2009年01月19日

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posted by ながたさん at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月10日

ほえなが

本日を持ちまして「ほえなが」10周年でございます。
毎日多数のアクセスをいただき感謝しております。
まずはお礼を。

という出だしでなんですが、
ここいらで一区切りにしようかと思います。

なんといいますか、
「吼え魂」みたいなものが、無くなってきました。
世界というのはいろんな面から見ることができるものでして、
勢いと感情にまかせて「吼える!」それがはたして
いいことなのか?
と疑問に思ったり、最近はするのです。
トヨタ・カローラって、
信じられないかもしれませんが、
日本以外の世界中で売られてるクルマの方が
設計新しいんですよ。
本国の方が幅1695を守るために旧型のマイチェンみたいなクルマで、
他のが新設計。
これをね、この事実を、
「どういうことだ!」と吼えることもできるんですが、
逆から考えると、やっぱり日本の交通インフラは
幅1700mm(5ナンバーサイズ)をベースに作られてますから、
私も幅広いクルマいろいろ乗ってますけど、
やっぱ不便なんです普通に。
本国だけそこを「特別に」守ったと考えることもできる。
事実は一つ、
解釈は無限大。
そこに思いがいたると、
ぎゃーっと書くことにためらいが出てきました。
それがまず一つ。

もう一つは、
ここは作文技術鍛錬の場でもあったのですが、
こないだblog引っ越す時に4年ほど前のをチラッと見たのですが、
ほとんどなにも変わってない(笑)
つまり、僕は「手が巧くなる」という方向には、
もうこれ以上興味無いんです。
自分の描きたいことはだいたい描けてて、
これ以上の技術要らない。
(技術が飽和するほど高度だという意味ではなくて、
 あくまで「自分にとって」ですが)
今はだから、手よりも、
目、そして心、
そのへんを鍛えたいというか磨きたいというか、
そんな感じです。

と、いっても、どうせまたなにか
「こんなの買いましたよ!」
なんてことは言いふらしたくなると思いますので、
それは来週から始まります「グレートほえなが」でゴフッ
いいもの・いいことは、
みんなで盛り上げたいですもんね。

いやぁ、それにしても、
つい先日も言いましたが、
10年ぐらいではなにも起きませんねぇ。
一応、(仕事込みですが)これ以上は無理だってぐらい、
「書くこと」にはエネルギー掛けてたんですけど、
なんか何も起きませんでした(笑)
どちらかというと宮本武蔵先生の
「千日の修行を鍛、
 万日の修行を錬という」
の方が真実に近いのかな?
3年ぐらい真剣にやると、
「やろうとすること」はなんとかできるようになります。
でも、それが自他共に認める
「いいもの」に仕上がるためには、
27年ぐらい要るんですよやっぱり(笑)

じゃあ後悔してるかっていいますと
そんなことは全然なくて、
やっぱり書くことそのものが楽しかったですし、
最近では100近くの方がブックマークからお越しで、
そんな事実は大変励みになりました。
本当にありがとうございます。
書くという行為は、
「表す」と「伝える」の両輪で成り立っておりまして、
どちらが欠けてもつまらないものです。
10年続いたのは伝わる相手、
そうあなたが居てくださったからですよ!

最後は3つばかり、僕の好きな言葉で締めを。

「芸術家よ形作れ! 語るな」
  ──ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

「私は負けてばかりいた。
 しかし、逃げなかった」
  ──秋山好古

「サイコガンは心で撃つんや!」
  ──岡部横綱

心で撃たないとね、なにごとも届きません(笑)

そんな感じです。
返す返すもありがとうございました。
楽しかったです!


  「ほえなが」 おしまい

posted by ながたさん at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月09日

それはたぶん劇出身だからです。

コミケでの話ですが、ある方に
「どうしてああいう掛け合いが書けるのですか」
と問われ、咄嗟に気の利いた答えができず
(本質的には口ベタなんです……)
「『パタリロ!』とか好きだから」
とか意味わからん説明をしてしまいましたが、
その後つらつら考え直しますと
結局のところ収斂するのは、
僕が脚本出、
出っていうか今も基本が脚本ですが、
だからだと思います。

劇は、人間の「身体性」が大きく物を言います。
生身の人間が、刻々と進む現実の時間を使って、
現実のあの舞台という狭い空間で、
実物のお客さんを相手にして、
なにかを表現する。
文章は、高度に抽象化ができますので、
この「身体性」のクビキから
「逃れようと思えば」
かなりの部分で逃れることが可能です。
もっと簡単に言うと
好きなことを好きなだけ書ける。
もちろんそれが文章最大の武器であり、
ありきたりなたとえですが、
「ここに美女が居る」
と書いた時に読者がそれぞれの美女を想像して
楽しむことができる、
これが強みです。
しかし常に強みは弱みと表裏一体でして、
なんでも書けるからこそ、
要らないものや、書いてはいけないものまで、
あるいは書くといくら何でも不自然なものまで、
書いてしまう恐れがあります。
劇はその点遥かにシビアでして、
通し練習しますと
「あーここからここまでタルい」
というのが誰の目にも明らかになります。
それが計画されたタルさならいいのですが
(たとえばクライマックス前に一旦落ち着かせる、など)
どう考えてもイケてない場合、
いかにそこに脚本家(や演出家や監督)の
コダワリがあろうとも、
やっぱり切った方が良い。
逆もしかり、
いかにスピードあげていきたくても
「いやそこ書かんとわからん、わからん」
みたいなところはどうしても出てきて、
そこはなんとかうまいこと誤魔化しながら
書きたくもないことも書かねばなりません。
結局それが、お客さんの納得に繋がるはずですから。

俳句のクビキは五七五(と季語)ですが、
ではクビキを外せば豊かに多様性溢れる作品が
次々に生まれるのかと言えば、
決してそうでもない。
本来最も自由であるべきはずの詩が、
(おそらく)どこの文化圏でも音韻や形式を
大事にするのは、
なにかの入れ物、フレーム、クビキが無いと、
逆にモノというものはまとまりを欠く、
という長年の経験かもしれません。
それが、
僕の場合で言いますと、
あくまで人間が身体と実時間を使って動く
演劇的時空間が、
それです。

という感じで、それは、
多分にフィジカル(物理的)な、
そしてテクニカル(技術的)な部分だと思います。
モトクロス出はロードでもタイヤの使い方巧い、
とかそんな感じ。
心理的精神的脳的な面で、
「○○という作品(作家)のスタイルに影響を受けた」
というようなものは、
すくなくとも自覚的にはありません。
ただ、関西圏の子供でしたから、
落語や漫才、喜劇に触れる時間が長くて多いので、
それだ、という言い方はできます。
トーク主体のバラエティ番組と違い、
それらはちゃんと練習してちゃんと組み立てられた
「演劇」の一種です。
だから僕ダウンタウン好きですけど、
「ガキ」とか「HEY!HEY!HEY!」とかあんま興味無くて、
いつも「ごっつ」です。
もちろん優劣などなく、単に趣向の問題ですが。

逆にその枠から外れるような、
高度に抽象化・観念化されたキャラ・お話・テーマを
時空間まで変形させて
「これがセンスオブワンダーだ!」
とばかりに描くのはかなり苦手、
というかハッキリ言ってできません。
しかしそのへんが、
現在のコンテンツのメインストリームであったりなかったり(笑)
いつも「エアイン口溶けチョコレート」を見つめる
干し芋屋みたいな気持ちです。
でもまあ、
干し芋好きもずっと居たはるでしょうし、
私自身もマンゴーを干してみたり
ちょっとは努力して、
なんとかならんかなぁ、
と考えてます。

これ愚痴になっちゃいますけど、
僕けっこう一生懸命干し芋作ってるつもりなんですが、
かなり食えておらず(笑)
そこでね、それが僕の干し芋がマズイから、
だったら全然いいんです。
がんばりますけども、
もし
「いや干し芋では商売にならん。
 貴様もエアインチョコ工場で働け」
だったらイヤだなぁ、と。
それはちゃうやろう、と思います。
だからまあ、なんとなく干し芋屋でも食える方法をですね、
自分で考えて自分で実行するしかない、
のかなぁ、とか。

「偽日記」というコンテンツをお書きの
古谷利裕さんという画家の方が、
http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/
「人間には『宇宙人好き』と『幽霊好き』の2種類が居る」
という仮説を立てておられますが、
その伝で行くと僕は極端に宇宙人好き。
幽霊なんの興味もない。
だって自分でどうにもならないファクターは、
どうにもなんないじゃないですか(笑)
もちろんお好きな方は、
「どうにもならないから面白いんじゃないか」
とおっしゃると思うんですけども。

散漫になっちゃいましたが、
そんな感じです。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月08日

VAIO type P

http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0108/sony.htm

これはやっとかなあかんやろう。
全国の元C1系ユーザー泣いて喜べ、
C1系復活でございます!!
僕は昔C1XF(C1系3代目)を使い倒してまして、
http://www.sony.jp/ProductsPark/Consumer/PCOM/PCG-C1XF/index.html
「ドラグーン」を始め、
最初の同人活動時代の作品はほとんどこれで書きました。
思い入れの多すぎる機体で、
Leaf時代を支えてくれたThinkPad s30とともに、
もう使わないんですけど売れず捨てられず、
今も押し入れにあります。

この細長い機体はことテキスト打ちには
大変便利なんです。
横書きテキストの場合縦の行数はあんまり要らない。
で、このハーフサイズですと、
たとえば喫茶店のテーブル、新幹線のテーブル、
そんなところですこぶる収まりが良い。
しかも今回は軽いですなー。
え、600g台ですか。
最軽量だと600を切る?
VAIO type Gがデビューした時も
「モックかこれは!」
と驚いたぐらいで、
今から店頭で持ち上げて驚く瞬間が楽しみです。
さらには値段も頑張りましたね。
これ、以前なら技術的に気合いも入ってるし、
(凡百のネットブックなどとは
 メカ実装面で技術的な密度=難易度がまったく違います)
最低でも15万ぐらい取ってもいいと思うのですが、
量販店店頭でも79800とかが狙える値段、
これ凄い。
戦略価格ですな。
C1XFは20数万出したよ確か。
それでもウヒウヒだった。

いやぁ、正直、欲しい!

今はわたし、MacBookAirで全部やるフォーメーションで、
それで満足もしてるのですが、
やっぱり1.3kgで23万円のブツを運ぶのは、
多少だけ気合いが要るのです。
夜ファミレスなどへ行く時に、
「(作業)やるかも?やらないかも?」
という時は持っていかない程度には。
これだったらまあずっと突っ込みっぱなしでいけ……

理屈はいいんだ!
物欲なんだよ!

現実問題としてはヒラギノ(フォント)に慣れてしまうと
メイリオにはガマンができないので
Vistaに戻ることは無いと思うのですが、
ハード的にはググッと来ちゃいます。
どうですかジョブズ師匠、SONYにOEMを打診して
MacBook nanoなどというのは……
実際、年賀状の印刷とか、
ファイル送る時に相手Winに決まってるので
文字コードとか怖くて一度Winでチェックしたり、
Mac使いも結構Windowsの出番あるものです。
今はサブに回ったMacBookをBootCampでWin機にして使っているのですが、
これでもいいなぁ……とか。
とかとかとか。
僕だったらオーダーメイドで64GB・SSDかな。
ただ、これすぐWindowsXPモデルとか
追加されそうではある。
とりあえず1/16は店頭おさわり大会だ!

posted by ながたさん at 21:30| デジタル・ガジェット

大阪

「大阪の人そう言いながら大阪を出たがらないですよね」

とは僕のいつもの大阪自虐ネタを聞いて
生粋の東京人であるO君の言葉。
そうなんですよ。
嫌いだけど、出るかというと積極的に出たいとは思わない。
それはなぜかといえば、
「かくあるべし」がなんにもないところ
だからです。
だから逆に言うと、
基本、理念、規範、そういうものがないので、
住んでる者でも(いや住んでる者だからこそ)
「ダメだここは(ここにいる連中は)」
と思っちゃうんですな。
でも、自分もそのダメの一人なのです。
だからダメじゃダメな他の土地へ行くのは、めんどくさくて。

大阪はご存知の通り「人工商業都市」でして、
なんの物理的バックボーンもないのに政治的に
無理に成立させられて都合400年、
その形を人間とエネルギーだけで保ってきた都市です。
だから「笑い」と「メシ」なんですよ。
他なんもない。
最近そのパワーが減少気味、つまり金が無いので、
食いもんが段々ヤバイ。
海産物と野菜がかなり厳しくなってきてて、
モノも落ち気味ならなにより値段が高すぎる。
まそれはもうしょうがないのですが、
この都市にとってなによりだいじなのは
人間のエネルギーであり、
というかそれ一点であり、
それを生み出すのは上述の、
「こうせなあかん」がなんもない
という雰囲気、
「自由」とも「緩さ」ともちょっと違う、
なんというんでしょうね、
寛容?というと言葉がカッコ良すぎますが……
「なんでもええやん」
という感じ、です。
人が人と繋がって生きていかなければならない場所だったので、
お互いに最低限のルールだけ守れば、
あとは自由、という精神が育ったのではないでしょうか。
そこを繋ぐのが割と合理的な
「サービス精神」であり、
僕大阪を「人情」って表現されるとちょっと違う、と
いつも思います。
商人は、他人の誰もがお客予備軍なんです。
そういう扱い。

たとえば、
大阪の運転は荒いですが慣れると怖くはないですよ。
「入れろー!」とウインカーを出す。
要するにぶつけなきゃエエんやと。
よその土地運転してヤバイと思うのは
いきなり寄ってくるヤツいるでしょう。
あれは無いですよ。あくまで比較的に、ですけど。
怖いですよねそっちの方が。
大阪人は、
線引きの基準が低いというか、
「それ以下はさすがにマズイ」
というギリッギリいっぱいに引いてある。
ノーパンしゃぶしゃぶを開発して誰かに迷惑を掛けますか?
じゃいいじゃないですか。
カニの看板が動いて誰かに迷惑を掛けますか?
じゃいいじゃないですか。

大阪が今調子がイマイチなのは、
この「なんでもええやん」精神を忘れ気味なところにある、
んじゃないかなぁ、と思いますよ。
なんかもー全部プチ東京みたいなね、
設計するでしょ?
それがダメなんですって。
また神戸と京都という
「かくあるべし」が非常に強力でスマートな都市が
近くにあってねぇ。
片やオシャレ世界の窓口片や歴史と伝統。
それだけで人が寄ってくる。
そんなところを真似してね、
京都なんざ世界に冠たる1000年首都ですよ?
そんなとこ相手にして
「これがありますからウチは魅力的です」
なんて無理です。
逆になんもないのを売りにせねば。
意外に「なんもないけど街だから便利」というのは
住みよいものでしてね。
アムステルダムをご覧なさい。
あそこもなんもないけど、
「存在する」だけならパリよりもロンドンよりも
居心地がいい。
だから世界中のヒッピーがアシカの広場で寝転がったんです。
あれですよあれ。
ついこないだまで大阪市はゴミも無分別でして、
高性能な炉を建てて全て焼き払え
という合理精神に基づいて
住民も楽させてもらってたんですが、
いつのまにかあの無意味極まる分別を真似しだしましたな。
あれが良くないんですよあれが。
「ウチらもやっとかなカッコ悪いかなぁ……」
違う違う。
我が都市のゴミ処理システムは無分別で戦えんねやと。
そんな住民に負担強いるような
そんなヤスモンの行政やおまへんでと。
ゴミ捨てがめんどくさかったら大阪へ来なはれと。
そう行かな。

なんかね、ここ最近聞こえてくる話がね、
その、他人様の真似か、聞いたことある話か、
で、うんざりしてるんです。
大阪には大阪の魅力、先ほど言いましたように
「人として最低限のルールを守っていれば
 あとは裸で御堂筋走ってもOK」
というね、
「あなたはあなた、わたしはわたし」
「生活は爆発だ」
大阪のおばちゃん達の振り込め詐欺被害全国シェアはわずか1%、
この合理精神、
この独特の「生きやすさ」、
これを売りにする方が、
いいんじゃないかなぁ、と思います。
たぶん、どこの出身の人でも、
そういう都市、なんといいますか
いい意味でほったらかしてくれる街、
それを好む人は意外に多いと思います。
むしろそう、
生粋の京都人が
「なんかもう肩の辺り重くて……」と、
生粋の神戸人が
「毎日オシャレに気遣うのしんどい……」と、
そして生粋の奈良人が
「たまには鹿のエサやりをさぼりたい」と、
なんにもない、つまり、
なにもしなくていい、
大阪に2、3日滞在したくなると。
異常に人なつこいおばちゃんが一人でしゃべりまくるお店で、
粉とクズ野菜と肉気の切れ端を混ぜて
ド素人が焼いただけの料理とも言えない料理
通称お好み焼きを食べてですね、
「あぁこんでええねや……」
と精神の自由を取り戻してもらう。
TVではヴェテラン芸人さん達が
20年前と同じギャグを今日もやっている。
「あぁ、あれで大丈夫なんや……」
人間なんて、そんなもんだと思い出してもらう。
そんな街が、
いいんじゃないですかね。

不得意の整理は得意磨きの後でもいいと思う。
というかそうしないと、
「芽」すら摘んでしまう、と思います。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月07日

ヒートテック

わたしゃね。
「下着は木綿100白一択!
 それ以外は認めませんよ!認めません!」
という頑固親いやお兄さんだったんです。
そういう頑固者を言葉で説得するのは不可能で、
現物をぶち当てるか現実を見せつけるかしかない。

鉄心さんのお宅にお邪魔しましたところ、
朝、彼が長袖肌着姿でゴロゴロするんですよ。
いかに剣道で鍛え抜いた不死身の身体と言っても
冬の岐阜の山の上の朝は寒い。
「それはなんだ」と問う暇もなく彼吼える、
「これが『ヒートテック』さ!」
そう宇宙最強の化学企業の一つ、
この会社が潰れると飛行機が飛ばなくなる会社
東レ開発の新素材、
それを売るなら俺達に任せろな社名その名もファーストリテイリング、
ブランド名ユニクロが下着に仕立てたブツ。

http://store.uniqlo.com/jp/store/feature/heattech/

信頼できる親友が心酔してる様ほど
心動かされるものはなく、それを見た瞬間
「明後日の有明にはこれを導入するしかない!」
と帰り天王寺のあの狭い店舗で人波に揉まれながら買いました。
ホントは下が欲しかったんですが下ちょうど品切れにて
長袖の上だけ。
早速翌日着込んで東京へGOですよ。

これがあなた。
すごい。
「暖かい」ていうのとはちょっと違って、
「寒くない」かな。
こういう機能性下着を見てイメージしますのは、
もうなんかとにかく暖かくて、だから暖かい場所にいると
汗掻いちゃうようなものでしょう?
違うんです。
そんなこと全然無いんです。
そのくせ、
「……あれ、このシチュエーションはひょっとしたら
 寒いはずなのに寒くない?」
たとえばホテルの部屋。
って、適温に自分でエアコンで調節してくれ、
と基準温度は低めですよね。
肌寒いぐらい。
これあなた真夜中エアコン切って
下着のまま上半身布団から出してボケーッとしてても
ぜんぜん寒くない。
翌日本番は幸いにも気温が比較的高かったのですが、
僕がその時着てった服はスーパーで買った安物でして、
裾が開き気味でここから寒風入って寒いんです。
いつもは。
それがあなたヒートテック様のおかげで
寒さ知らずですよ。
しかもね、
機能性素材と言えば真っ先に思い浮かべるのは
ゴアテックス、あんな感じで、
化学繊維化学繊維あるいはゴワゴワ、してるかっていうと
まるっきりぜんぜんそうではなく、
柔らかく優しい肌触り。
人類が大昔のインドからつきあってきた
天然素材・木綿よりも遥かに!
むしろ温度管理を別にして、
この肌触りだけを欲するために
ヒートテック・インナーを着ける、
そんな選択肢もありだと思うほどです。
もちろん先ほども言いましたが汗で蒸れるということもなく、
いや、意味わからないです。
どういう仕掛けなのか(笑)
これは本当に、東レの魔法だと思います。
2008年の最後に、
ダイソン様がご光臨なされたのと
同じぐらいのサイエンス・ショックが
私を襲いました。
科学は日々僕らの生活を豊かにしていますよ!!
来年はこれを使った室内履きなんかも
ラインナップしていただきたいかなぁ。

ということで寒さに弱い方、
ヒートテックにチャレンジしてみられては?
posted by ながたさん at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月06日

本「かくれ里」 白洲正子



本を読んでなにがいいかと言って
「その気にさせられる」
ことほどお得な気分に浸れることはありません。
本書はその一つ。
主に畿内を中心とした静かなしかし歴史ある
「かくれ里」を巡る紀行文ですが、
読むうちに「行きたい」「見たい」果ては
そこに居るような気分になれます。
なにがあって綺麗だとか、
なにを食べておいしいとか、
そういう情報は少ないですが、
それを補ってあまりある人々の生活、習慣、
そして歴史がなによりの御馳走。
読後それぞれのかくれ里が
まるでなじみのふる里のように思えてきます。

近畿圏で育ちますと、
「一歩踏み込めばそこは歴史」
という感触を、子どもの頃から叩き込まれます。
まず小学校の耐寒遠足が明日香村だったりしてね。
公私問わず始終神社仏閣に連れて行かれては
でかい仏様を拝み鳥居をくぐり、
長じてクルマに乗れるようになりますと
あのあまり高くもない周りの山々が、
実はそれぞれ歴史とそれを護る人々を
抱えているという事実を思い知ります。
高野山なんてホント秘境でねぇ。
クルマで登りますと「ナビ間違ってんじゃないか」という
細道が延々続きまして、
いきなりパーッとあの天地が広がります。
花の吉野に参りますと、
赤絨毯カップ酒で酔っぱらうオッサンの真横から、
楠公がぬっと現れそうです。

それは一面誇りであり豊かさであるのですが、
重く鬱陶しいのも事実でして、
札幌のような新しい街に行きますと
訳のわかっている明治からこっちの、
なんというか「話のできる人間」しか居ない気がして、
なんかもう心が青空になります。
漱石が京都をボロカスに書いてる文章がありますが、
あの気持ちは我々ご当地者でもわからんでもない。
神サンとか仏サンとか
にゅっと出てこられたら、
私ら人間は手も足も出ない。
いくら「人間とは」を組み立てようと努力しても、
町屋の奥から平のなんとか(の御霊)がニッと笑うわけです。
努力の甲斐がない。

しかし、それもこれも含めて
人間というのは大きな流れの一部でして、
それはどの街に棲んで居ても結局は同じ。
まあ、しょうがないかな、と諦めて
そういうモロモロをお慰めしつつ
仲良くやっていく他ありませんな。

「神は死んだ」とニーチェは言いましたが、
奈良の奥山、ダム湖のほとりで
一人寝袋にくるまっておりますと、
到底そんな気にはなれません。
神も仏も精霊も妖精も妖怪も猫娘もいますよ。
いますよというか、
彼らは人間なんです。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2009年01月05日

ナイスママさんパス

昨日の雇用についで今日は少子化対策。
くだらないアイデアなんですが聞いてくれますか。

要は減らなければいいわけで、
ママさんに「3人」産んでもらいたいわけですよね。
2人では現状維持なので、事故病気などのリスク考えると。
でも、ご夫婦の視点からすると、
3人目はやっぱ心理障壁大きいんですな。
2人目はまだ兄弟姉妹がいるといいね、
ってことになるんですけど。
だとすると、これを取り除けばいい。
だもんで、3人目を産んだママさんに
「ナイスママさんパス」を差し上げて、
一生涯一部公共サービスをタダにする。
これで。
公共交通機関タダ、住民票や印鑑証明取りに行ってもタダ、
免許の更新もタダ。
医療と教育を絡めるとちょっと生臭いので、
そのへん線引きは難しいですが、
まあ、「あっ、持っててよかった」というシーンが、
日常にぽつ・ぽつとある感じで。
ポイントは「3人目」っていうところで、
これ0と1の間に引くのは絶対だめ。
あくまで
「2人いけるんでしたら3人目いきましょうよ、ね!」
というのがコンセプトです。
また、4、5と増やしてもメリットはないので、
そこはどうぞご自由にと。
もう一点は「本人のみ」ってところです。
これ家族対象にすると社会プレッシャーが掛かってよろしくない。
配偶者だろうと家族だろうと、
他人の損得になんて人間なんの興味もないので、
本人だけがちょっぴり得をすると聞いても、
「あ、そ」てなもんです。
まあできますれば、
がんばった・てるママさんの証として、
民間企業にもご協力願って、
パス見せればマクドのポテトが30円安いとかね。
ちょっとしたことでいいんです。
今の話要するに
「負担を少なくする」とか
「家族にお金を」とか
「子供達に豊かな環境を」とか
そんな話ばっかりで、
肝心要のお母さんにメリットが薄い。
まずこの人、この当事者ナンバーワンにですね、
「ああ、あのパス欲しいな〜」
と思ってもらう、そういうところからいきましょう。

私長男なんですけどね。
家制度が崩壊して、
ま個人の自由が増えたのはいいんですけど、
人の世ってそんな簡単なものじゃないですから、
やっぱり長男には責任あるんです。
義務も多い。
なのに、なんのメリットもない。
(少なくとも法律上は)
これがね、世の長男長女がクサクサするとこなんです。
俺・法事、弟・デート、
財産分ける時半分こ。
アホかと。
これは公平とは言わんでしょうこれは。
そういう社会のしきたりがあることは否定できませんし、
またする必要もないですし、
いいこともありますけど、
コスト掛かってるのは現実なんですから、
コスト分のリターンをよこせと。

それが子供に関しても同じ事で、
やっぱり昔はお母さんは、
子ができなければ白い目で見られたり、
そうでなくても姑さんにイビられたり、
したでしょうけども最終的には最高権力者
「家刀自」
に出世して全権をふるうわけです。
東は知らんが関ヶ原からこっちはそうだ(笑)
やっぱりその、子供つくっただけの
強大なメリットがあった。
今そんなもん無くなってて、
でも子供は作ってください可愛いでしょ?
ってそんな都合のいい話ありますか。

要はカタチなんです。
そんなべらぼうなメリットでなくていい。
ちょっとした、目に見える形で、
「あなたは頑張ってくれてます」
という感謝の印をですね、
お母さん達「本人に」与えてあげた方がいいんじゃないかなあ、と。
今ないんで。
産休が取れなかろうと保育園が足りなかろうと
医療が教育が日本の行く末が不安だろうと
地球が温暖化しようと、
「そんなの関係ない! 子供欲しい!」
と「おかあさん(予備軍)が」思うような
「具体的な」なにかが、
必要なんじゃないかなあ。

あ、ちなみに思い切って3人目をつくったお母さんからは
「3人目は可愛い!」
とよく聞きます。
2回やって手慣れてるので負担感が小さいのと、
上の子達への影響も大きいのと、
やっぱり5人以上の家族になると
相当賑やかになるからのようです。
3人以上のきょうだいで育った人は
3人以上つくるのにも割と抵抗がなくて、
やっぱり結構いいものなんですよ、きっと。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月04日

ヒトもJIT

年末の雇用不安についてニュース見てて思ったんですけど。
短期的な手当はそれぞれのケースについて
必要だと思いますが、
これは長期的に見ると、二つ問題が明らかで、
一つは人もジャスト・イン・タイム、
モノやカネが極力在庫持たずにその場その場で
必要な分だけ手にするのが最高効率だ、
と今んとこ一応信じられてるわけで、(結果も出てるし)
となれば当然、
「取り替えの利く部分」の人材も
カンバン方式で欲しい時に欲しいだけ手にしろ、
となりますよね。
日本だけでなく世界的に。
これは好不況の波を雇用がモロに被ってしまうということで、
だって去年の春は就職戦線など
超・売り手市場で採用担当の友人がボヤいてましたもん。
学生がたいしたことねーくせにえらそー(意訳
って。それが半年で内定取り消しですからねぇ。
極端から極端ですよね。
これどっかでバッファすべきなのか、
それともそれはしないで、
労働力も流動するのが当然という形で社会を作り替えていくか。
労働者の権利を強くしすぎると、
これまたフランスのように若いのが雇ってもらえない
(雇うことそのものが大きなリスクになる)
ので話が難しい。
どっちにしろ、こっちの流れだ、
つまり労働力流動性が大きくなる一方だ、
というのは当面変わりようもないので、
それを前提にした議論をせねばなりませんな。
流動させない方向だと自然の流れに反するので、
相当なコスト覚悟しないといけませんし、
ほったらかすと、今問題になってるような
ことになっちゃうわけで。
難しいですね雇用はね。
ピラミッドも、
あれは農閑期に農繁期の富をタイムシフトさせる
公共投資だったんじゃないかという説があって、
その頃から為政者は雇用問題に
頭を痛め続けているのです。

あともう一つは、要するに、
「仕事が減ってる」
ってことがありますよね。
作業の効率化がITや技術革新の力で進む一方で、
「力尽くで人間が必要だった」
って部分からどんどん人力が排除されてます。
もちろんこれからもそうでしょう。
変わってじゃあそうでない部分に
仕事が創出できてるかといえば、
これまた難しい。
むしろ世界全体で、
特に力尽く部分を外部にアウトソースできる先進各国では、
「仕事は減る一方」
という前提で議論を進めた方がいいように思います。
それは一面考えれば
「みんな遊んで暮らせるニコニコ社会」
への道のりかもしれません。
ただ、単純なワークシェア方向っていうのは
たぶん無理で、
今でもそうですがその方向にすると
優秀な人材に負担が過剰になり続けるだけで、
なんにもいいことない。
残業するなといえば持ち帰るだけでね。
どっちにしても今現在の、
システムの重要部分を触ってる人間に
異常な富が集中してしかし使えないほど労働疲弊してて、
それ以外の人は
仕事もなければ金もないただ暇はある、
というのをこう、
なんとかせなあきませんなぁ。
その時、繰り返しですが、
「仕事は減ってく」
ことを前提に話進めないと。
公共投資が、以前ほど効かなくなってるのはたぶんここで、
やっぱり建設業もどんどん効率化進んでますから、
同じ金額突っ込んで頭割りする人の数が減って、かつ、
偏ってる、んだと思います。
で、人足寄せ場のおっちゃんに相変わらず仕事なくて、
ゼネコンの株主に目を剥くような配当が出る。

そうそう、株と言えば、
円高もデフレも要するに
「今お金持ってて遊んでる人」
という層にとってありがたいことなんですよね。
でもってこれが団塊の世代がリタイア直後で、
相当数いるんだこれ。
退職金と、まだ機能してる年金と、
金利高かった頃から塩漬けしてある貯金・保険、
そして苦労して買った不動産を握りしめ。
もちろんそんなこと今口に出すと反発喰らいますから
黙って、
韓国に買い物行くわけですなぁ。
この人達にね、
お金使わせる施策、
もちろん巻き上げたりしちゃダメですよ、
喜んで使っちゃうような方策、
これを考えねばなりませんな。
ある人が
「勲章を金で売れ」と。
金の次に欲しいものは名誉ですからな。
それもマジでアリだと思います。
あるいは公立保育園の一口オーナーみたいなので、
お金出すと園児が出張してきてくれて
触れあいタイムとかね(笑)
こないださ、
NHKでやってたんですけど、
カンボジアに井戸掘るとその井戸に名前つけてもらえるんですって!
嬉しそうに初老の男性が
住民達の拍手と感謝の視線を浴びてましたよ。
それなにもカンボジアでやる必要ないですよね。
いややってもいいんですけど。
この児童公園補修に1000万掛かる、
俺が出した、
10年間「ながた公園」
とかそんなん全然アリやと思いますけどねぇ。

大変だ大変だと言ってるだけでは
何にも解決しません。
お金を回す具体策を検討しましょう。
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2009年01月03日

たくさん働くべし

年末の話ですが、
鉄心さんのゼミ忘年会におよばれしました。
彼は今年で大学を移るので、岐阜では最後になります。
もう立派な社会人のゼミ一期生までもが勢揃い。
生徒達は杯と日本酒入れをプレゼントとして贈る。
箱にはマジックで「生涯石渡研」の文字。
それに並々といいお酒を注いでは鉄心さんに飲み干させる。
期ごとに次々に。
そして記念撮影。
それが延々と。
僕も少しだけお相伴。
いい光景でした。

自分より若い人が自分を慕ってくれる、
「せんせせんせ」
とキラキラした目で見てくれる、
それも一人二人ではなくたくさんの人が。
人間、「認められている」ということほど
生きる力が湧いてくるものはありません。
そういう経験はなかなか他の職業でできることではなく、
先生という職業は、
「基本的にいい商売」
だと思います。
まあその分制限が厳しくて義務も重いかもしれませんが、
それはどこの職業でも上の方になってくれば同じで、
例えばエエカゲンな商売と言えば
噺家さんなんかそうだと思うのですが
米朝師匠クラスになるとわずかなミスも許されない。
辛いの同じなら素敵なことのおっきい方がいいよねぇ。

お医者さんもそうですが、
「これは辛そう」というのを
社会全体で避ける傾向があります。
でも、辛い裏にはたいてい辛いだけの意味があって、
意味が大きい場合、やっぱりリターンも大きい。
コストを掛けねば、リスクを負わねば、
基本的にでかいリターンなんか無いんです。
そんなうまい話はない。
あったらみんなやってる。
しんどい先にあることを、
できるだけしんどくなくやろうとする、
というのはいいと思うのですが、
しんどい先にあるからと回避してしまうと、
なにも起きない……
と、思います。
たくさん働くからたくさん手に入る。
人間がサルだった頃から当たり前の事実のはずなのに、
そうではなくなってる、ように見える、
のが昨今の問題点ですな。
実はそうではなくて、
今もちゃんと、
たくさん働く(動く)と、
たくさん手に入るんですよ。

その「あたりまえ」がちゃんと成立し、
また信じられている教室でのお鍋は、
3時過ぎまで続きました。
僕は途中で寝ました。

翌日は「更科」へ。
もうしばらく来る機会も無いかと思うと
名物冷やしたぬきの「ダブルで2・2」
を頼んでしまいました。
つまりそばも揚げ玉も油揚げも全部2倍。
あっぷあっぷ。
丁寧に作られたジャンクフードほど胸焼けのするものはありません。

最後に一句、梶井基次郎先生風に。

『更科』の揚げ玉には麻薬が入ってゐる!

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2009年01月02日

本「ザ・チョイス」 エリヤフ・ゴールドラット



「頭がいい」というのはこういう人のことを……
と、最近頭のいい人の本ばっかり読んでます。
ラッセル先生に引き続き
「ほら、簡単でしょ?」
という感じでゴリゴリと話が進められていき、
所々で実例レポートが挟まれては頷かされ、
また先生のペースに巻き込まれていく……
まるで実際にこれ系のセミナーへ行ったかのようです。
私会社員時代に企画屋だったものですから
こういう系のセミナーにも行かせてもらった、
というか行かさせられた、というか、
で、懐かしい感じもしました。
ああいうのって、マジピンチでもない限り、
(そしてマジピンチの時は大抵組織が麻痺してるので
 解決しようという一歩すら働かないことが多い)
企業の方としても本気で勉強しようというわけでもなく、
いわばアリバイ作りの面も大きいのですが、
しかしことあるごとに社内に
そういうセミナー受けたことある人間を揃えておくと、
自前で
「ああそういえばこういう時はこうすればよかったような……」
という提案も出てきたりするものです。
それが大事。
大企業が、業績が悪くても粘るのは
各現場にそういう部隊長みたいなのが居て、粘るからですな。
特に日本の組織は伝統的に
下士官・下級将校クラスを現場で鍛えて育てるのが上手く
だから戦闘はいいのよ戦闘は。
戦術>戦略となるに従ってどんどんダメになっていき、
つまり昨今の学力低下でみんな真っ青になってるのは
ただでさえ肝心要の戦略がヘボいのに
(「無戦略こそが最高の戦略である」
 という伝統があるという説もなくはない)
得意の戦闘まであかんようになったら
ホンマにどうしようもないやんか、
という点です。
僕個人的にはやっぱりどう考えても日本人に向いてるのは
白刃突撃なので、
無敵戦闘員つまりサムライ&ニンジャを
ズラッと揃えて戦争は絶対にしない、
なぜなら勝てないから、
これに限ると思います。
それはいいのですが、
要するに外部のコンサルタントさんとかが来ていいのは、
中に居るといわゆる「メタ」な解決策なんかが
ぜんっぜん思い浮かばず、
それできわめて簡単な解決策を見逃したりしてることです。
この本でも例示されてるのですが
パン工場のね、売上げを飛躍的に伸ばしたいと。
散々細かいとこ弄って、昨今お決まりの
道路を倉庫に使う在庫減らしの頻繁なオペレーションとか
やり尽くして、
さらにもっと無いかもっと無いかとやって、
最後に出た結論なんだと思います?
「日に2回しか動かしてない配送トラック使って
 運送業始める」
はあ!?
って感じですが、まあ、しかし、
真理。
これパン屋の視点では絶対に出ません。
プライドあるからね、なんちゅーてもね。
カネ儲かりゃええってもんじゃないからね。
だいじなのはそのアイデアを採用するしないではなくて、
「こういう考え方もありますよ」
と頭ん中をシャッフルすることです。
人の悩みやとね、
人間簡単に言い切っちゃうよね(笑)
「別れちゃいなさいそんな男とは!」とかね。
でも、それが真理なんですよね。
みんな薄々はわかってるんですよ、
真理というのは極端に簡単なことだと。
要は誰かに、
あるいは何かに、
背中を押してもらいたいのです。
みのさんでもいいし細木さんでもいいしイワシの頭でもいいし、
この本でもいい。
だからどうしてもこれ系の人は
自らを大きく見せてカリスマ性を増し、
「押す力」を大きくしようとします。
そこが構造矛盾で、そうすればするほど、
いざ押された時の力は強くなるけど、
取っつきにくくなって、
押されたいなと思う人を減らしてしまう。
その点博士はまだまだ正直者。
ブラジルでセミナーぶつぞと下準備したら
ものすごい申し込みが殺到しそうで、
このままではコンサルタントの数が圧倒的に足りなくなると。
これは我が社のピンチだ、全社会議だ!
と世界中から人集めたら
実はそれほど申し込みなくって、トラタヌだったと。
「やっべーどーしよーみんな来てもらったのにー」
と自ら頭を抱えながら、
「いや待て真理は簡単なはずだー」
と思い直してなんか適当な議題をでっち上げる。
そんなような模様がちゃんと描かれてたりして、
まあ、ビジネスの真理というのは奥深く、
いつまで行っても尽きないものです。
そう博士が口を酸っぱくして言うように、
科学と、同じ。

父と娘の会話形式で書かれているので
ちょっと要点の読み取りがしにくいですが、
内容自体はよくわかるように噛み砕いて書かれています。
おもしろい本です。
読む時間もそんなに掛かりません。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2009年01月01日

2009今年の抱負

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。

毎年年頭に抱負を述べたりするのですが、
15秒後には忘れてますよね。
いいんですそれでも。
抱負を考える、これが大事。

私は今年は
「どんどん作っていこう!」
と思います〜。
やっぱりなんだかんだと言いつつも、
作ってる瞬間が一番楽しいですね。
だとしたら一番楽しいことを一番たくさんやるのが
よかろうと。
またどうぞおつきあいくださいませ。

あとはあんまりこだわらず。
年末から「かくあるべし」みたいなところは
ほとんど要らんのとちゃうやろか、
と思ってます。
どのやり方、どのあり方にも
それはそれなりの意味があり、
「進化」論などと言いますが
ゾウリムシだって今日も元気に生きている。
この「元気に生きている」というのがなにより大切で、
ヒトになるかカブトムシになるかというのは
まあその次の次かなぁ、と思ったり。
「こんなクルマが欲しいんだよ!
 メーカーは金の効率化ばっかりで
 金にならないけど欲しがる人は絶対居る
 クルマを作ってくれない!」
などとエラソーにいつも言ってますが、
我が身振り返ってみれば自分も全く同じことをやってまして、
やっぱり
「これぐらいの効率以下のことはやりたくないなぁ」
と、仕事でも生活でも思ってしまいます。
そのへんできれば無くして、
高校生かあるいは小学生かのように、
「あいつアホや!w」
と言われるような、そういうの度外視で
「俺これ好きやからやりたいねん」
みたいなところをですね、
どんどん行きたい。
だからホンダもアコードに3.5を載せて
ユーロRにせよ。

去年の冬の同人誌の話しましたっけ?
365個エエ話エエ言葉集めてきて、
一番人気が
「オリゴ糖 浜村淳です」
だった話。
そう、人はさ、エエ話とかエエ言葉なんて
聞きたいわけじゃなくて、
「そいつからしか聞けない話」
を聞きたいんですよね。
あれは勉強になりました。

結局、結果的に、
そういうものが価値になり、
それがお金とか評判とかモロモロを生む、
つまり効率を稼いでくれるわけで、
コースは逆じゃないんですよね。
人間は簡単にこれを間違えます。
なぜかはわかりませんけども。

そんな感じで、
「チクショウあいつ楽しそうだなオイ!」
と思われる姿を自分でもめざしたい、です。
皆様にとってもいい年であることを
祈念いたしております。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき