2008年11月30日

本「動物の言い分 人間の言い分」 日高敏隆



日高先生の御本が面白かったので、つい手に。
先日のよりもさらに動物エッセイという感じで、
気軽に読めます。
英語では「カエル」と「ガマ」が違うのはごぞんじでした?
frogとtoad。
だから「FinalFantasy」シリーズに出てくるのはあれ
カエルじゃなくてガマ(ヒキガエル)なんです。
生物学的に言うと胸骨が硬骨か軟骨かで区別されるそうです。
蜂でもBeeとWaspがあって、
日本語では便宜的にミツバチとスズメバチと訳しますが
微妙に概念がズレてるらしく、
ハナバチと狩りバチと訳してもまだズレてるそうです。
もっと言うとMonkey(真猿類)とApe(霊長類)を区別する言葉が日本にはなく、
全部「サル」。
だから先生「The naked ape」(人間のことですな)という本を訳す時に
「裸のサル」
と訳すしかなかったわけですが、
微妙〜に印象がズレちゃうわけです。
サルと聞くとニホンザルを始めとする
モンキー達を思い浮かべてしまいますからね。
「日本では○○を表す時にこんなにたくさん区別する、
 だから日本語日本人繊細でステキ!」
みたいな酔っぱらい話がよくありますが、
注意して区別している対象が違うだけの話です。
RabbitとHare、MouseとRatなど、他にもいろいろ。
ま、そのような知ってるとちょっと楽しい話がてんこ盛り。

お宅のネコに一匹、
ドアノブに手を掛けて「開けてくれ」と合図するのが
いるそうですが、
ウチのミル吉はレバー式の引き戸を開けてしまいます。
立ち上がって水平のレバーを下に下げて、
そのまま身体を巧く捻って引きのモーメントを発生し、
開けてしまう。
僕の寝てる部屋がそれでして、
だから冬は寒くてしょうがないのです。
それはいいのですが、
問題はコイツはどうしてそんな技を身につけたか。
まさか人間のやってることを見て覚えたわけではありますまい。
結局はトライ&エラーだと思うのですが、
それにしたって
ネコは「とびら」を認識できるらしく、
扉状のものを前にするとそれがピッタリ閉まっていても、
「こいつは開閉するはずだ」
という顔をしてますな。
あれ不思議ですよね。
そして場合によっては身体を伸ばしたり
爪でカリカリやったりして、
開けてしまう。ドアでもふすまでも。
いくら狭いところが好きって言っても、
扉を開けた先が狭いとも限らないと思うのですが、
「そこにドアがあるから」
開けたくなるんでしょうなぁ。
しかし自然界にそんなものがあるはずはなく、
あれはどこから来た習性なのでしょう。
ネコをたくさん扉のついた部屋に閉じ込めて、
扉を開ける動きで発電すると、
豆球ぐらいはたまに点けることができるかもしれません。
ネコ発電。

さすがワールドクラスの研究者だな、と思ったエピソードが、
アンカレッジの空港には
待合ロビーに巨大なクマの剥製があるそうですが、
「後ろへ回って見てみるととても可愛いしっぽが」
このね、「後ろへ回ってみる」っていうのが研究者魂ですね。
普通はそんなもの「わーデケー」って驚いて終わりですよ。
知的好奇心はいろんなところで効いてくる、
実に強力なエンジンです。

余談ですが、
先の御本でも思いましたが、
映像ではない、文章だからこそ伝わる(伝えやすい)面白さ、
というのは確かにあって、
動物系のTV番組を観て楽しむのとは、
また違った面白さがあります。
このテーマに限ったわけではありませんが、
想像するが故の楽しみというか。
受け手の時間的にも余裕がありますしね。
もちろん百万言よりも一枚の絵の方が雄弁なことも、多いですが。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年11月29日

本「仕事道楽」 鈴木敏夫



ジブリの名物プロデューサー、
鈴木敏夫さんの語りです。
この本を岩波の井上一夫さんが出そうと思った
理由というのがふるってて、
「普通の人には宮崎さんの真似はできないけど、
 鈴木さんの真似事ならできる」
そうですよ、
だからNHK「プロフェッショナル」の鈴木さんの回は
宮崎さんの回に負けず劣らず面白かったのです。

読んでて思いましたのは
考えてらっしゃることが常にシンプルで現実的で、
本質的ですな。
難しい戦略や「コンセプト」「ビジョン」的な話は、
じぇんじぇん出てこないですよ。
わかりやすい。そしてうなずける。
とにかくいい作品を、いい映画を作るには
どうしたらええんやと。
そこから逆算して、全てを企んでいく。
先日ご紹介しましたジョブズ師匠の本でもそうでしたが、
つまり結局、
「これスゴイなあ!」
と思うようなものは、
その真摯な気持ち、
「ええもん作んで〜〜〜」
というところからしか生まれない。
ええもん作るために「作り方」や「やり方」があるわけで、
逆ではないのです。
この作り方をすれば、ええもんができる。
そんな魔法みたいなやり方は、ない。

わたしゃそれを3-4年掛かって思い知ったよ。
一生懸命「うまい」やり方探してさ、
こう、いくつか「こうすべき」みたいな箇条書きをしてさ、
でも結局、
最後はいつもいつもキーボードの前で悶えるのさ。
一回一回、作り直し。
新品新型新方式でござる。
それは、僕が未熟だからというだけではなくて、
つまりものづくりというものは、
本質的にそうなのです。
いまという環境にフィットしたなにごとかを、
無からカタチヅクル。
その行為そのものが、確固とした方法論など寄せ付けない、
ぐにゃぐにゃでぶにょぶにょとした、
魔物のようなコトなのです。
だから面白いんですけどね。
とてもとてもとても、疲れますけれども。

鈴木さんの字はすごく個性的でグラフィカル、
「ポニョ」の題字など
ジブリ関連の書籍その他でよく見かける
あのちょっと可愛くてオシャレな字がそうです。
この本にも多数載っており、これ見てますと
ああこの人は「アニメのプロデューサー」に
なるべくしてなった人だな、と思います。

余談ですが
画家と作風はイメージがフィットしますが、
字と書き手は一致しませんね。
声と声優さんとかもそうですけど、
抽象度が上がるとその分、自由になれるのかもしれません。

本田宗一郎に藤沢武夫、
井深大に盛田昭夫、
名コンビは多々ありますがやはり
宮崎駿に鈴木敏夫あり。
この出会いがなければ、
あの名作の数々が生まれていたかどうかわからず、
二人にとってというよりは、
誰にとっても幸福な出会いでしょう。
つくづく人の世は、縁やねぇ。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年11月28日

燃料電池車

「化石燃料の次はピュア電気自動車でしょ」
とわたくし普通に思っておりまして、
燃料電池車なんて打ち上げ花火だと思っていたのですが、
どうも風向きが変わってきました。
ホンダが特に熱心なんですが、
FCXクラリティ、
これをあなたアコードと言ってよ、
という格好良さです。
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20081125_38168.html
これもう走るだけならごく普通に走れて、
一般人を募集抽選した試乗会でも
音もなくカッ飛ぶその走りは未来そのもの、
と絶賛でした。
燃料電池車にもいろいろございますが、
これは「水素」をタンクにチャージして、
そこから「水の電気分解」の逆をやって、
水素と酸素(空気)から電気と水を取り出す。
つまり走行中、水しか出ませんから、
ピュア電気自動車にも負けずパーフェクト・クリーン。
まあ問題は水素のチャージですが、
ご存知の通り工業材料・資材として
水素そのものを売ったり買ったり運んだりするのは
現在でも行われているわけでして、
全国のガススタンドに水素タンクが設置されるのは
簡単ではないにせよ、
たとえばホンダのディーラーとか、
限られた場所を用意するだけなら技術的ハードルは低い。
なによりこの子のカッコよさ、
これにつきますな。
「欲しい!」
と思わせるところから、
すべての技術は普及が始まるのです。
メーカーのweb見ましても
http://www.honda.co.jp/FCX/concept/index.html
パッケージングに無理なところがなく、
航続距離も620km(10・15モード)と十分、
あとコストと実証実験で現れてくる様々な問題点を潰していけば、
ある日突然CMに現れて日本中をパニックに陥れた
ASIMOのように、
5年後ぐらいに突然市販されるかもしれません。

バッテリなんですね、要するに問題は。
バッテリ、というか「蓄電」システムがなかなか進歩しないので、
ケータイから原発まで、
みんな困ってるわけです。
モーターを電気で駆動すると、
クルマの可能性がバッと広がるぞ、
というところはみんなわかってるわけですが、
その電気をどう持ってくるか、
これが難しい。
現状最も普及しているリチウムイオン系では、
高価で体積が大きくて、とてもとても。
今もっとも市販に近いピュア電気自動車が
三菱のiMiEV(アイミーブ)だと思いますが、
これでも130kmぐらいの航続距離しかない。
(動力性能自体はガソリン車を上回るほどなのに)
溜めておけないならなにかで作るしかなく、
ハイブリッドはガソリンエンジンで発電して、
燃料電池は水素で発電する。
まだもう少し、ピュア電気自動車には時間が掛かりそうです。

水素を蓄電に使うアイデアは、
たとえば家庭で、屋根を太陽電池にして、
昼間作った電力を水素の形で保存して
(水を電気分解して)
夜使う時は逆をやって電気として取り出す、
クルマで使う時は水素のまま持ち出す、
そんなトータルのシステムへ発展していく可能性も持ってます。
そこまでやると、ノーCO2システムですからね。

