんですよ。
大の男がビヨビヨ泣いて、ヤだ、と。
しかしこれぞ魂ですな。
泣いてでも取り付けたいものでなければ、
取り付ける意味なんか無いのです。
その話は結局、エンジンのパワーが稼げたので
最終的には復活できて、
ハッピーエンドなんですけども。

読もうと思ったキッカケはエンジニアの友人が
「ジャンボ作った人の本読んでるねんけどオモロイで」
と教えてくれたから、なんですが、
(でもこれじゃないかな?>M澤先輩)
いやもう、
モノ作りというのは、
やっぱり血湧き肉躍るものです。
ジョーでなくても、
工場でリベットを打ってたラインのおっちゃんも、
商談に来た航空会社の偉いさんにお茶を出した
受付のおねえちゃんも、
世界の空で747を見るたびに、
「あれは私の飛行機だ」
と思える。
こんな幸せな仕事がありますでしょうか。
誇りは金では買えません。
もちろん金でも売れません。
日常にくさくさしたら、
その仕事が誰を笑顔にしているのか、
思い起こしてみるのがよいでしょう。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(2) | TrackBack(0) |

2008年08月13日

本「原初生命体としての人間」 野口三千三



これは大変な思想書ですぞ〜。
「野口体操」の始祖、野口三千三先生の著書です。
巷にさぶろうあやしげな健康ゴロではござんせんよ、
東京芸大教授、あとがきを養老孟司が引き受ける巨人です。
いやほんと、おもしろい(笑)
「人間は体液の詰まった革袋である」
ってな、ものの本質へオリジナルの視線で切り込んでいく
考え方そのものも大変ユニークで刺激的なのですが、
実際に挙げられている体操の姿、
これを試してみれば野口先生の言わんとすることが
なんとなく「わかる」気がしてくるのがこれ不思議。
たとえば、腕立て伏せ。
小学生の時に習ったように、胸の下にハの字に手をつき、
身体はまっすぐを保ったまま腕の力だけで上下……
「そんなものがなんになるんだ」
言ってやってください先生!!!!
腕立てだったら、むしろ身体の横に自然に
指先が開くように手をついて、
足から脛、膝、股、腹、胸そして顔と、
なめらかにゆっくり地球(!)つけていって、
最後に休む。
挙げる時はこの逆順で挙げていって、
最後はお尻が上がっても構わない。
これが自然で楽で合理的な動きだろう、と。
も、まったくおっしゃるとおりです。
ムチのようなしなやかなこの動きですと、
いくらでも、というのは言い過ぎですが、
普通の腕立ての何倍もの回数できますな。
その方が、全身運動になるやないですか。
しかも楽しく。
仕事もしくは趣味で
上腕二頭筋「だけ」をスペシャルに鍛えねばならない人の割合は
たぶん全人類の1%にも満たないはずで、
それ以外の全員にとっては、
腕立てはこっちの方が、いい。
一事が万事こんな調子で、
やってみると思わず噴き出す
おもしろ豊かな動きが多々記されており、
(「胎児の動き」などホントに気持ちいい〜)
自分の身体に眠っている可能性と、
今までどれほど無意味な緊縛に囚われていたのか、
それを思い知ります。
それは本書を離れて自分自身で
自分のカラダ、そしてココロも含めた自分、
それをとりまく環境(社会、人間)に対して、
新しい目を拓かれる、
という経験でもあります。
上述の腕立てを一度やってみますれば、
「……学校の体育でやるんならこっちの方がよくね?」
と思ってしまう。
じゃあ、今のは、なんだ、と。
理屈に異論反論があろうとも、
これが「違う切り口である」という点は
万人が認めるはず。
なかなか、そういう視点は、持てるものではありません。
ほおっておけばどんどん、
他人が作った既成概念に固められていく
心身の「凝り」をほぐすには、
そうそれこそがまさに「体操」なのですが、
ぴったりの書物です。
「生卵との対話」
とか章タイトル聞いただけでワクワクするでしょ?
「私は、私の中からすんなり素直に
 新しく生まれでたものに対して、
 ほほえましく可愛らしく思い、
 温かい愛情を感ずるのだが」
これウンコのことね。
そんな野口先生に、
一度心身をシェイクしていただくのは、
いかがでございましょう。
何度でも読み返し書かれてることを試してみたい、書物です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) |