ただ今現状での問題点は、水素そのものが
ガソリン/軽油に比してそんなに安くはないこと。
(高くもないらしいです)
いくら環境意識が高まっているからといっても、
ユーザーはそのへんシビアですからね〜。
やはり水素システムの肝は製造・貯蔵・運搬などの
インフラですな。

ただ技術というのはある日突然、
本命ではない技術がポッと現れていきなり
そっちへ流れてしまう、そんなことが起きえます。
世界中のTVが液晶になるなんて、
15年前には考えられなかったことですよいやホントに。
29型ブラウン管が「金出すから引き取ってくれ」
26型液晶のいいのが10万円で「お安くないわよ?」
そんなもんです。
ある日ふと気づくと、みんな水素で走ってるかもしれない。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | クルマ

2008年11月27日

里芋を

・耳鳴りはだいぶ治まりました。
やはり風邪の一種だったかな。
ボクもビビリですので一瞬
「このまま片耳聞こえないままだったらどうしよう」
と思ったのですが、
よく考えてみれば片方ならしょうがないか、
といいますか、
世には全然聞こえないのに
普通に生活したはる人もたんといて、
そんなたいしたことじゃねぇな、
と思えるぐらいには、
歳を取りました。
耳聞こえなくても字は書ける。

あたりまえのことをあたりまえにやる、
というのが最近ますます難しいなぁ、
と感じるようになりまして、
結構長く「ほえなが」の下に貼ってたキャッチを
「DoRevolution.」から
「里芋を煮っころがすがごとく」
に変えてみました。
革命なんて里芋をちゃんと煮ることに比べりゃ
アホみたいに簡単だ。
まず里芋を煮てから、
革命ですよ。
順番を間違えてはいかん。
物書きなんて基本は妄想世界の人間ですから、
すぐこの順番を間違えます。
自戒です。
耳が聞こえなくても、字は書ける。
そういうことです。

・「ほぼ日」で今アンケートやってて、
http://www.1101.com/life_iijima/enquete/index.html
なにが食いたいものですかと。
ちょっと真面目に答えていくと誘導されていきまして
ズバリあなたのベスト3は、
そしてその中でも金銀銅はと。
悩んだ挙げ句「サンドイッチ」になりました。
そこではじめて、
ああ俺はサンドイッチがそんなに好きなのかと(笑)
なんか困ったらいつもサンドイッチを食べてきた気がする。
おにぎりではなく。
思うに、
全部いっぺんに食べられるところがいいのです。
炭水化物に肉気に野菜、そして香辛料。
便利ですね〜。
といいつつサンドイッチであれば特段えり好みはなく、
なんでも好きです。
カツでもハムでもタマゴでも野菜でも。
あ、パンがフレンチトーストみたいなので挟んでるのは
あまり選ばない。

アンケートというものは答えてみると
知らない自分を発見することがありますね、
というお話でした。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月26日

本「スティーブ・ジョブズの流儀」 リーアンダー・ケイニー



どなたかだったか忘れたのですが
さほどお洒落にこだわりたくないけど
自分に似合う格好はしたい、そんな場合は
「アメリカ映画の好きなキャラを真似ればいい」
とおっしゃってまして、
な〜るほどと。
その人の魅力と個性を最大限引き出すように
プロ中のプロがついてますからな。
となればワタクシが真似たいのはもちろんこの人
名優・スティーブ・ジョブズ。
タートルネックにジーンズにスニーカー、
メガネそしてハゲ。
真似してるんですよ!
風呂場で抜いてるんですよ!

訳者三木氏が巻末に書いておられるように、
豊富な取材で事実を元にスティーブ(とアップル)の戦いが
描かれており、ヨイショ本でもヤッカミ本でもありません。
彼とアップルの最近の快進撃の秘訣が知りたければ、
いや、iPodや最近のMacを見て
「こんな美しいデザインはどうやって生まれるのだろう」
てな疑問をお持ちになれば
この本を開いてみるよろし。
あれらは決してジョナサン・アイブの天才性から
生まれるものではなく、
少数精鋭ながらもチーム一丸となった
ハードワークの賜物です。
こんな本読むといっつも思うんですけど、
またNHK「プロフェッショナル」とか見てると
いっつも思うんですけど、
能力高いヤツほどハードワークやっており、
たぶん仕事がおもしろくてしょうがないんですな。
そしてますます差が付いていく。
つまりそこまでは、
「ああこりゃおもしろい」
と思えるレベルに達するまでは、
這いつくばってでも到達しろ、
ってことです。
こんな本読んでると彼我の差に
「こんな世界俺にはムリだ……」
とか思っちゃいがちですが、
所詮誰しも人間です。
確かにMacBookAirは極めて美しい。
しかしボトムケースは歪む(笑)
凡夫が凡庸にデザインした3か月経つと忘れ去られる凡作でも、
なかなかボトムケースは歪まないよ(笑)
まあ、がんばってりゃそこそこのことはできますわ。
魔法はない。
あるのはただハードワーク。

ジョブズ一家はこないだ洗濯機買うのに
二週間毎日ミーティングしたんだって。
「どれが我々にとってベストか」
を洗濯いや選択するために。
お父さんにつきあってあげるご家族がエライと言うより、
あのお父さんにはそんな気にさせるなにかが
噴き出しているんでしょうな。
現実歪曲空間が。
存在そのものがおもしろい人間などというものは
そうザラにはおらず、
これからも健康であと20年ぐらいは、
僕らを楽しませて欲しいものです。
one more thing!

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年11月25日

もはやシステムの新しい古いは関係ない

もう永遠に「独り80年代」でええわ。
80年代気分に浸りたかったらながたさんとこ行けと。
その席なら一つぐらいあるやろう。
ええで80年代。
先日もカラオケで「NAINAI16」大ウケ。
これもう字面からしてバカですよね。
NAINAI16ですよ?
意味わからん。
作詞はもちろん森雪之丞先生。
「なんでこんなアホな詞なんですか」
と問われ
「だって井上さんから上がってきた曲が
 ♪てーてーてー てーてーててー
 こんなもんどうすりゃいいのよ」
と答えられたそうですが、
ま、「キン肉マンGoFight!」の方ですから、
素です。
それどころか後年
「ちゃー らー へっ ちゃらー」
とか得意技にしてるやん。
あれですほんとにね、
どんな出来事もバカにはできませんよ。
前にも言いましたが渡辺久信監督ね。
彼はリーグ優勝のかかった大事な試合の大事な場面、
神と化してたブライアントに対して救援登板、
そして優勝を決定づけられるホームランを放たれる。
エースとしてこれ以上ない屈辱ですよ。
しかし、
それがあったからこそ、
日本一監督になれたわけでね。
西本さんだって星野さんだって、
日本一にはなってないのよ?
なにがええように作用するかわからんよ、なにが。
もちろんええと思われたことが悪く作用することも多々ある。
海の向こうでもワールドチャンピオン・フィリーズは
田口壮選手がblogに書いてたのですが
最初彼が「こんなもん野球やない」と思った
古色蒼然と言うか懐かしいスタイルで、
スタメンは9人で、得点はホームランで。
とにかく思い切りやってこいと。
今年の西武にも似てますな。
監督はもちろん、
初代赤鬼・マニエルですよ。
結局ですね、
スモールボールビッグボール、
やり方はいろいろあるんだけど、
どのやり方でもいいから一生懸命やりなさいと。
やり方論議をしてる暇があったら。
さらにはあれですよ、
キング・オットーといえば
さほど強国でもないギリシャをユーロ優勝に導いた名将、
あるいはブンデスでもカイザースラウテルンを昇格即優勝、
などという奇跡を起こした監督です彼の練習スタイルは、
「20年前か」
というような古くっさいもんらしいですよ。
そもそもギリシャのスタイルからして
マンマーカーにスイーパーというそれこそ70年代の亡霊のようなスタイル。
それがあなた華麗な最新スタイルの
フランス、チェコ、ポルトガルを次々に沈めたわけで。
そうもうそのころ、
70年代後半ぐらいに
人間生活人間組織っていうのはだいたい完成されてて、
あとはそのチューニングというか
技術進んだから効率は上がってるけど、
やってることはだいたい同じというか。
ウォークマンがiPodになりVHSがHDDレコーダになりましたけど、
やってることはだいたい同じ。
「身体性」という面では同じなんです。
なにが変わったかと言えば
情報面、脳の面ですね。
これはインターネットの出現でガラッと変わった。
世界中の情報を瞬時に手に入れて脳の中で構成するということは。
しかしカラダは、
そんなもんなんです。
パワーヒッターが力一杯バット振り回してホームラン。
マンマーカーが相手の創造性を叩き潰して泥臭く勝つ。
もうあとは70年代80年代を交代交代でやってくしか
ないんじゃないですかね(笑)
アリゴ・サッキ? プレッシングサッカー?
あの人だって結果出したのは
バッジョ・バッジョ・ロベルト・バッジョじゃん。
システムだ組織だ労働だどうだこうだ言いまくって、
最後はたった独りの天才の足に全面依存ですよ。
結局ですね、
これいつかまとめて書こうかと思うんですが、
やり方は、Aの極端からZの極端まで、
2つの間にさまざまなバランスでいろいろあって、
どれでもいいんですどれでも。
ただそれを、ハードワークでこなす、
と。
システムは古臭くていいんです。
がんばりましょう。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月24日

新型アクセラ・セダン

土曜日に定例会があったのですが、
その昼起きるとなんか耳がおかしい。
特に右だと思うのですが
チューニング周波数がズレちゃったような感じで、
低いエアコンの唸り音みたいなのが強調されて
耳に飛び込み、ぐわんぐわん反響してます。
耳鳴りともちょっと違うような?
人と話してる時は
意識が人の声に集中するからか消えるんですけども。
耳なのか脳なのか(笑)
風邪の症状の一種かなぁ。
他にはなにも出てないのですが。

ということでクルマ続きで申し訳ないですが
新型アクセラですよ!
http://car.watch.impress.co.jp/docs/event_repo/2008la/20081120_38148.html
アクセラは前身のファミリア時代から
3or5ドア・ハッチバック車と4ドアセダンの作り分けの巧いクルマでして、
今回もセダンカッコイイですなー!
最近の流麗方向の風潮に背を向けた
思い切りハイデッキがステキ。
5ドア車でデザインのバランスを取ると
4ドアセダン作った時に「トランクを背負わされた」感が強くなってしまい、
(例:歴代ゴルフとそのセダンバージョン(ジェッタ・ヴェント・ボーラ)まあこれはもう伝統なので「この無理矢理な感じこそが欧州の合理性!」という熱烈な「ゴルフ・セダン」ファンも居る)
逆にセダンに色気出し過ぎると肝心の3/5ドア車が
頭でっかちな感じになってしまいます。
(例:カルタス・クレセント。明らかにセダンとそのステーションワゴンでバランスが取られているにもかかわらずなにを思ったか3ドアバージョンが存在しており、クルマ後半が食いちぎられてるようなかなりビックリするプロポーションです)
ガラを張り替えればいい話ではなくて、
中の骨格とかパッケージングも影響してくるので、
なかなか難しい。
デザインチームの腕の見せ所です。
アクセラ(ファミリア)は7代目(アスティナのあった代)
あたりがいいかんじでしたな。
3/4/5ドアどれもいいバランス。
あれのセダンはプチ190Eという感じでとてもカッコ良かった。

今回のトピックは久しぶりの「欧州感」溢れる
ハイデッキデザインというのもありますが、
2.5の直4、
これに注目したい。
もうね、欧州勢が1.4とかにターボとかなんとかかんとか
トランスミッションもなんだ、デュアルクラッチがどうとかこうとか
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょしてる
このご時世にズバンと大排気量4気筒、
それに6MTでござるよ。
やっぱクルマはこうでなくちゃ(笑)
結局その、
エンジンでもミッションでもブラックボックス化して
とにかく要求された力が要求した時に出る、
その方向へ極端に向かうか、
エンジンやミッションを保守的というか
コンベンショナルにして、
あなたが操っている機械ですよ、
という方向へ向かうか、
どっちかですな。
マツダはなんといってもZoom-Zoomですから、
「走る楽しさ」=操る楽しさ、
の方向で行こうと。
それはそれで見識だと思います。
バイクの世界がそれに近くて、
中間車種が非常に弱含みで、
大排気量車やオフローダーみたいな趣味性の高いものか、
スクーター。
もうアクセラのサイズでも趣味性を訴求していかないと
これからの時代はムリだ、
というのがマツダの判断ですね。
クラス考えると猛烈に装備を奢っているのもその現れでしょう。
本気で3シリーズやA4と張り合うつもり。
究極言ってしまえば、
クルマなんか乗らないのが最もエコなわけですから。
乗るなら、効率とか考えずに、
楽しく・そしてカッコよく乗りたい、と。
排気量2500というと6気筒でも作れるサイズですが、
一般的に同じ排気量なら
6気筒車の方がスムーズで上品ですが、
4気筒車の方がパンチがあります。
大排気量4気筒FF車好き(狭いな)としては、
ぜひ乗ってみたい。
初代プリメーラとか好んで乗ってた人が、
「ああっ」
とか言っちゃったクルマじゃないですか?
小さくて、パワフルで、セダンであると。
昔ゃそんなクルマがたくさんあったのさ。
ギャランのターボとか、ブルーバードSSSとか、
シビックフェリオにSiR、ファミリアにもターボ4WDがあり、
カローラにさえ、「GT」というグレードがあった。
もちろん日本の市場では台数は厳しいと思いますが、
「さすがマツダさんわかってらっしゃる!」
とまた一台、クルマ好きが喜びそうなモデルです。
5ドアだけじゃなくて絶対4ドア2500にも
MT用意してくださいよ!

しかしこの顔、えらい笑ってますね。
いいことです。

(追記)
初出時アテンザの2500をV6と書きましたが、
直4でした。おわびして訂正します。
posted by ながたさん at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | クルマ

2008年11月23日

'10W杯・アジア地区最終予選 カタール 0-3 日本


ああよかったよかった。かなりよかった。
というかカタール弱い?
特にGKがハズレてましたね。
日本の一番いいところが出て、
向こうの悪いところが出た感じの試合でした。
「鋭い出足でハードな守備から、
 前線で人とボールがよく動いて
 いつの間にか点を獲る」
そんな日本のゲームプランがビシッと決まりました。
正直、私も最近のバタつく戦い方に不安を覚えていたのですが、
これ見て、方向性はOKだねと。
気が早いですが、
これを毎回できればW杯行くのは問題ないわ。
本戦はまあまた後で考えよう。

まやっぱり中盤中心に日本のタレントは立派なもので、
ゲーム・チームへの忠誠心も高く、
アジアレベルでなら個人能力でチギられることも
あんまりなく、
とにかく「守備れる」というのが安定感に繋がってます。
ボール獲れるので攻撃のトライも心置きなくやれるし、
ポジションを替えたり、捨てて前へ行ったり、
特に長谷部・遠藤のダブルボランチが象徴的でしたが、
攻撃時には前6人にSBが加わって
全体でぎゃーっとやれており、
非常にオーソドックスにしっかり戦えてました。
当たり前のことを当たり前にやる。
それはここ数年できてなかったことなので、
できてよかったですよ。

やっぱサッカーは守備やねー。
点獲られへんかったら、
あるいはボールさえこっちにあれば、
負けへんもんねー。
全員参加のタイトなプレスでボールを奪う、
これが全ての基本ですわ。
ユーロ優勝のスペイン代表も、
華麗な攻撃に目を奪われがちですがまずそこでしたもんね。
アンカーのセナを中心として。
守備はボールホルダーに迫るだけではダメで、
そのボールが次どこに配球されるか、
その「先」をみんなで押さえていく必要があります。
だから、ヤバい時にサボる人が増えるほど
(もちろん四六時中走る必要はないですが)
なかなかリズムが作れません。
この試合の日本はかなり良かったですよ。

得点も達也のいい動き、
玉ちゃんのシュートの巧さ、
闘莉王の寺田の頭ごと撃ち抜く根性ヘッド、
と持ち味のいいところばかり出ましたね。

次は大一番・ホームでのオーストラリア戦ですよ。
これね、勝てると大きい。
勝ち点で逆転できることもあわせ、
気分盛り上がってきますな。
この試合と同時開催のバーレーン戦見てますと、
怪我人多くてかなりしんどそうです。
あのオージーになら、今日の戦い方ができれば勝てる。
勝ちましょう。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2008年11月22日

新型Z

Z来ましたよ新型。

http://car.watch.impress.co.jp/docs/event_repo/2008la/20081120_38143.html

Zというのは特別な……
というか、なんといいましょう、
一種おのれの「世界のある」クルマでして、
Zは「Zというジャンル」のクルマであり、
他の何者でもありません。
日本車でそういう「世界」を求めると……
まあ定番ロードスター、それとレガシィぐらいですかね。
そしてセンチュリー。あ、ジムニーもそだね。
とにかく、Zは、
「スポーツカー」とかそういうジャンルではくくれないのです。
戦闘力だけでいえばGT-Rの方が遥かに上。
見せびらかしグッズという面ではムリしてでもポルシェでしょうよ。
でもね、
Zは、Zなんです(笑)
「スポーツカー」という概念を拡大したクルマ。

大昔は、みんな真面目だったので、
スポーツカーは本当に「スポーツ」カーだったんです。
それこそ本当にそのままレースに出れるクルマ。
その時その時最も高度なエンジンやパーツを使って、
全身これスペシャルなクルマ。
当然大変に高価であり、非常に扱いづらく、
普通の人には手が出ない。
そこへですね、
量販車のパーツを使ってとても安くとても扱いやすく、
しかしカッコばかりはどんなスポーツカーよりもカッコイイ、
そんなヤツが現れりゃ、そりゃヒットするでしょう。
それがZなんです。
もちろんそれを堕落と言うこともできます。
偽物だと言うこともできます。
しかし、
スポーツカーの民主化だとも言える。
スポーツカーの市民革命だとも言える。
アメリカ人は既存の価値観をぶち壊してくれたようなものに
非常なリスペクトを持ちますから、
Zは今もアメリカで本国日本よりも強い支持を受けているのです。

Zはその歴史と伝統、
その中で築き上げられてきた様々な伝説。
たくさんの先輩達が注いだ愛。
そういうものを全部引き継ぐ、クルマなのです。

あのサイドウィンドウの切り方なんかまさに
初代240Zがモチーフですな。
しかしちゃんと先代33型からのモデルチェンジでもあって、
継続性も持っている。
この記事の途中のあたりに先代と初代の写真ありますが、
新型だけ見てるとちょっとエグめに感じるのに、
先代の写真を新型見てから見ると、
ずいぶんもっさりしてます。
これね、
ホイールベース縮めてるんです、100mmも。
クルマの格好良さは、基本ディメンジョンで決まってしまいます。
ヘッドライトのデザインとか、そんなものどうでもいいの。
機能を表すスタイルであることが肝心。
スポーツカーの機能とはなにか。
「走りそう」
クルマでその感じを出すには、つまり
幅広くて(トレッドがホイールベースに対して広くて)・
低くて・そしてタイヤがごつい、
そうすると、カッコイイ。
(その最もピュアな姿がスーパー7ですな)
だから、先代と見比べると、
タイヤが四隅にバン!と張って、
ホイールベースのキュッと締まった新型は、
見違えるようにスポーティなんです。

んでまたこれ別にエンジニアリング的には
GT-Rみたいな凝ったこと
なん〜〜〜〜〜〜にもしてないので、
安くあがるんです。
基本コンポーネントもエンジンも、
スカイラインで使ってるもんをちょちょいと弄ったもんだし。
向こうで約3万ドル、
こちらでもまた現行の330万スタートに近い数字でしょう。
Rの半額以下ですよ。
いやもう今330ったら安いクルマですからね。
クラウンなんか買えないですよそんな値段じゃ。
アルファードとかハリアーとか、
そんなんでもグレード選ぶ必要ある。
レガシィの一番いいのにこちょこちょっと
オプションつけるとそんな値段です。
そんな値段であーた、
憧れの、
Z
ですよ。
Z+ムーブとかね、そんなカーライフもありだ、あり!
もうな、BMWの3の一番安いのとか、
なんだ、アウディの1.8のターボとかな、
もうそんな中途半端なことやってる場合じゃない!
Z行けZ!

と、人を煽るのは簡単だ。
やっぱり2座スポーツカーというのは、
持つのに勇気が必要でしてね(笑)
そういう、
「あっ、これを買って維持しようと決意するぐらい、
 この人はスポーツカーが、いや、
 Zが好きなのか」
というところも含めて、
クルマ好きはZドライバーを尊敬するのさ。

大物が素直な進化をしてくれると、
本当にホッとします。
Zは日産の、とか日本の、というよりは、
世界のスポーツカーの非常に大切な財産なので、
いつまでもこんな調子で、
「Z」であり続けてもらいたい。
男の子達の憧れであり続けてもらいたい。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | クルマ

2008年11月21日

本「デジカメに1000万画素はいらない」 たくきよしみつ



非常に扇情的なタイトルで(笑)
思わず手に取り、
もちろんその主張も万言費やすよりもカラー写真で一目瞭然、
なのですが、それ以外にも
デジカメならではの撮影の基本や後処理のいろいろが、
コンパクトにまとめられていて良著です。
写真よく撮られる方は書店で覗かれるのをオススメ。

もうね、一般の人も気づいてるっていうか、
2年前にね、おばあちゃんの通院につきあってた頃、
リハビリ中暇なもんで喫茶店で珈琲飲みながら本読んでますと
隣に熟年写真カップルみたいな怪しい二人。
どうも夫婦ではなくて写真マニアとその弟子みたいなノリなんですが、
弟子であるおばさまが
「最近カメラ買い換えたんですけど、
 画素が多くなったんですけど、
 前のカメラの方がキレイなんです……」
師匠のおじさまはその素直な問いに対してしどろもどろですよ。
2年前というと1/2.5型720万画素ぐらいの
デジカメの歴史の中でもトップレベルにどうしようもない素子が
コンパクト機に載ってた頃で、
天下のCanonの天下のIXYがデジカメWatchで
「(画質が悪すぎて)不良品かと思ってサービスに送った」
とキッパリ書かれた頃です。
最近はさすがに、
これじゃいくらなんでもマズイ、という危機感が
メーカー内でも共有されてるようで、
とにかく感度上げて画像処理エンジンで弄くり倒して
なんとか「キレイっぽい」絵にしようと奮闘努力してるおかげで、
(あと手ぶれ補正メカの進歩もあってシャッタースピードも稼げてるので、
 ブレ写真が減ったのも大きい)
パッと見はその頃に比べるとかなりマシになってます。
それでもそれは所詮パッと見であって本質ではなく、
ユーザーはそのへん非常にシビア。
たとえば、ですが
「このままではコンパクト機最後の名機になってしまう」
と言われている画素競争に半分だけ背を向けつつ
高感度画質の強さで一世を風靡した
FUJIFILMのFinePix F30/F31fd、
これのデッドストックが新品当時より高い値段で売られてたり、
中古がヤケクソに高い。



18日現在で35800円ですよ。
で、FUJIの現在のフラッグシップ、FinePix10周年モデルとして
鳴り物入りで投入されたF100fd、
はるかに高いスペックで、同じ時間で22000円。



まあ、安売り合戦の激しい現行機と
どんな価格でも受け入れるしかない中古を比べるのはフェアではないといえばそうですが、
評価の一つではあります。
ま、だから、
お客さんそのものが、
もう背中を向けつつある、と。
デジカメは低価格化で厳しい厳しいと言いますが、
それは、発泡酒や第三のビールを投入することで
みずから「若者のビール離れ」を招いたビール業界と同じ、
「自業自得」ではありますまいか。
一方サントリーはプレミアムモルツをヒットさせ
ビール事業46年で初めての黒字ですよ。
さて、どうするんですかと。

世界で最も本質を突くオッサンの一人、
スティーブ・ジョブズが記者に問われ、
「iPhoneのカメラ200万画素って少なくないですか」
「画素数は画質となんの関係もないよ」
これは本来、カメラ屋が言うべきことでしょう?

だからね、僕思うんです。
文句ばかりではいけませんから提案しますと、
ロールスロイスをやるんです。
つまり画素数非公表!
「美しい写真が撮れます」
ただそれだけで勝負するのです。
1000万画素とか何倍ズームとかレンズのf値がどうとか、
そんなことはどうでもいいじゃないですかと。
画面で見てくださいプリント見てください、
この写真が今あなたのお手持ちの古いデジカメで撮れますか、と。
小型軽量薄型も多機能もいいんですが、
やはり最後はそこだと思うんですけども。
「ああいい写真が撮れた」
というユーザー体験。

もうすこし、胸を張ればいいと思う。
そして胸を張ってやれないことは、しない。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) |

2008年11月20日

本「動物と人間の世界認識」 日高敏隆



つまり動物も人間も一種の「イリュージョン」でもって
世界を認識しており、
あたりまえのことですがそのイリュージョンが変われば、
世界そのものも変わる。
モンシロチョウが紫外線を「見ている」のは有名ですが、
それで言うとオスの羽根色
(としてチョウが見ていると考えられる色)
とメスの羽根色は全く別なものだそうです。
私達はどっちも白に見えてますが、
彼ら彼女らからすればぜんぜん違う。
それは人間社会でもそうでして、
習慣にせよ宗教にせよ、
この広い世界にはまったく違う世界認識で生きている人々が、
おたがいのそれを「おかしなもんだね」と思いつつ
暮らしています。
それが人の手で作られたイリュージョンに過ぎないことは、
少なくとも近代以降の市民であるならば
誰しも「知っている」ことなのですが、
ソレがなければ世界が認識できない、
つまり生きていけないがゆえに、
ソレの性能の良し悪しは別にして、
ソレを守りたくなるものです。
日本にいるとまったく肌感覚として理解できませんが、
アメリカでは中絶と同性愛が
今も巨大な政治テーマで、
いい加減な日本人からすれば
「ケースバイケースでええやん」
とか思っちゃうわけですが、
あの「全員で同じイリュージョンを抱く」という大前提が
国家の基礎になっている国においては、
(と書いて思いましたが「国家」という言葉が
 今や一番似合うのはアメリカですな。
 逆説的なことながら)
「イリュージョンが違う」というのは大問題。
だからケンケンガクガクやって
イリュージョンの、つまり世界認識のすりあわせを
やってるわけですな。
もちろん他人事ではなく
気がつけば国技の決勝戦を
モンゴル人とブルガリア人がやってる我々も、
そろそろイリュージョン摩擦に対して、
「そういうものだよね」という気構えぐらいは
持っておいた方がいいかもしれません。

摩擦が起きた時、
人はその摩擦をなんとかしようとするものですが、
その際、
「摩擦は起きるもの」
と捉えて現実解を探す、
これがいちばん建設的です。
摩擦の原因を探ったり、
さらにいえば「どちらが正しいか」を考えることも
不要かも知れません。
日高先生の目は、モンシロチョウやネコを通して、
「世界認識とはなんぞや」
を優しく説き起こしてくれています。もちろん、
ご本人の書いておられるように、
それさえもイリュージョンなのですが。
「科学(の大部分は)イリュージョンに過ぎない」
と言い切れる科学者ほど、
信頼できるものはありません。
ま、ただ、日常生活では、
「君に幸せのイリュージョンを見せてあげるよ」
と正確に言ってしまうと、
プロポーズの言葉にはならんのですが。
しかしそれが事実であるところが、
人生の可笑しみでもあり哀しみでもありますな。
「認識次第でどのようにでも生きられる」
という自由を与えられてしまった人間は、
その自由を謳歌しつつもその自由に苦しむのです。
それは近代人のみならず、
ヘビに知恵の実を薦められたあの日から。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年11月19日

ここで蝶が羽ばたくとブラジルで津波が起きる

Appleリアル店舗には
「ジーニアスバー」(天才酒場)
というものがございまして
スタッフ常駐、どんなご相談にも乗りまっせ、と。
webから予約も可能です。
お医者さんみたいですね。
これはいいシステムだと思います。
そちらへ持っていきましたよControlキーのもげたAir。
キートップ無償交換でした。
こういう時今のAppleのラインナップ強いよね、
MacBook、Air、Pro、全部同じだもんね、キーボードアッシー。
ついでに左手前が浮く(ボトムケースが歪んでいる)
Air一族の持病を見てもらいました。
ウチの子はかな〜り浮くんです、
そう家具用の吸音フェルト2mm厚をゴム足に張ってぴったりぐらい。
その場で多少調整してもらって多少マシに。
そう家帰ってもう一度張ったんですが半分に削いで1mm厚にするぐらい。
めんどくさなってるやん。
実はボトムケース開けたことあるのですが、
ねじ穴が斜めに切られててそこへ斜めにねじを突き刺すという
素人目に見てもレベル(水平)の非常に取りにくそうな設計でした。
もちろんそれは「美」のためであり、
Rのついてる面に垂直にねじ穴掘るとまあ見苦しいといえば
見苦しいですからな。
バーの天才氏は
「これはアルミですから偏った力のかかり方すると歪むんですよ〜」
いやっ!
それはもう最初からわかってることでね(笑)
しかももうPowerBookG4だっけ、
あそこからアルミは何年も使ってるわけでして、
歪むなら、歪まないように、
もしくは歪んでも何も困らないように、
設計するのがよいエンジニアってものですよ。
まああれだ、
Appleのプロダクトとつきあうには
「靴に足を合わせる」精神が必要です。
指紋が付いたら、拭く。
あれっ?
キーボードバックライトがいつの間にか点かなくなってる……

まあ、話のついでですので
新しいAC-USBアダプタの分解画像!
http://www.kodawarisan.com/k2008_02/archives/2008/10/apple_usb_eaaaa_2.html
じゃーん。
そらあかんやろ(笑)
Appleに限りませんが最近もうこういう周辺パーツは
中国だかどこだかのメーカーにたぶん丸投げで、
たぶんこれ設計した人、ちいさい頃に
コンセントバラしたりとか経験ないのかもしれませぬ。
いや、ひょっとするとコンセントを
抜き差しした経験もあまりなかったりして。
ちょっと常軌を逸した設計というか、
「手を使って生活をしている人」
ではないのではないか、
そういう人がCADかなにかでぴゅーと線引いてNC旋盤がきゃーと動いて
はいできあがり、
というような世界なのかなぁ、今は、と。
それはもちろんいろんなところでチラチラ見えまして、
私がiPod touchの充電用に使ってるアダプタが
Arvel(バッファローコクヨサプライ)のなんですが



これさ、カスタマーレビュワー諸氏はわざとスルーしてるのか、
最大の弱点はノイズよりも何よりも、この画像、
こっちが表なんです(笑)
普通はこっち裏だと思いますよね、
だってこれ端子出してテーブルタップに挿せば
こっちが下になりますもんね。
違うんです。
こっちが表なので、USBの表(三つ叉アイコンのついてる方)を
こっちに合わせて挿さねばならんのです。
しかし人間中途半端によくできてるもので、
意識してないと、
こっち裏だと思ってUSBの裏を合わせて挿してしまう。
そして挿さらない。
挿さらない。
きーーーーーーっ!

決まり事ぐらい守れと(笑)

なんかね、もっとキリキリに詰め込んだデバイスで
しょうがなく表裏逆になるとか、
そんなんなら情状酌量の余地もありますけども、
たとえばDSiのSDカードも裏向けで装着させますが、
あれはまあ「ゲームカートリッジと向き合わせた」という理屈がこねられなくもなく、
そういうなんかこう、せめて屁理屈こねてくれと。

先日のココログの話とも通じるのですが、
世界が忙しくなってるからか、
自分とこの商品というか製品というか、
それを使ってない人が企画したり、作ってたり、売ってたり。
そんな感じがします。
で、できてしまえば、
それを「常識で」チェックする人も居ないし、
チェック・システムもない。
不具合が出たら、
「はいはい取り替えればいいんでしょ」と。
それが最高効率だと。

そうかなぁ(笑)

やっぱり、「名」っていうのもだいじで、
人間お金稼いだら次に欲しがるものは、
評価、名声、尊敬、
そういうものでございます。
まずお金、それはいいんですが、
お金稼ぐ段階でこういうものをあまりに犠牲にしすぎると、
いざある程度軌道に乗ってお金には困らなくなってから、
困ると思う。

ほんで怖いなぁと思いますのが、
今の世界はみんなiPod使うから上記のAppleのアダプタを使うのさ。
ドバイの王様も、ビル・ゲイツも、オバマ大統領も。
で、すぽっと抜けて「うぎゃー」っていうの世界中で。
それってなんか……
恐竜が滅んだ理由が、なんとなくわかってきません?(笑)
金融危機とか食糧危機とかもう全部根は同じで、
どこかの誰かのウマイやり方をみんなが真似して、
みんなでクラッシュする。
もちろんそれは昔ならば村とかの単位で
行われていたことなんでしょうけども、
今は世界中が巻き込まれる。
もちろん多様性を確保できてるところもあるとは思うのですが、
日常の多くの部分が、
世界の誰か2、3人が、
ちょっぴり無知だったり、ちょっぴり怠惰だったり、
あるいはちょっぴり悪だったりしただけで、
60億がぎゃーって言う、ような、
世界になってきたんかいなー、とか。

まぁ……秦の始皇帝の時代とか
天地がたった一人の持ち物だったといえばそうだったわけで、
それが人間社会というもの、なのかもしれませんが。

と、今日も大げさに考えてみました。
暇なんです。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月18日

トーク・アバウト・?

・さきほど、さて更新しますかねとAirちゃんを叩いていたら
「バキッ」と音がしてcontrolキーがもげました……
爪かなんか引っかかって、
上への変な引き上げの力が掛かったのかもしれません。
私昔ThinkPadX20を使ってたのですが、その時も
Enterキーが2つ連続でもげるという妙な症状に見舞われ。
1回目は初期不良扱いで本体ごと交換、
2回目は封筒にEnterキー1つ入れて送ってもらいました。
2回目が起きた時は
「……で、でじゃぶ?」
とものすごく不思議な気分になったのを覚えています。

しげしげとその小さなパーツを見つめますと、
パンタグラフになってるプラスチックのちいさなちいさな爪が
一部欠けており、
やはりどこをどうやってもパチリとはまりません。
controlキーは大事ですなー。
もうまったく文章が書けなくなってしまいましたので
サブ機Bookちゃん出動。
ああ2台体制でよかった。
明日さっそく心斎橋に持っていきます。
まさかこれでアッセンブル交換ってことはないと信じてますが……

・最近トークがへたくそになりましてねぇ。
いやまあ、じゃ以前は巧かったのかと言うとそんなことないんですけど。
自分の、言いたいことが、言えないというか、
言いたいことが、無いというか(笑)
金曜日に鉄心さんとヒロカズさんと焼肉食べに行ったのですが、
 そうですよヒロカズさんはもうお酒が飲めるのです。
7時過ぎから12時前まで5時間の記憶がない。
なにしゃべったか記憶がない。
鉄心さんにスーパー手帳システム見せてもらって、
ヒロカズさんの大学の鳥人間はプロペラが真ん中についている、
それは覚えているのですが、
自分がなにしゃべったか覚えてない。
よほど、
なんの意味もないことしかしゃべってないんじゃないかと、
ものすご不安になりまして。
ここ半年ぐらいそんな感じです。
夏前ぐらいから、
どの宴席でもなにをしゃべったか全然覚えてなくて、
そんなに君は、
中身がなにもないのか、と。
無いのかも(笑)
しかし、昨日今日無くなったわけではなくて、
最初から無かったはずなのに、
あるような気に本人がなってて、
それに基づいて、
なにか言いたいことを言ってるつもりになってて、
ところが実は、
そんなもの何も無かったことに気がついた、だけかもしれません。
じゃあ、黙ってるのかといえばそんなことなくて、
なにかしゃべってはいるんですけどね。
なんかほんとに、
あたりまえのことしかしゃべってないのかもしれません。
「パンは小麦からできてるよねぇ」
とか。
まあ……愉しいからいいんですけど。
他人様にはどう見えているんだろうということが若干気になります。
まあ……どう見られてても自分にはどうにもできないのですが。
と、
悩んでるような書きっぷりですが全然そんなことはなく、
ああ、おれ、里芋みたいなことしか言ってない。
と、ただその事実を詠嘆してるだけで、
別に直そうとも思ってなければ、
それを良いとも悪いとも思っていなかったり、します。
言うまでもなくこの文章自体が、そういう類のもので、
昔はこんなもの意地でもアップせずに
なんとかしようともがき倒したものですが、
今は、これはこれで、と思います。
こっちの方が優れているという意味ではなく、
ここにも真実があって、
それは誰が読んでもおもしろがるような華やかなお話と等値であると。
うどんは、ゆであがっておつゆにざぶんと漬かった時点で
完成であり、
そこに天ぷらが載ってるとかどこで食べるとか
器がなんだとか、そんなことは
まったくどうでもいい要素です。
だいじなのは、うどんだということだ!
天ぷらは時にそれを邪魔する。

なんか書いてるうちに
今までの自分自身を全否定してるような気になってきたのですが、
まあ、それもまた、よし。

・今日ロズレーファタール覚えました。
みんなでえっさほいさと金曜夜毎週明け方まで潜りに潜って得た物なので、
めっちゃ嬉しい、デス。
posted by ながたさん at 05:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月17日

とりあえずお引っ越し

とりあえず以前から借りっぱなしだった
さくらさんのblogを使ってみた!
インポート一発でずばーんと完成!
すげー。
画像や自記事リンクは切れると思いますが、
ご容赦を。
ココログの方は年内ぐらいを目処に削除する予定ですので、
もしブックマークされてるような奇特な方がおられましたら、
こちらに変えてくださるよう、
お願い申し上げます。

みっともなく取り乱してお恥ずかしい限りです。
いやでもほんと、パニックに陥りました。
例えて言うなら、
いつも毎朝買ってるパン屋さんがあるとしましょうよ。
そこの食パンががいきなり突然なんの予告もなく
「エビオス錠入り」になったようなもんです。
レーズンの代わりにエビオスが入ってるの。
「健康になりますからなりますから」
いやそういう問題やないと。
もうその、
「パンにエビオス入れる」
って時点で、
君にはパン屋の素質がない。
ほんでやっぱ苦情殺到したらやったことが
棚にエビオス入りと普通のと並べてあるのね。
「エビオス入り最高です!」ってPOP付きで。
ちゃうやろと。
やり方は二つあって、
まず平謝りに謝って
「すいません一時の気の迷いでしたこれからは真面目に
 パン作りに取り組むのでどうかこれからもおつきあいを」
と言って完全に元へ戻す。
もう一つは、胸を張ってカッと目を見開いて
「いやこれは本当に自信のある健康パンなんです、
 皆様のことを考えて作っておる次第です、
 一週間いや三日、三日食べてみてください
 それでイヤだとおっしゃるならお店を変わってくださって結構です!」
と、こう言い放つ。
どっちかでしょう。
でココログが実際やったことと言えば
3日経たないうちにエビオス入りと普通のを並べるという所業。
しかもね、
問い合わせメール送ったんですが、
その返事がタイムスタンプ14日昼で
(エビオス入りが始まったのは僕の手元では13日夜)
「変えるつもりぜんぜんな〜し」
ああもう鬱陶しいから(ほぼ)全文引っ張ってくるわ、


【お問い合わせ内容】
 管理画面の表示について
 (ご要望:コネタマ等の表示非表示を選択できるようにして欲しい)

【回答】
 このたびココログをご利用のお客様への情報提供の一環として、コネタマ等
 からの情報を表示するようにいたしました。

 当該情報欄からは、ブログ更新のためのネタ提供をはじめ、弊社サービスに
 ついてのご案内やよりインタラクティブな交流を行うための各種情報など、
 皆様に有用な情報を提供していく予定です。

 ■お知らせココログ
 http://info.cocolog-nifty.com/info/2008/11/post-4ff8.html

 大変恐縮ですが、管理画面に表示されるコネタマ等の情報を非表示にする設
 定はご用意しておらず、現在のところ設定できるようにする予定はございま
 せん。何卒ご了承ください。

 なお、このたび頂戴いたしましたご要望につきましては、今後のサービス改
 善の検討材料とさせていただきたく存じます。貴重なご意見をいただきあり
 がとうございました。

 お問い合わせありがとうございました。


こう言い放っておきながら翌15日朝には
サクッと非表示可能になってやんの。
誠意か根性か、どっちか見せろと(笑)

なんでこうも、
こんなちいさな問題でキチガイみたいにぎゃーぎゃー言ってるのかと
いいますと、
現象は小さくてもこれは結局、
メラミン牛乳と根が同じ問題で、
サービスの提供側がそのサービスに愛が無いのね。
これ、自分でblog書いててこの画面を許せる人は
たぶんそうは居ないと思うんだけど
(そこに自信が無いのがまた悩ましい・
 ざっくり「コネタマ」でググると
 「参加してみました!」なんてエントリが
 大量に引っかかって、なんか泣きそう)
これ開発してる人やそれにゴーを出す人は
たぶん、blog書いてないんじゃないかなぁ。
それはダメですよそれは。
ほんでグローバルでフラットな現代社会の弊害として、
これたぶん2、3人で意志決定してると思うんですけど、
それで数十万のココログユーザーが
画面の前で絶叫するわけですよ。
そんな社会そのものが、おそろしくなった。
Intelがね、Prescottで大失敗やらかした時にね、
いやあれは、技術の進歩は間違いと修正の繰り返しとか、
そういうレベルではなくて、
そんなもんラボで試作品上がった時点で
「あこれはリーク電流でどうにもならん」
と「わかった」わけじゃないですか。
間違えたら、直す。
それが人間というものでしょう。
しかるに経営陣だか営業チームだかがゴリ押して
夢の90nmプロセスですよと売りまくって、
あれが無駄な二酸化炭素どれだけ吐きました?
無駄な石油や天然ガスをどれだけ燃やしました?
大げさに言えば人類に対する犯罪ですよ。
ほんで今は口をぬぐって、P4系無かったことにして
Atomです低消費電力です二酸化炭素吐きません、
そのくせ4WのCPUに14Wだかなんだかのチップセット945が張り付いてて、
マザーボード見ると笑いますよ。
CPUはただの小さなヒートシンクで
それよりでかいヒートシンクに空冷ファンまでつけてあるの
チップセットに。
おまえ、これ見て、おかしいと、おもわんのかと。
クルマで言えばエンジンルームにエンジンの3倍の大きさの
エアコン・コンプレッサーが入ってるようなもので、
このぶっさいくな絵面を見てエンジニア魂というかね、
「いやこれは恥ずかしい」
と思いませんかと。
技術的困難なんかなんもないですよタダのてめえの都合ですよ、
古い945でいいから45nmで作ればいいだけの話じゃん。
今でも130nmかなんかで作ってるからそうなるんじゃないですか。
これが世界最大のCPUメーカーですよ。
ここの頭脳を世界中60億の人々が使ってるわけですよ。
PCならね。
あるいは
チャレンジャーが空中爆発した時、
あれ結局燃料タンクを繋ぐOリングかなんかが、
材料が不適切で気温が低いと固くなって、
そこに隙間できて燃料が漏れたのですが、
メーカーの人わかってたんですよね。
それをそのメーカーの経営陣と打ち上げを焦るNASAの上層部が
「いってまえ」
って決めてそれで数千億のプロジェクトと
7名の極めて優秀な人材と
人類の夢が、
パァですよ。

そう考えるとね、
これも同じで、
この世界って、怖いなー、と半ばパニックになったんです。
「常識的な判断」
というものが失われていく世界というか。
ニフティといえば日本のネットの老舗中の老舗、
バックは日本の誇る超巨大優良企業、
日本で初めて「コンピュータ」を作った会社、富士通。
もう、ここに
「……いや、この画面はおかしい」
と言える人材が居なければ、どこに居るんですか。

いつもさ、そういうことに思いがいたるたびに、
「いやいや、他人様のことを偉そうに言えるような自分ではない」
と、
「まず自分のやれる範囲で、やれることをやっていこう」
と、こう殊勝に思い直すわけです。
オレのやれることはなんだ。
楽しいお話を作って皆様にご提供だ。
よし、今日も日常のくだらないことをくだらなくおはなしするぞ、
と気合いを入れて投稿画面を開いたら、
これが出てきたんだから、もう……

なぜこんなちっちゃなことにこんな風に喚いているかが、
ちょっとおわかりいただけましたでしょうか。
ま、なんか、人間には誰しも、
「触ってはいけないところ」があって、
そこを鷲掴みにされたような感じでした。
妙な話ですが、
そこそこうまくいってるような夫婦が突然離婚したりするでしょう。
あの気持ちがなんとなくわかった。
触ったあかんところは、
触るな、もしくは、触ったら謝れ。
そこが「触ったらあかんところ」だと理解できない、
あるいは人間には等しく触ってはいけないところがあり、
それは自分にもあるし相手にもある、
ということを忘れてしまっている、
そこが耐え難くなるんですな。
現れる現象としてはほんの小さなことで、
「あの人は卵焼きにソースを掛けるの!!」
というようなことかもしれませんが、
ソースは比較的どうでもよくて、
「私はそれは耐えられないので私の前ではやらないで欲しい」
という意志と希望と、尊厳、
これを踏みにじられる、
これが、辛い。
それはもちろんお互い様で、
自分も相手の地雷をちゅどーんと始終踏んでるわけですが、
そこを意識して、
踏んだら直す、もうなるべく踏まない、
と普段からやってると、やればやるほど、
相手に無神経に踏まれると、腹が立ちますな。
ひとつやり方としては自分も無神経に踏みまくるという手がありますが、
それも、ね。
まあ、不完全な人間同士ですから、
相手のことを思いやろうという気持ちを、
全部失ってしまうと、相手も自分も、しんどいと思います。

捨てる神あれば拾う神あり。
禍福はあざなえる縄のごとし。
こっちの方が管理画面とかずっと使いやすい(笑)
ここでぽつぽつやり直していきます。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月16日

停めます。

まれに、ですけど、
なにかでうじうじ迷っていると、
後ろからどん、と背中を押されて、
突然決まってしまうことってありませんか。
僕は今のクルマに買い換えた時そんな感じでした。
前車大変気に入ってたので
(9年乗りましたヨ!)
もう2年行ってもいいんだけど、でもヨレてきたし……
と、そんな時、
通常の車検メンテ以外にストラットのリコールみたいなのが掛かるってんで
+15万ですよと。
ああ、それがなんというか縁なのかな、
ということで買い換えました。

さっきココログにアクセスして、
新規記事投稿画面開いてビックリしました。
記事をペーストすべきテキストボックスがございますでしょう。
その上にデッカデカとフォント大ボールドしかも色ボックスで
「ブログのネタ」ってのが始まりまして、
「一緒にデートしたいアニメキャラは??」
とか書いてある。
気ぃ狂いそうですよ。
わたしは特に、職業柄か、
意図しない有意味文字列の襲来に弱いのですが、
これは誰が見ても邪魔だと思う。
スクリーンショット張っておきましょうか。
これ。
2
ね? おかしいでしょ?(笑)

それでなんか、
ブログ止めろって言われてるような気がした。
いや、別にネットから引き上げるという意味ではなく、
昔みたいに個人web形式でぽちぽち自力で作ろかな〜とか。
これ、だって、
もし何日か何週間かして外れなかった場合、
つまりユーザーからは不評ではなかった場合、
おおざっぱに言えば、
これをよしとする人が、blogを書く人、
ってことですよね。
僕はこんなことにはコミットしたくないです。

テレビとか、新聞とか、
押しつけがましいメディアが嫌だから、
(もちろん適宜利用もしますけども)
ネットという、ある程度自分の取捨選択の自由が大きい
メディアに来てるのではないでしょうか。
あるいは、くだらないことでも、
自分の思ったこと・感じたこと・触れたこと、
それを発信したいなぁ、って気持ちで、
blogのエントリを起こすのではないでしょうか。
もちろん、なにも
「それであらねばならぬ」と言うつもりはありませんが、
に、したって、
ネタを他人様からいただかなければエントリ起こせないのなら、
更新する必要なんかありますまい。
この、文字が大きいとか邪魔だとかそれ以前に、
考え方が、ちょっとおかしいと思う。

元々blogがblogが、って言われはじめた時点から
僕は違和感を持っており、
向こうさんみたいに市民メディア的な側面が強ければ
「blogが世界を変えるんだ」
みたいな話はありだと思うのですが
(実際オバマさんの勝利にはblogやYouTubeが大きな役割を
 果たしたそうですな)
日本ではぶっちゃけ日記更新システムですやん。
それなのに
「ブロガー」
ってなにそれ。
日記書く人ってこと?
ブロガー・ミーティングとか意味わからん。
それ社交ダンス同好会とかFF11オフ会と何が違うん。
同じ? 同じならなんでなんか企業みたいなのが
機材貸し出したりとかするの?
それはなにそれ?
僕らのLSがオフ会するからってスクウェア・エニックスから
ミスラ装束一式とか送られてこないよ?
送られてきたらきたで困りますけどね。
奪い合いですよ。
「へそ出しなんだからオレの下腹部のぽっちゃりを見せつけてやんよ」
「なにを言う、拙者のスネ毛の魅力には敵うまい」
「ボク、胸の谷間にはちょっと自信があるんだ〜」

元々の語源はweb+logですから、
なにかをキッカケにしてネット上にわ〜っと広がる話の雲、
それそのものに参加する、
確かにそういうのがblogの最もよいところかもしれません。
確かに今までのメディアやネットワークでは
なかなか実現できなかったことです。
新しいし、革新的であるといえばそれはそうでしょう。
が、
それを強要せんでくれと。
オレは日記更新システムとして使いたいんやと。

まあ、そんなこんなで、
これも縁だと思って、
しばらくblog停めてみます。
本家の方でぽちぽち更新するかも、しないかも?
http://www2a.biglobe.ne.jp/~nagata/
もし引っ越しとなるとこの4年分1400エントリどうしよう(笑)
あれだ、楽しようと思ったらイカン、ってこったね。
ケムさんは正しかった。
ケムさん、それ「オーバーラップ」かも。

僕も初めて問い合わせ&不満メール送りました。
たぶん相当殺到する(してる)んじゃないかと思うのですが……
繰り返しになりますが、
これをよかれと思う人が多い、となった場合、
僕が(勝手に)ネットやそこに集う人に対して思ってた
イメージが全て崩壊します。
いや、まあ、だからってどうってわけじゃないんですが(笑)
なんていうか、
僕は方向音痴です。いつも。


PS to ココログユーザー
ちなみに、とりあえず上の画面を回避するだけならば
Firefox+Adblock plus(アドイン)
でいけます。
こちらのエントリを参考にさせていただきました↓
http://screamer.cocolog-nifty.com/yabuisya/2008/11/tips-5ce8.html
posted by ながたさん at 00:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月15日

太陽の光に負けてもらえ

知らんことはあんまり言わんようにしよう、
底が知れてしまうから、
と誓うながたです。
またすぐ言っちゃうんですけども。
知ったかぶりダイスキ!

今日発見しましたことは
「光の面白さ」というものでして、
わたしね、最近イヤだったのが、
自室がですね、
畳を5枚横に並べた5畳という
変則形状なのですが、
構造上南側(短辺)の窓しか開けられず、
(西(長辺)も開くのですが直で外、しかも道路なので
 心理的にも物理的にも負担が大きい)
そこからしか光が入りません。
こうなりますとさしものお天道様も
奥まで照らすことはできず、
つまり暗い。
昼間から電気全開で点けるのなんかMOTTAINAI気もするし、
電気点けてももちろんお日様には敵いませんから、
「何で外は世界はこんなに明るいのに、
 おれは電灯の下で鬱々しなきゃいけないんだ!」
とか思ってたの。
おかしなもんで、
こここの部屋私高一からつまり22年ぐらい居てまして(笑)
そう思い出したのこの2-3年なのです。
それまでは全然平気でした。
ま、もちろん、日中この部屋にいることは
さしもの私の人生でも少なかったので、
それかなあ、と思ってたのですが
今日気づいた今日。
あのね、雨戸を半分閉めて、
太陽の光半分しか入らないようにするんです。
で、電気を点ける。
これでバランス。これでバランス。
そう、電灯の下寂しいなぁと思ったのは
電灯がお日様に負けてたからでして、
お日様の光と釣り合ってると、
人間の感覚って簡単に騙されまして、
「これはこれで」って感じになるんです。
そういや思い起こせば
私めんどくさがりなので、雨戸全開にすることあんま無くて(笑)
いつもちゅーとはんぱに開いてましたわ。
全部閉じて電灯の光だけですとこれがまた、
めっぽう寂しくてね。
少し入れる。
これが大事です。
細長い部屋の光のコントロールでお困りの方への(どんな狭いねん)
TIPSでした。
まあお日様はほんと、偉大です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月14日

散歩

多少時間ができたのでヨドバシ梅田までふらふらと。
α900を見てきましたよ。
写真だとあのとんがりペンタが目立ちますが、
実物はずっとオーソドックスで非常にカッコよく、
「SONY」の文字も馴染んできました。
350はだいぶ違いますが700のあのおでこの出方は
「MINOLTA」って感じでしてね。
ライバル機5DやD700(ハイアマ向けフルサイズ)
と比べても取り回しのよい感じ。
噂のファインダーはもちろん最高で、
ゾナー135なんかと組み合わせるとなんていうの、
目の前にお花畑が広がります。
これがありゃそりゃライブビューは要らんわ。

ましかし個人的にはここまでくると、
プロもしくはアマチュアでも本当に本気の趣味として
嗜んでおられる方向けかなぁ、とも。
その横にあった16-80を組んだα700の方が、
システムとしてはバランスが良い気がしました。
片手で取り回せるギリギリ。
900になるとレンズ左手必須になりますな。
もちろんその方が正しいんですけども。
もう一つ小さくしてα350になると、
ファインダは小さいはシャッターのフィーリングは落ちるわ、
やっぱねぇ、うまいこと作ったはりますよ(笑)
上の方へ上の方へとね。

ピアノ弾きます、
じゃグランドピアノ家に置きますか、
と言われると二の足を踏みます。
ごつい装備は使いこなしてないとストレスになるもので。
でも、ピアノ弾くからにはグランドピアノ弾きたいなぁ、
と思うものなんですよね〜。
悩ましい。
特にデジものは論理寿命が非常に短く、
かつ普及機に性能で追いつかれやすいので、
さらに追い立てられる感じがしますな。

え?このファインダーと2400万画素があれば
10年は戦える?
いやいやいやいやいやいやいやいやそれがさ、
たとえば小型SSDみたいなのを本体メモリに持って
超高速連射書き込みみたいなのが実現されて
書き込み待ちストレスが減ったりすると、
もうそれだけでその機材が欲しくなるのよデジタルってやつは。
わたしなぞMacBookね、
「トラックパッドが3本指を受け付けてくれない」
というただそれだけの理由で新しいのにしたいもん。

なんかそんなことをブツブツ思っておりました。
平日昼下がりのヨドバシ・一眼カメラコーナーは
おっちゃんとおじいちゃんの中間みたいな
熟年の方々がたくさん。
ぜひ景気に貢献してください。
紅葉狩りのシーズンですしね。

年賀状シーズンなのでカラープリンタ欲しいなー、とも思い、
(ここしばらくマイ・カラープリンタが無いのです)
EPSONの新型を見てたのですがなんかもー、
こんな満艦飾で39800円でいいのか、というぐらい
機能てんこ盛り。
ADF付いてんだもんなぁ……
ま考えてみれば?考えてみればやってることは
もう15年から変わっておらず、
棒の上をカートリッジが左右して
ぴゃーとインク噴いてるだけなんですけども。
人気の先々代からコツコツ改良してるCanonも良さげですが、
(MP600の売れ方は異常でした)
EPSONの今シーズンのはフルチェンジの模様で気合い入ってますな。
もうちょっと考えよう。

年賀状も買ったのですが、
今年は50枚がビニールパックに入ってました。
民営化していろいろ変わったようです。

家に辿り着いてから「ポメラ」をチェックするの忘れたことに気がつきました。
あーっ。

雑感でした。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月13日

本「司馬さんは夢の中1」 福田みどり



司馬ファンですから。
みどり奥様は本名福田定一の同僚で、
「うちの部で小説書いてるヤツがいると聞いて
 てっきり松見(旧姓)だと思った」
と言われるほどの筆達者。
愛する夫を失った哀しみがこれでもかと描かれております。
でも彼女をとりまく人々と思い出が
あまりに美しすぎて、
哀しみよりも豊かさ、しみじみとした穏やかさ、
そんなものが伝わってくる、叙事詩のようなエッセイです。

私も書き物屋の端くれやっておりまして
もうそろそろ10年、段々わかってきましたのが、
本気になってきますとどんどん
「自分」が無くなっていきます。
これは文章のみならず音楽でも絵でも写真でもそうだそうで、
写真家の方でも
「これ撮ったの俺か?」
というようなものが、やっぱりいい写真だとか。
それはいいのですが、そうなってきますとつまり、
社会性が無くなってきまして(笑)
着るモノに頓着しなかった司馬さんは
あるホテルの朝、散歩に奥様のジャケット、
花柄のスカーフがポケットから出たまま、
で出かけたそうで、帰って指摘すると
「なんか小さい思たわ」
ま、ここまでいかんと、
自分などと言う小さい枠を抜け出して
世界に、歴史に羽ばたかないと、
あれだけのものをあれだけ大量には創れないんですなぁ。
わたしなぞ生協の袖無しちゃんちゃんこ1980円を
ラーメン屋まで着ていくので精一杯です。

そんな旦那を持った奥様ももちろんかなりの強者で、
強烈な方向音痴、ある時奈良で人に道を聞くこと2度、
どうしても辿り着かないのでもう1度聞いてみたら
「あんたさっきからワシに3回同じ事聞いてるけど、
 まだつきまへんか」
まあ、こういう方でないと、つとまらん。
人の縁とはよくできてるものです。

国民作家の知られざる一面を楽しむもよし、
(司馬さんの偏食は自分でもエッセイにお書きなのですが、
 「牛肉が大好き」とはご自分のものからは知り得ませんでした。
 人間やはり出したい情報と出したくない(あるいは意識しない)情報が
 あるようです。
 風邪恐怖症のくだりも面白かった)
愛とはなにかを考えるもよし、
心に染みる一冊です。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年11月12日

まいど1号

「まいど1号」がいよいよ来年1月打ち上がります。
我らがH2Aに乗って。
開発はもちろん、
「東大阪宇宙開発協同組合」。
マンガでも冗談でもないですよ、事実ですよ。
これぞ大阪人の心意気。
合理に徹すれば人生は自然とコミカルになる。
最初から「1号」と言い放つところに、
ずっとやりまっせと吼えるところに、
本気と書いてマジと読む、
その温かい気持ちも伝わってきますなぁ。
司馬さんとか生きてたら手叩いて喜んでたと思うよ。
成功を、無事を祈っています。

なんか若くしてお金稼いだ人が
「宇宙旅行するんだ」
ってロシア人とアメリカ人の合同詐欺みたいなのに
ひっかかって22億ほど巻き上げられたそうですが、
そんな話聞いても「フ」と鼻を鳴らすだけなのに、
なんでこんな、
人類への貢献の度合いならそれと大差ないような、
「やらずもがな」
なことを応援したくなるのかといえばそれはやはり、
愛。
「みんなに夢を元気を!」「ものづくりの楽しさを!」
そしてなにより
「衛星ぶち上げるでぇ!」
「おおーー!」
という、このなんか、伝わりますよね(笑)
それは学園祭でお化け屋敷作ったり、
するのとほぼ同じで、
「みんなのために力を合わせて困難に立ち向かう」
そのこと自体が、
まあ人類ってそれで大きくなってきたわけじゃないですか。
マンモスをね、みんなで、倒す。
クジラをね、みんなで、獲る。
いや稲でも麦でも、そうじゃん。
その、いちば〜ん深いとこにある、気分を気持ちを、
思い起こさせてくれることだから、でしょう。

じゃ個人はダメなのかっていうとそんなことなくて、
個人の場合は、個人で行く、人類ではなく
「人間の」限界へのトライこそが、
未知のゾーンを切り拓く、
それが気持ちを高ぶらせる、ような気がします。
超一流スポーツマンを見て我々がワクワクするのは、
「人間ってどこまでいけるんだろう!」
という思いですな。

次は有人宇宙飛行でしょうか!

空は願うだけでは飛ばれへん。
羽根をその手で作らねば。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2008年11月11日

ブルーマウンテン

そんなこんなで頑張った自分へのささやかなご褒美、
ということでいつもの珈琲豆屋さんで
100g1950円もするブルーマウンテンにトライ!
いつもは460円のアメリカンを愛飲しております単価4倍!
そこの豆屋さんは、あたりまえのことですが、
豆・ブレンドごとに焙煎度を変えており、
基本ちょっと浅めで豆の個性がよく出ます。
私コーヒー好きなのですが正直このお店来るまで、
「確かに違いはあるけど好きとか嫌いとかは……」
という感じだったのですが、
こちらでその個性を目の当たりいや舌の当たりにして
「ああなるほど」と。
ほぼ全種いただいております、
モカ、キリマン、ブラジル、コロンビア……
もちろんマスター自信のブレンド各種。
で。
焙煎し終わった豆を受け取る時にマスターにやりと笑って
「……すぐ無くなるよ」
いい豆は美味いからどんどん飲んじゃう。
また何杯でも飲みたくなっちゃう。
と。
そんなグルメドラマの1シーンのような、
セリフを背にお家帰っていつものように淹れてみましたところ!
これがあなた。
もまいのなんの。
あのね、ごぴゅごぴゅ飲める。
いつもとおんなじように淹れてるのに、
いつものアメリカンも非常に飲みやすいものなのに、
それと比べてもぐいぐい、飲んでしまって、
気がつけば、マグが空です。
聞きますとブルーマウンテンを異様に好むのは日本人だけだそうですが、
さもありなん、
これは最高の日本酒や、一番ダシ、鯛の薄造り、
あのへんに通じる、
「まったく抵抗がないのに旨みだけが広がる」
という日本人が大好きなあの感じ、あれでございます。
香りも味も、パンチ全然無いんです。
封を切った瞬間も淹れてる最中もぜんぜんこう、
訴えてくるものなくて、
「むっ。これは……」
と思っていたのですがそれがあなた一口飲めば。
いや一口というのはウソですね、
一口目はその抵抗感の無さが物足りない感じなのです。
でも二口三口と飲み進めるとだんだん
「……これはちょっとおかしいんじゃないか!?」
と「普段と違う」ことが認識できてきます。
で、飲んだ後は、コーヒーを飲んだはずなのに、
「うまみ体験」
だけが記憶に残り、コーヒー感はすっかりどこかへ行ったまま。
「後味スッキリ」などと簡単に言いますが、
本当の後味スッキリは簡単なことではない。
「キレ」なんて単語をおいそれと使ってはいけませんぜ。
よく「調和の取れた」「バランスのいい」という形容がされますが、
それではこのうまさを伝え切れてない気がします。
それだけならトゲを抜いて丸めればできる。
しかしそれだけではこのうまさにはならない。

えー、
これ喫茶店で飲もうとすると単純に標準的なブレンドと
原価率揃えると2000円級になります。
んなことなんぼなんでもできんので、
この豆はちょいとだけ入れてブレンドして
800円ぐらいにして出すことは出しまっせ、
となるわけですな。
それ飲んで小首傾げて「こんなものなの?」と。
だって、それ単品でバランス取れてるのに、
他となにをどうするんですか。
スコッチだって結局シングルモルトでしょう。
それでも数出ないので、
珈琲は焙煎後どんどん香り飛びますから、
煎ったのそのまま置いておくと無駄になります。
で、段々置かなくなって……
とスパイラルでどんどん幻化。
そして触れたことがないと、
人間「慣れ」に引っ張られますから、
たぶんこれもあまりコーヒー飲みつけてない方が
飲むと「頼りない」「薄い」なんて
珈琲好きが卒倒しそうな感想が返ってくるおそれ大。
ますますごく一部の人だけが触れるものになる。
どんな高級食材でもそうですけども。

つまりあれだ、
世の中には知らんことが多すぎますよ。
37にもなって何千杯何万杯……万はいかんか?いくな。
と珈琲飲んできて
「ああこれが美味い珈琲ってやつなのか」
とようやく痛感して、
泣きそうでした。
この調子じゃほんとにね、
人生死ぬまで、なにも知らんよ、わたしらは。
posted by ながたさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき