2009年01月19日

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posted by ながたさん at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月10日

ほえなが

本日を持ちまして「ほえなが」10周年でございます。
毎日多数のアクセスをいただき感謝しております。
まずはお礼を。

という出だしでなんですが、
ここいらで一区切りにしようかと思います。

なんといいますか、
「吼え魂」みたいなものが、無くなってきました。
世界というのはいろんな面から見ることができるものでして、
勢いと感情にまかせて「吼える!」それがはたして
いいことなのか?
と疑問に思ったり、最近はするのです。
トヨタ・カローラって、
信じられないかもしれませんが、
日本以外の世界中で売られてるクルマの方が
設計新しいんですよ。
本国の方が幅1695を守るために旧型のマイチェンみたいなクルマで、
他のが新設計。
これをね、この事実を、
「どういうことだ!」と吼えることもできるんですが、
逆から考えると、やっぱり日本の交通インフラは
幅1700mm(5ナンバーサイズ)をベースに作られてますから、
私も幅広いクルマいろいろ乗ってますけど、
やっぱ不便なんです普通に。
本国だけそこを「特別に」守ったと考えることもできる。
事実は一つ、
解釈は無限大。
そこに思いがいたると、
ぎゃーっと書くことにためらいが出てきました。
それがまず一つ。

もう一つは、
ここは作文技術鍛錬の場でもあったのですが、
こないだblog引っ越す時に4年ほど前のをチラッと見たのですが、
ほとんどなにも変わってない(笑)
つまり、僕は「手が巧くなる」という方向には、
もうこれ以上興味無いんです。
自分の描きたいことはだいたい描けてて、
これ以上の技術要らない。
(技術が飽和するほど高度だという意味ではなくて、
 あくまで「自分にとって」ですが)
今はだから、手よりも、
目、そして心、
そのへんを鍛えたいというか磨きたいというか、
そんな感じです。

と、いっても、どうせまたなにか
「こんなの買いましたよ!」
なんてことは言いふらしたくなると思いますので、
それは来週から始まります「グレートほえなが」でゴフッ
いいもの・いいことは、
みんなで盛り上げたいですもんね。

いやぁ、それにしても、
つい先日も言いましたが、
10年ぐらいではなにも起きませんねぇ。
一応、(仕事込みですが)これ以上は無理だってぐらい、
「書くこと」にはエネルギー掛けてたんですけど、
なんか何も起きませんでした(笑)
どちらかというと宮本武蔵先生の
「千日の修行を鍛、
 万日の修行を錬という」
の方が真実に近いのかな?
3年ぐらい真剣にやると、
「やろうとすること」はなんとかできるようになります。
でも、それが自他共に認める
「いいもの」に仕上がるためには、
27年ぐらい要るんですよやっぱり(笑)

じゃあ後悔してるかっていいますと
そんなことは全然なくて、
やっぱり書くことそのものが楽しかったですし、
最近では100近くの方がブックマークからお越しで、
そんな事実は大変励みになりました。
本当にありがとうございます。
書くという行為は、
「表す」と「伝える」の両輪で成り立っておりまして、
どちらが欠けてもつまらないものです。
10年続いたのは伝わる相手、
そうあなたが居てくださったからですよ!

最後は3つばかり、僕の好きな言葉で締めを。

「芸術家よ形作れ! 語るな」
  ──ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

「私は負けてばかりいた。
 しかし、逃げなかった」
  ──秋山好古

「サイコガンは心で撃つんや!」
  ──岡部横綱

心で撃たないとね、なにごとも届きません(笑)

そんな感じです。
返す返すもありがとうございました。
楽しかったです!


  「ほえなが」 おしまい

posted by ながたさん at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月09日

それはたぶん劇出身だからです。

コミケでの話ですが、ある方に
「どうしてああいう掛け合いが書けるのですか」
と問われ、咄嗟に気の利いた答えができず
(本質的には口ベタなんです……)
「『パタリロ!』とか好きだから」
とか意味わからん説明をしてしまいましたが、
その後つらつら考え直しますと
結局のところ収斂するのは、
僕が脚本出、
出っていうか今も基本が脚本ですが、
だからだと思います。

劇は、人間の「身体性」が大きく物を言います。
生身の人間が、刻々と進む現実の時間を使って、
現実のあの舞台という狭い空間で、
実物のお客さんを相手にして、
なにかを表現する。
文章は、高度に抽象化ができますので、
この「身体性」のクビキから
「逃れようと思えば」
かなりの部分で逃れることが可能です。
もっと簡単に言うと
好きなことを好きなだけ書ける。
もちろんそれが文章最大の武器であり、
ありきたりなたとえですが、
「ここに美女が居る」
と書いた時に読者がそれぞれの美女を想像して
楽しむことができる、
これが強みです。
しかし常に強みは弱みと表裏一体でして、
なんでも書けるからこそ、
要らないものや、書いてはいけないものまで、
あるいは書くといくら何でも不自然なものまで、
書いてしまう恐れがあります。
劇はその点遥かにシビアでして、
通し練習しますと
「あーここからここまでタルい」
というのが誰の目にも明らかになります。
それが計画されたタルさならいいのですが
(たとえばクライマックス前に一旦落ち着かせる、など)
どう考えてもイケてない場合、
いかにそこに脚本家(や演出家や監督)の
コダワリがあろうとも、
やっぱり切った方が良い。
逆もしかり、
いかにスピードあげていきたくても
「いやそこ書かんとわからん、わからん」
みたいなところはどうしても出てきて、
そこはなんとかうまいこと誤魔化しながら
書きたくもないことも書かねばなりません。
結局それが、お客さんの納得に繋がるはずですから。

俳句のクビキは五七五(と季語)ですが、
ではクビキを外せば豊かに多様性溢れる作品が
次々に生まれるのかと言えば、
決してそうでもない。
本来最も自由であるべきはずの詩が、
(おそらく)どこの文化圏でも音韻や形式を
大事にするのは、
なにかの入れ物、フレーム、クビキが無いと、
逆にモノというものはまとまりを欠く、
という長年の経験かもしれません。
それが、
僕の場合で言いますと、
あくまで人間が身体と実時間を使って動く
演劇的時空間が、
それです。

という感じで、それは、
多分にフィジカル(物理的)な、
そしてテクニカル(技術的)な部分だと思います。
モトクロス出はロードでもタイヤの使い方巧い、
とかそんな感じ。
心理的精神的脳的な面で、
「○○という作品(作家)のスタイルに影響を受けた」
というようなものは、
すくなくとも自覚的にはありません。
ただ、関西圏の子供でしたから、
落語や漫才、喜劇に触れる時間が長くて多いので、
それだ、という言い方はできます。
トーク主体のバラエティ番組と違い、
それらはちゃんと練習してちゃんと組み立てられた
「演劇」の一種です。
だから僕ダウンタウン好きですけど、
「ガキ」とか「HEY!HEY!HEY!」とかあんま興味無くて、
いつも「ごっつ」です。
もちろん優劣などなく、単に趣向の問題ですが。

逆にその枠から外れるような、
高度に抽象化・観念化されたキャラ・お話・テーマを
時空間まで変形させて
「これがセンスオブワンダーだ!」
とばかりに描くのはかなり苦手、
というかハッキリ言ってできません。
しかしそのへんが、
現在のコンテンツのメインストリームであったりなかったり(笑)
いつも「エアイン口溶けチョコレート」を見つめる
干し芋屋みたいな気持ちです。
でもまあ、
干し芋好きもずっと居たはるでしょうし、
私自身もマンゴーを干してみたり
ちょっとは努力して、
なんとかならんかなぁ、
と考えてます。

これ愚痴になっちゃいますけど、
僕けっこう一生懸命干し芋作ってるつもりなんですが、
かなり食えておらず(笑)
そこでね、それが僕の干し芋がマズイから、
だったら全然いいんです。
がんばりますけども、
もし
「いや干し芋では商売にならん。
 貴様もエアインチョコ工場で働け」
だったらイヤだなぁ、と。
それはちゃうやろう、と思います。
だからまあ、なんとなく干し芋屋でも食える方法をですね、
自分で考えて自分で実行するしかない、
のかなぁ、とか。

「偽日記」というコンテンツをお書きの
古谷利裕さんという画家の方が、
http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/
「人間には『宇宙人好き』と『幽霊好き』の2種類が居る」
という仮説を立てておられますが、
その伝で行くと僕は極端に宇宙人好き。
幽霊なんの興味もない。
だって自分でどうにもならないファクターは、
どうにもなんないじゃないですか(笑)
もちろんお好きな方は、
「どうにもならないから面白いんじゃないか」
とおっしゃると思うんですけども。

散漫になっちゃいましたが、
そんな感じです。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月08日

大阪

「大阪の人そう言いながら大阪を出たがらないですよね」

とは僕のいつもの大阪自虐ネタを聞いて
生粋の東京人であるO君の言葉。
そうなんですよ。
嫌いだけど、出るかというと積極的に出たいとは思わない。
それはなぜかといえば、
「かくあるべし」がなんにもないところ
だからです。
だから逆に言うと、
基本、理念、規範、そういうものがないので、
住んでる者でも(いや住んでる者だからこそ)
「ダメだここは(ここにいる連中は)」
と思っちゃうんですな。
でも、自分もそのダメの一人なのです。
だからダメじゃダメな他の土地へ行くのは、めんどくさくて。

大阪はご存知の通り「人工商業都市」でして、
なんの物理的バックボーンもないのに政治的に
無理に成立させられて都合400年、
その形を人間とエネルギーだけで保ってきた都市です。
だから「笑い」と「メシ」なんですよ。
他なんもない。
最近そのパワーが減少気味、つまり金が無いので、
食いもんが段々ヤバイ。
海産物と野菜がかなり厳しくなってきてて、
モノも落ち気味ならなにより値段が高すぎる。
まそれはもうしょうがないのですが、
この都市にとってなによりだいじなのは
人間のエネルギーであり、
というかそれ一点であり、
それを生み出すのは上述の、
「こうせなあかん」がなんもない
という雰囲気、
「自由」とも「緩さ」ともちょっと違う、
なんというんでしょうね、
寛容?というと言葉がカッコ良すぎますが……
「なんでもええやん」
という感じ、です。
人が人と繋がって生きていかなければならない場所だったので、
お互いに最低限のルールだけ守れば、
あとは自由、という精神が育ったのではないでしょうか。
そこを繋ぐのが割と合理的な
「サービス精神」であり、
僕大阪を「人情」って表現されるとちょっと違う、と
いつも思います。
商人は、他人の誰もがお客予備軍なんです。
そういう扱い。

たとえば、
大阪の運転は荒いですが慣れると怖くはないですよ。
「入れろー!」とウインカーを出す。
要するにぶつけなきゃエエんやと。
よその土地運転してヤバイと思うのは
いきなり寄ってくるヤツいるでしょう。
あれは無いですよ。あくまで比較的に、ですけど。
怖いですよねそっちの方が。
大阪人は、
線引きの基準が低いというか、
「それ以下はさすがにマズイ」
というギリッギリいっぱいに引いてある。
ノーパンしゃぶしゃぶを開発して誰かに迷惑を掛けますか?
じゃいいじゃないですか。
カニの看板が動いて誰かに迷惑を掛けますか?
じゃいいじゃないですか。

大阪が今調子がイマイチなのは、
この「なんでもええやん」精神を忘れ気味なところにある、
んじゃないかなぁ、と思いますよ。
なんかもー全部プチ東京みたいなね、
設計するでしょ?
それがダメなんですって。
また神戸と京都という
「かくあるべし」が非常に強力でスマートな都市が
近くにあってねぇ。
片やオシャレ世界の窓口片や歴史と伝統。
それだけで人が寄ってくる。
そんなところを真似してね、
京都なんざ世界に冠たる1000年首都ですよ?
そんなとこ相手にして
「これがありますからウチは魅力的です」
なんて無理です。
逆になんもないのを売りにせねば。
意外に「なんもないけど街だから便利」というのは
住みよいものでしてね。
アムステルダムをご覧なさい。
あそこもなんもないけど、
「存在する」だけならパリよりもロンドンよりも
居心地がいい。
だから世界中のヒッピーがアシカの広場で寝転がったんです。
あれですよあれ。
ついこないだまで大阪市はゴミも無分別でして、
高性能な炉を建てて全て焼き払え
という合理精神に基づいて
住民も楽させてもらってたんですが、
いつのまにかあの無意味極まる分別を真似しだしましたな。
あれが良くないんですよあれが。
「ウチらもやっとかなカッコ悪いかなぁ……」
違う違う。
我が都市のゴミ処理システムは無分別で戦えんねやと。
そんな住民に負担強いるような
そんなヤスモンの行政やおまへんでと。
ゴミ捨てがめんどくさかったら大阪へ来なはれと。
そう行かな。

なんかね、ここ最近聞こえてくる話がね、
その、他人様の真似か、聞いたことある話か、
で、うんざりしてるんです。
大阪には大阪の魅力、先ほど言いましたように
「人として最低限のルールを守っていれば
 あとは裸で御堂筋走ってもOK」
というね、
「あなたはあなた、わたしはわたし」
「生活は爆発だ」
大阪のおばちゃん達の振り込め詐欺被害全国シェアはわずか1%、
この合理精神、
この独特の「生きやすさ」、
これを売りにする方が、
いいんじゃないかなぁ、と思います。
たぶん、どこの出身の人でも、
そういう都市、なんといいますか
いい意味でほったらかしてくれる街、
それを好む人は意外に多いと思います。
むしろそう、
生粋の京都人が
「なんかもう肩の辺り重くて……」と、
生粋の神戸人が
「毎日オシャレに気遣うのしんどい……」と、
そして生粋の奈良人が
「たまには鹿のエサやりをさぼりたい」と、
なんにもない、つまり、
なにもしなくていい、
大阪に2、3日滞在したくなると。
異常に人なつこいおばちゃんが一人でしゃべりまくるお店で、
粉とクズ野菜と肉気の切れ端を混ぜて
ド素人が焼いただけの料理とも言えない料理
通称お好み焼きを食べてですね、
「あぁこんでええねや……」
と精神の自由を取り戻してもらう。
TVではヴェテラン芸人さん達が
20年前と同じギャグを今日もやっている。
「あぁ、あれで大丈夫なんや……」
人間なんて、そんなもんだと思い出してもらう。
そんな街が、
いいんじゃないですかね。

不得意の整理は得意磨きの後でもいいと思う。
というかそうしないと、
「芽」すら摘んでしまう、と思います。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月07日

ヒートテック

わたしゃね。
「下着は木綿100白一択!
 それ以外は認めませんよ!認めません!」
という頑固親いやお兄さんだったんです。
そういう頑固者を言葉で説得するのは不可能で、
現物をぶち当てるか現実を見せつけるかしかない。

鉄心さんのお宅にお邪魔しましたところ、
朝、彼が長袖肌着姿でゴロゴロするんですよ。
いかに剣道で鍛え抜いた不死身の身体と言っても
冬の岐阜の山の上の朝は寒い。
「それはなんだ」と問う暇もなく彼吼える、
「これが『ヒートテック』さ!」
そう宇宙最強の化学企業の一つ、
この会社が潰れると飛行機が飛ばなくなる会社
東レ開発の新素材、
それを売るなら俺達に任せろな社名その名もファーストリテイリング、
ブランド名ユニクロが下着に仕立てたブツ。

http://store.uniqlo.com/jp/store/feature/heattech/

信頼できる親友が心酔してる様ほど
心動かされるものはなく、それを見た瞬間
「明後日の有明にはこれを導入するしかない!」
と帰り天王寺のあの狭い店舗で人波に揉まれながら買いました。
ホントは下が欲しかったんですが下ちょうど品切れにて
長袖の上だけ。
早速翌日着込んで東京へGOですよ。

これがあなた。
すごい。
「暖かい」ていうのとはちょっと違って、
「寒くない」かな。
こういう機能性下着を見てイメージしますのは、
もうなんかとにかく暖かくて、だから暖かい場所にいると
汗掻いちゃうようなものでしょう?
違うんです。
そんなこと全然無いんです。
そのくせ、
「……あれ、このシチュエーションはひょっとしたら
 寒いはずなのに寒くない?」
たとえばホテルの部屋。
って、適温に自分でエアコンで調節してくれ、
と基準温度は低めですよね。
肌寒いぐらい。
これあなた真夜中エアコン切って
下着のまま上半身布団から出してボケーッとしてても
ぜんぜん寒くない。
翌日本番は幸いにも気温が比較的高かったのですが、
僕がその時着てった服はスーパーで買った安物でして、
裾が開き気味でここから寒風入って寒いんです。
いつもは。
それがあなたヒートテック様のおかげで
寒さ知らずですよ。
しかもね、
機能性素材と言えば真っ先に思い浮かべるのは
ゴアテックス、あんな感じで、
化学繊維化学繊維あるいはゴワゴワ、してるかっていうと
まるっきりぜんぜんそうではなく、
柔らかく優しい肌触り。
人類が大昔のインドからつきあってきた
天然素材・木綿よりも遥かに!
むしろ温度管理を別にして、
この肌触りだけを欲するために
ヒートテック・インナーを着ける、
そんな選択肢もありだと思うほどです。
もちろん先ほども言いましたが汗で蒸れるということもなく、
いや、意味わからないです。
どういう仕掛けなのか(笑)
これは本当に、東レの魔法だと思います。
2008年の最後に、
ダイソン様がご光臨なされたのと
同じぐらいのサイエンス・ショックが
私を襲いました。
科学は日々僕らの生活を豊かにしていますよ!!
来年はこれを使った室内履きなんかも
ラインナップしていただきたいかなぁ。

ということで寒さに弱い方、
ヒートテックにチャレンジしてみられては?
posted by ながたさん at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月05日

ナイスママさんパス

昨日の雇用についで今日は少子化対策。
くだらないアイデアなんですが聞いてくれますか。

要は減らなければいいわけで、
ママさんに「3人」産んでもらいたいわけですよね。
2人では現状維持なので、事故病気などのリスク考えると。
でも、ご夫婦の視点からすると、
3人目はやっぱ心理障壁大きいんですな。
2人目はまだ兄弟姉妹がいるといいね、
ってことになるんですけど。
だとすると、これを取り除けばいい。
だもんで、3人目を産んだママさんに
「ナイスママさんパス」を差し上げて、
一生涯一部公共サービスをタダにする。
これで。
公共交通機関タダ、住民票や印鑑証明取りに行ってもタダ、
免許の更新もタダ。
医療と教育を絡めるとちょっと生臭いので、
そのへん線引きは難しいですが、
まあ、「あっ、持っててよかった」というシーンが、
日常にぽつ・ぽつとある感じで。
ポイントは「3人目」っていうところで、
これ0と1の間に引くのは絶対だめ。
あくまで
「2人いけるんでしたら3人目いきましょうよ、ね!」
というのがコンセプトです。
また、4、5と増やしてもメリットはないので、
そこはどうぞご自由にと。
もう一点は「本人のみ」ってところです。
これ家族対象にすると社会プレッシャーが掛かってよろしくない。
配偶者だろうと家族だろうと、
他人の損得になんて人間なんの興味もないので、
本人だけがちょっぴり得をすると聞いても、
「あ、そ」てなもんです。
まあできますれば、
がんばった・てるママさんの証として、
民間企業にもご協力願って、
パス見せればマクドのポテトが30円安いとかね。
ちょっとしたことでいいんです。
今の話要するに
「負担を少なくする」とか
「家族にお金を」とか
「子供達に豊かな環境を」とか
そんな話ばっかりで、
肝心要のお母さんにメリットが薄い。
まずこの人、この当事者ナンバーワンにですね、
「ああ、あのパス欲しいな〜」
と思ってもらう、そういうところからいきましょう。

私長男なんですけどね。
家制度が崩壊して、
ま個人の自由が増えたのはいいんですけど、
人の世ってそんな簡単なものじゃないですから、
やっぱり長男には責任あるんです。
義務も多い。
なのに、なんのメリットもない。
(少なくとも法律上は)
これがね、世の長男長女がクサクサするとこなんです。
俺・法事、弟・デート、
財産分ける時半分こ。
アホかと。
これは公平とは言わんでしょうこれは。
そういう社会のしきたりがあることは否定できませんし、
またする必要もないですし、
いいこともありますけど、
コスト掛かってるのは現実なんですから、
コスト分のリターンをよこせと。

それが子供に関しても同じ事で、
やっぱり昔はお母さんは、
子ができなければ白い目で見られたり、
そうでなくても姑さんにイビられたり、
したでしょうけども最終的には最高権力者
「家刀自」
に出世して全権をふるうわけです。
東は知らんが関ヶ原からこっちはそうだ(笑)
やっぱりその、子供つくっただけの
強大なメリットがあった。
今そんなもん無くなってて、
でも子供は作ってください可愛いでしょ?
ってそんな都合のいい話ありますか。

要はカタチなんです。
そんなべらぼうなメリットでなくていい。
ちょっとした、目に見える形で、
「あなたは頑張ってくれてます」
という感謝の印をですね、
お母さん達「本人に」与えてあげた方がいいんじゃないかなあ、と。
今ないんで。
産休が取れなかろうと保育園が足りなかろうと
医療が教育が日本の行く末が不安だろうと
地球が温暖化しようと、
「そんなの関係ない! 子供欲しい!」
と「おかあさん(予備軍)が」思うような
「具体的な」なにかが、
必要なんじゃないかなあ。

あ、ちなみに思い切って3人目をつくったお母さんからは
「3人目は可愛い!」
とよく聞きます。
2回やって手慣れてるので負担感が小さいのと、
上の子達への影響も大きいのと、
やっぱり5人以上の家族になると
相当賑やかになるからのようです。
3人以上のきょうだいで育った人は
3人以上つくるのにも割と抵抗がなくて、
やっぱり結構いいものなんですよ、きっと。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月04日

ヒトもJIT

年末の雇用不安についてニュース見てて思ったんですけど。
短期的な手当はそれぞれのケースについて
必要だと思いますが、
これは長期的に見ると、二つ問題が明らかで、
一つは人もジャスト・イン・タイム、
モノやカネが極力在庫持たずにその場その場で
必要な分だけ手にするのが最高効率だ、
と今んとこ一応信じられてるわけで、(結果も出てるし)
となれば当然、
「取り替えの利く部分」の人材も
カンバン方式で欲しい時に欲しいだけ手にしろ、
となりますよね。
日本だけでなく世界的に。
これは好不況の波を雇用がモロに被ってしまうということで、
だって去年の春は就職戦線など
超・売り手市場で採用担当の友人がボヤいてましたもん。
学生がたいしたことねーくせにえらそー(意訳
って。それが半年で内定取り消しですからねぇ。
極端から極端ですよね。
これどっかでバッファすべきなのか、
それともそれはしないで、
労働力も流動するのが当然という形で社会を作り替えていくか。
労働者の権利を強くしすぎると、
これまたフランスのように若いのが雇ってもらえない
(雇うことそのものが大きなリスクになる)
ので話が難しい。
どっちにしろ、こっちの流れだ、
つまり労働力流動性が大きくなる一方だ、
というのは当面変わりようもないので、
それを前提にした議論をせねばなりませんな。
流動させない方向だと自然の流れに反するので、
相当なコスト覚悟しないといけませんし、
ほったらかすと、今問題になってるような
ことになっちゃうわけで。
難しいですね雇用はね。
ピラミッドも、
あれは農閑期に農繁期の富をタイムシフトさせる
公共投資だったんじゃないかという説があって、
その頃から為政者は雇用問題に
頭を痛め続けているのです。

あともう一つは、要するに、
「仕事が減ってる」
ってことがありますよね。
作業の効率化がITや技術革新の力で進む一方で、
「力尽くで人間が必要だった」
って部分からどんどん人力が排除されてます。
もちろんこれからもそうでしょう。
変わってじゃあそうでない部分に
仕事が創出できてるかといえば、
これまた難しい。
むしろ世界全体で、
特に力尽く部分を外部にアウトソースできる先進各国では、
「仕事は減る一方」
という前提で議論を進めた方がいいように思います。
それは一面考えれば
「みんな遊んで暮らせるニコニコ社会」
への道のりかもしれません。
ただ、単純なワークシェア方向っていうのは
たぶん無理で、
今でもそうですがその方向にすると
優秀な人材に負担が過剰になり続けるだけで、
なんにもいいことない。
残業するなといえば持ち帰るだけでね。
どっちにしても今現在の、
システムの重要部分を触ってる人間に
異常な富が集中してしかし使えないほど労働疲弊してて、
それ以外の人は
仕事もなければ金もないただ暇はある、
というのをこう、
なんとかせなあきませんなぁ。
その時、繰り返しですが、
「仕事は減ってく」
ことを前提に話進めないと。
公共投資が、以前ほど効かなくなってるのはたぶんここで、
やっぱり建設業もどんどん効率化進んでますから、
同じ金額突っ込んで頭割りする人の数が減って、かつ、
偏ってる、んだと思います。
で、人足寄せ場のおっちゃんに相変わらず仕事なくて、
ゼネコンの株主に目を剥くような配当が出る。

そうそう、株と言えば、
円高もデフレも要するに
「今お金持ってて遊んでる人」
という層にとってありがたいことなんですよね。
でもってこれが団塊の世代がリタイア直後で、
相当数いるんだこれ。
退職金と、まだ機能してる年金と、
金利高かった頃から塩漬けしてある貯金・保険、
そして苦労して買った不動産を握りしめ。
もちろんそんなこと今口に出すと反発喰らいますから
黙って、
韓国に買い物行くわけですなぁ。
この人達にね、
お金使わせる施策、
もちろん巻き上げたりしちゃダメですよ、
喜んで使っちゃうような方策、
これを考えねばなりませんな。
ある人が
「勲章を金で売れ」と。
金の次に欲しいものは名誉ですからな。
それもマジでアリだと思います。
あるいは公立保育園の一口オーナーみたいなので、
お金出すと園児が出張してきてくれて
触れあいタイムとかね(笑)
こないださ、
NHKでやってたんですけど、
カンボジアに井戸掘るとその井戸に名前つけてもらえるんですって!
嬉しそうに初老の男性が
住民達の拍手と感謝の視線を浴びてましたよ。
それなにもカンボジアでやる必要ないですよね。
いややってもいいんですけど。
この児童公園補修に1000万掛かる、
俺が出した、
10年間「ながた公園」
とかそんなん全然アリやと思いますけどねぇ。

大変だ大変だと言ってるだけでは
何にも解決しません。
お金を回す具体策を検討しましょう。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

2009年01月03日

たくさん働くべし

年末の話ですが、
鉄心さんのゼミ忘年会におよばれしました。
彼は今年で大学を移るので、岐阜では最後になります。
もう立派な社会人のゼミ一期生までもが勢揃い。
生徒達は杯と日本酒入れをプレゼントとして贈る。
箱にはマジックで「生涯石渡研」の文字。
それに並々といいお酒を注いでは鉄心さんに飲み干させる。
期ごとに次々に。
そして記念撮影。
それが延々と。
僕も少しだけお相伴。
いい光景でした。

自分より若い人が自分を慕ってくれる、
「せんせせんせ」
とキラキラした目で見てくれる、
それも一人二人ではなくたくさんの人が。
人間、「認められている」ということほど
生きる力が湧いてくるものはありません。
そういう経験はなかなか他の職業でできることではなく、
先生という職業は、
「基本的にいい商売」
だと思います。
まあその分制限が厳しくて義務も重いかもしれませんが、
それはどこの職業でも上の方になってくれば同じで、
例えばエエカゲンな商売と言えば
噺家さんなんかそうだと思うのですが
米朝師匠クラスになるとわずかなミスも許されない。
辛いの同じなら素敵なことのおっきい方がいいよねぇ。

お医者さんもそうですが、
「これは辛そう」というのを
社会全体で避ける傾向があります。
でも、辛い裏にはたいてい辛いだけの意味があって、
意味が大きい場合、やっぱりリターンも大きい。
コストを掛けねば、リスクを負わねば、
基本的にでかいリターンなんか無いんです。
そんなうまい話はない。
あったらみんなやってる。
しんどい先にあることを、
できるだけしんどくなくやろうとする、
というのはいいと思うのですが、
しんどい先にあるからと回避してしまうと、
なにも起きない……
と、思います。
たくさん働くからたくさん手に入る。
人間がサルだった頃から当たり前の事実のはずなのに、
そうではなくなってる、ように見える、
のが昨今の問題点ですな。
実はそうではなくて、
今もちゃんと、
たくさん働く(動く)と、
たくさん手に入るんですよ。

その「あたりまえ」がちゃんと成立し、
また信じられている教室でのお鍋は、
3時過ぎまで続きました。
僕は途中で寝ました。

翌日は「更科」へ。
もうしばらく来る機会も無いかと思うと
名物冷やしたぬきの「ダブルで2・2」
を頼んでしまいました。
つまりそばも揚げ玉も油揚げも全部2倍。
あっぷあっぷ。
丁寧に作られたジャンクフードほど胸焼けのするものはありません。

最後に一句、梶井基次郎先生風に。

『更科』の揚げ玉には麻薬が入ってゐる!

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2009年01月01日

2009今年の抱負

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。

毎年年頭に抱負を述べたりするのですが、
15秒後には忘れてますよね。
いいんですそれでも。
抱負を考える、これが大事。

私は今年は
「どんどん作っていこう!」
と思います〜。
やっぱりなんだかんだと言いつつも、
作ってる瞬間が一番楽しいですね。
だとしたら一番楽しいことを一番たくさんやるのが
よかろうと。
またどうぞおつきあいくださいませ。

あとはあんまりこだわらず。
年末から「かくあるべし」みたいなところは
ほとんど要らんのとちゃうやろか、
と思ってます。
どのやり方、どのあり方にも
それはそれなりの意味があり、
「進化」論などと言いますが
ゾウリムシだって今日も元気に生きている。
この「元気に生きている」というのがなにより大切で、
ヒトになるかカブトムシになるかというのは
まあその次の次かなぁ、と思ったり。
「こんなクルマが欲しいんだよ!
 メーカーは金の効率化ばっかりで
 金にならないけど欲しがる人は絶対居る
 クルマを作ってくれない!」
などとエラソーにいつも言ってますが、
我が身振り返ってみれば自分も全く同じことをやってまして、
やっぱり
「これぐらいの効率以下のことはやりたくないなぁ」
と、仕事でも生活でも思ってしまいます。
そのへんできれば無くして、
高校生かあるいは小学生かのように、
「あいつアホや!w」
と言われるような、そういうの度外視で
「俺これ好きやからやりたいねん」
みたいなところをですね、
どんどん行きたい。
だからホンダもアコードに3.5を載せて
ユーロRにせよ。

去年の冬の同人誌の話しましたっけ?
365個エエ話エエ言葉集めてきて、
一番人気が
「オリゴ糖 浜村淳です」
だった話。
そう、人はさ、エエ話とかエエ言葉なんて
聞きたいわけじゃなくて、
「そいつからしか聞けない話」
を聞きたいんですよね。
あれは勉強になりました。

結局、結果的に、
そういうものが価値になり、
それがお金とか評判とかモロモロを生む、
つまり効率を稼いでくれるわけで、
コースは逆じゃないんですよね。
人間は簡単にこれを間違えます。
なぜかはわかりませんけども。

そんな感じで、
「チクショウあいつ楽しそうだなオイ!」
と思われる姿を自分でもめざしたい、です。
皆様にとってもいい年であることを
祈念いたしております。

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2008年12月31日

コミックマーケット75御礼

ブースに来てくださった皆様方、誠にありがとうございました。
なんかもういつも同じ皆さんに来て頂いてる感じで、
恐縮です(笑)
いつも開会直後が疲れのピークで、
「あぁもうしんどい、今回を最後に……」
と思ったりするのですが、
終わると解放感からかまたやろうという気になります。
夏もまた当たって、なにかご呈示できればいいのですが。
またご感想などもお寄せください。

「なんでもサブプライム」なご時世からか、
お天気比較的暖かかったのに人出自体も少ないめな感じ、
なにより一人の方の持ってる本や鞄の量が
かなり少ない気がしました。
ブース間を闊歩するコスプレあるいは凝った衣装の方も
目立たず……まあ、ご時世ですな。
また夏は華やかだといいのですが。

途中旧友のO24さんが来てくれて助かりました。
あの1時半ぐらいから終わりまでの時間が長いんですよねいつも(笑)
あっという間でした。
帰りはいつものO君と水上バスで浜松町で一杯。
ちょうど水上バスの乗り場のそばが痛車展示会でして、
それを肴にまた
ナベさんが心眼で走る話と
那智さんのセブンが1秒後にスタートする実況の話で
盛り上がるメカドック世代。
東京はお魚も美味しいわー。
でも一番インパクトあったのは
イカスミバゲットにチーズののせて焼き、
その上に生ウニをのせるウニトースト。
これうまかった。
いやいや、生きているって素晴らしい。

新幹線が人身事故影響でダイヤが大幅に乱れてたので、
自由席券買って飛び乗りましたが、
まあなんとか席確保して大阪まで。
大変疲れましたが、
とても楽しかったです。
やっぱり祭りはそうでなくては。
ああ年賀状がまだ……

ではみなさま、
よいお年を。

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2008年12月30日

今年の総括

例年31日ですが、
今年は明日はコミケのお礼だと思いますので先行入力。

皆様2008はいかがでしたか。
吉例5点評価で……私は、3。
辛めですが、毎年毎年
「良いことも無かったが悪いことも無かった」
というのに飽き飽きだ!なので。
来年はいいことあるといいなぁ。

個人的にはここ4-5年悶えてました
「いかに書くか!」
というところに一応の決着をみました。
結論。
「これぞ!」という理論など無い。
その人の「自然体」が、いちばん。
散々考え抜いてそれかよ、って感じですが、
考えつくしたがゆえの結論ですので、
本人的には結構得心いっています。
まあ、問題は、その「自然体」っていうのが、
とても難しいことなんですが。

それが夏前ぐらいで、
ではそれから一気に上昇気流に乗って……
と行かないのが人生の難しさで、
それまでの僕はどちらかというと
「頑張る」ことでパフォーマンスを稼ぐ方でしたので、
「頑張らない」といわれてもこれ簡単にはいかない。
37年も身体に染みついた戦い方は、
そう簡単には抜けないのです。
それは今も、ですが、
それを「クールダウンクールダウン」言いながら
深呼吸しながら
騙し騙しやってきたのが夏から秋。
で、一山なんとか越えて、
どっと疲れが出たのか
めっさ体調不良のこの2ヶ月、って感じです。

来年は、この戦い方をしっかり身につけたい。
ていうかそれができんとこれから
年を重ねると戦えん。
体力的にも精神的にも無理だ(笑)
来年は、この長い仕込みがなんとか実を結べばいいなあ、
と思います。
こればっかりは神頼みですな。
ナムナム。
それは神様じゃない。

人間はやっぱり、
できないことに憧れるんですよね。
で、それを無理して背伸びして、やろうとする。
それは成長に進歩に繋がることも多いのですが、
やりすぎると、ダメ。
できることを、得意を、好きなことを、
伸ばしていくのと、
少なくとも両輪でないと。
僕の場合で、例えて言いますと、
リアルで自然な「巧い」絵に憧れがあったのですが、
どっちかというと向いてるのは
マンガっぽい・デザイン的な絵、みたいな。
じゃあデッサンの練習もしつつ、
やっぱりマンガ描きましょうよ、
と。
憧れに向けて力を使うのも結局は
自分のためになるんですけども、
自分のナチュラルの方を、より大切にしたい、
です。

さあ来年も、がんば……いや、
明るく楽しく、参りましょう〜。
笑門来福、笑門来福。

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2008年12月29日

二つの道

先日の「日本の「安心」はなぜ消えたのか」に興味深いお話が載ってました。
ジェイン・ジェイコブズさんという学者さんが唱えた仮説なのですが、
人間のモラルには2種類あると。
それが「市場の倫理」と「統治の倫理」、
山岸先生風に言えば
「商人道」と「武士道」だと。
両者には優劣などなく、その社会の状況に応じて
合ってる方を使えばいいんだけども、
一番マズイのは混ぜてしまうことだと。
混ぜてしまうとダブル・スタンダードになってしまい、
行き着く先は「なにをやってもいい」という混乱になる。
例えば武士は主君のためならテロも起こすわけです赤穂浪士のように。
しかしそれは決められたルールを守り誠実であるという
商人道とは反する。
つまりこれを混ぜると、
「売るためなら偽装はやむを得ない」
というムチャクチャな話になるわけですな。
今の日本はここが混乱しており、
これからの世界基準の市民社会にフィットしていくには、
商人的な倫理観に合わせて行った方がいいんじゃないでしょうか、
という本書の本旨に結びついていくわけですが、
それはそれとして。

僕はこの二つがなんとか一緒にならんもんかと
長年、いろいろ考えてきたのです。
ものすごく大雑把に言いますと、
「合理性」と「倫理性」というのは常にせめぎ合う。
あるいはちょっとズレちゃいますが
「下から組み上げる」と「上からでっちあげる」。
さらに進めて
「科学」と「悟り」とか、
そこまで行っちゃってもいいかもしれない。
A・ロッドとイチローとかね。
上にありますように、それは常に、
どちらが正しいとか、どちらが優れているというわけではなくて、
その場合に応じて、
どちらのアプローチの方が「効く」か、
そこで「判断」した方が良い。
ちょっと咳が出るなぁ、と思えば
生姜紅茶飲んで寝こめばいいのであって、
1日がかりで大学病院行ってMRI撮ってもらう必要はない。
でもそれが1ヶ月続いて段々酷くなってるなら、
やっぱり大きい病院で診てもらった方が良いのです。
そこのね、
「判断」をね、
どうすりゃいいのか、っていうのがね、
ハッキリした基準が無いわけですやん今。
こっから先はA方式それまではB方式、
みたいな。
それがそもそもA方式であるという矛盾を構造的にはらんでしまっていてね。
ここんところを、
私は、解決したかったんですよ。
なんでこれ誰もやんないんだろう、
そここそが問題なのに、
と思ってた。

今思えばなんと大胆な。
もう3000年前にエライ人が陰陽の考えを生み出し、
「こんな感じ!なんでも二つなの!」
って結論出してるものに
ドン・キホーテのように挑み掛かったのです、
18歳の私は。

誰もやんないのは当然で、
直感的に「無理だ」とわかるわけです、
水と油だから。
それを石けん入れて無理に混ぜても、
水でも油でもない変なものができあがるだけで、
なんの有効性も無い。
まさに偽装企業ができあがるだけです。

いやでもなんとかなるんちゃうかな、
と今でも思ってます(笑)

なにかの悟りの境地を1日で得られたら、
それに越したことはないでしょう?
先日野茂さんがオリックスの臨時コーチとして秋季キャンプを訪れ
加藤投手にフォークのアドバイスしたら、
「3年練習してきたのを5分で超えた!」
そういうやり方があるんやったらね、
その方がいいじゃないですか。
まあでもそれは、
加藤投手はセーブ王獲れるだけの実力の持ち主であって、
合理的に積んだ修練の、
もうほんと最後のひと押しが、
野茂さんのアドバイスだった、というだけ、なんだろうな、
と頭では簡単に理解できるんですけどもね。

太極図のように、
どっちでもいいから突き詰めきると、
逆の領域にも近くなり、その一部を内包さえする。
ローマの昔から、
トップクラスの政治家と商人は、結びつきが強いのです。
それはおたがいの利益になるのみならず、
たぶん精神的にもいくところまでいくと、
シンパシーあるんじゃないかなぁ。

今からは想像もつかないかもしれませんが
高校生までのながたは嫌味なほど合理的な人間で、
それを指摘されるとむしろニヤリと嗤って喜んだほどでした。
だから「自分にはない」逆の方に興味があって、
いろいろ調べたりやってみたりしたのかもしれません。
やっぱり、バブル期以前の日本は安心社会でして、
そういう人間はダメ、ってことに、なってたんです。
若い人には信じられないかもしれませんが。
今だったら
「違う視点から見てる」と評価されることが、
「斜めから見てる」って叱られたんです。
いやホントに。
まともに聞いてもらえないから、
どんどんニヒルになってシニカルになって、
韜晦して、冗談でくるむようになったんです。
いやホントに。
そう考えると今みたいにblogなりなんなりで
誰でも好きなこと言っていいのは、
そしてそれを少なりといえども聞く人がいるというのは、
天国みたいな環境ですよ。
いやホントに。

混乱の例を挙げますと、少し前に
ある芸人さんが若すぎる女の子引っかけて問題になって、
相方の人がTVで泣いて謝ったでしょう。
あれが混乱。
合理的に言えば
「そんなもんお互い社会人やねんから
 二人でいる時ならともかく
 一人の時のことまで僕責任持てません」
と言い切ってもいいわけです。
それが真実ですし。
逆にサムライ的に本気で「謝罪」するなら
頭丸めて全番組降板して一年間謹慎ですよね。
カメラ前でびよびよ泣いても当人にはなんのデメリットも無いわけで、
それは「謝罪」にはならないわけです。
どっちでもない。
その方を揶揄する意図は無く、
このように混乱してますね、と言いたいだけですが。
もちろん、
僕もたぶんいろんなところで、
いろいろ混乱してると思います。

僕は職人さんや職人芸にリスペクトがある方だと思いますが、
それでも心のどこかに醒めたところがあって、
SHARP時代ですけど当時MDが出始めでね。
資料見てますとスロットインローディングの機構を、
何種類も何種類も考えるんですよメカトロ職人達が。
こっちは薄くできる、こっちは簡単で安い……とか。
そうやって精緻な技芸と涙ぐましい努力を凝らしに凝らして、
黒船(あいぽっどと読む)がやってきて
全部パー。
道を究めることは大変尊いことですが、
それが平凡な幸せ、誰かの幸せを犠牲にしてまで、
となると、
それは本当に「いいこと」なのか?
しかしその、着実な一歩一歩が無ければ、
進歩もなければ革命だって起きやしない、
これもまた真実。

まあだから、欲を出さず、
我々の世代では
・二つのやり方がある。
・優劣はないが、その環境に合う合わないはある。
・その人にとって自然なやり方がどちらかは当人しかわからない。
・おたがいに尊重しあう。
こんな感じで一歩、認識が進みましたと。
その事実を広く知らしめるだけで十分な気がしてきました。
大統一は、いずれ現れるブッダ級の大天才に
おまかせして。

わたし個人的には、
道が二つあるとするなら、そろそろ昔とった杵柄、
商人道の方へ戻ろかと(笑)
それで自分と皆さんが幸せならばそれに越したことないですしね〜。
「本一冊書いたから!
 500円ちょうだい!」
と大きな声で(笑)
誰かの人生を変えるほどである必要はない、
しかし、
胸を張って500円もらえるように。
まあ、武士の魂を知っている(持ってはいない)
商人も、いいんじゃないかと。

あなたはどちらですか。
どちらでもいいと思います。
無理せん方がええですよ。

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2008年12月28日

目は、まあ鍛えられる

先週そんなような弱音を吐きましたが、
よーくこの10年でなにが変わったかと考え直してみれば、
「目」は変わったと思う。
変わったというか、
ようやく見えてきたといいますか、
「自分の目」になってきた、といいますか。

人はモノ見てるようで何も見てないものです。
自分に都合のいいように見てるか、
教えられた(それは意識的にでも、無意識に刷り込まれたものでも)
文脈に乗っ取って、
教えられた評価軸を当てはめてるだけか。
一例挙げますと
私の母は吉永小百合さんがあまり好きではないのです。
これだけなら当たり前のことで、
人間には好き嫌いがありますし、
ことに芸能人の方は個性よりも芸風による好き嫌いが
表面に立ちますので、正確に言えば
本人に加え社会全体で築き上げた
「小百合像」
が好きではない、ということですな。
しかしこれを近所のおばちゃん連中の前で語りますと、
一斉にもの凄い反応が返ってくるわけです。
「そんなことありえない」と。
そんなことの方があり得ない(笑)
つまりその
「吉永小百合と言えば日本を代表する美人であり
 彼女を好きでないというようなことはありえない」
という文脈に乗っ取った発言・反応をしてるだけで、
個人の「本当の思い」でもなんでもないんですそんなものは。
えらそうに言ってますが
もちろん僕もあなたも、
同じようなことをどこかでやってるに違いない。
人間っていうのはそういうものです。
「評価を下す」
というのは『極めて』重いタスクでして、
ものすごいエネルギー食うんです。
だからなるべくなら、
一回一回生データを分析して評価を下すなんてことは、
やりたくないんです。
流通してる既成の評価に対して
それほど異論が無いのならそれを流用した方が早い。
かなり前なんですけど、
さんまさんがTV番組でまたお得意の素人いじりをしてて、
杉本彩さんがセクシーだと。
しかしそこに出てきた素人の男性が、
ごく普通の理系独特の良いダサさのある若者が、
「いやぜんぜん」
とこうTV的な空気読みゼロで言い放つわけです。
さんまさんまた得意のくどい繰り返しで
「いやそんなことないやろう!」
男性負けない、「ぜんぜん」
さんまさんついに
「今杉本彩が君の目の前に全裸で現れたら興奮するやろ!」
「い〜〜えぜ〜〜〜んぜん」
気持ち良かったです(笑)
たぶんそう思う男性は15%とか20%どこじゃなくて、
半分とか2/3とか、
「実は」そうなんです。
まあでもシチュエーションとか、
「こう言っといた方がコスト安いな」
という方へ流れがちなんですな。

それは人間の行為全部について、
たぶんそうです。

もちろん全部が全部をゼロから組み立てるのは
非・現実的なんですが、
しかし、自分にとってとても大切なこと、
たとえば仕事とか、
人生賭けてる1st趣味だとか、
そういうことについては、
自分の目で見て、自分の頭で考えて、
自分の心で感じて、
「自分の評価」を下せること、
これが極めて大切なことです。
しかし、逆説的なことに、
大事なことの方が、
世間で流通してる「既成の概念」に触れる機会が多いために、
それと戦う必要が生じるのです。

これが、たいへん難儀なんです。

本当によいバランスにある場合は、
談論風発議論百出、
様々な価値観が様々に語られて、
自分が依拠しやすいいわば「仲間」も見つけやすいのですが、
たいていの「コト」はそんないい状態にはなく、
過度の商業主義に負けて本質からズッぱずれてるか
(最近のコンパクトデジカメの例などこれですな)
世間の注目をほとんど失ったが故に
構成員と構成要素が固まりきって宗教化というか神学化し
そもそも議論が成立しないか
(ピュア・オーディオの世界とかこれに近い)
たいていそんなものです。
そこで自分の価値体系、
「わたしにとってはなにがいいのか」
を確立するのは、
これ並大抵の努力ではない。
勇気も要る。
そして、時間が掛かります。
最初は自分もドロッドロに「思い込まされて」いるので、
そこをアウトプットを繰り返すとか、
多様なインプットを苦行のように浴び続けるとか、
とにかく追い込まれて
「あああもうこれしかない!」
というところを、
しかもそれを何度も何度も繰り返すことによって、
ようやく、
「……ああ俺ってひょっとして、こう?」
というところがおぼろげながら見えてくる。
自分のことが、
自分では一番わからないのです。

ここで私の個人的な話をしますと、
たとえ話になりますが、
僕はユーノス・ロードスターのような、
「走って楽しい」クルマを作りたい。
でも世の中で売ってるのはね、多くは
ジェットコースターなんですよ。
だからいつも書店へ行くと、
「う〜ん……」
と思います。
いいとか悪いとかじゃなくて、
「ちがう」と。
もちろん世にはジェットコースターを好む人もたくさん居て、
そこに対してダメだとかそんなこと言うつもりは
まるっきりないんですが、
でもロードスターに乗って屋根開けて
紅葉の田舎道をふわ〜っと走りたいと思いませんか?
とまあ、こう。
そういう目で見るとそういうクルマ作りしてる
メーカーさんは極端に少なくて、
これホンマに商売になるんかいな、
と不安になったり、
いやむしろ少ないから商売になるんだろ、
と思ったり。
余談ですが
だってロードスターだって世界にたった一台ですからね、
あの世界観をキープできてるクルマは。
Z4とかSLKとかあんなん全然違いますよ。S2000もそうです。
「操る楽しさ」に速度は何の関係もない。
そこに色目があるうちは「屋根の開く速い車」に過ぎない。
(もちろんそれを好む人も多数居るのは承知)
さらに完全余談ですが次のロードスターは
「小さくする」
と貴島さんがおっしゃってるらしくて、
いやもうさすが貴島さんさすがマツダさすがロードスター。
やっぱ別格ですよあのクルマは。
なんでもできる、
お金も技術もブランドイメージも人も経験も余裕もある
巨大メーカーにできないことを、
いや「やらない」というのは「できない」と同じですからね、
広島の二回潰れかけた中メーカーがやってんだから、
人間の行為に環境なんてなんの意味もないんですよ。

そのようなことで、
長年やって何を得るかと言えば
自分の手もそうなのですがそれよりも、
自分の目。
「ああ俺はこれがやりたいんだな」
とう「感じ」。
それを得ると、無駄がなくなるわけですね。
たとえば他者からの評価が低くても、
自分のベクトルに乗ったものであるならば、
それは自分にとって得る物が多い。
楽しくやれる範囲が、増えるわけです。
なんでも楽しくやるにこしたことはないのですが、
楽しくやるってのがこれ、
簡単なことじゃないのです。

あなたが今、「楽しい」と思ってること、
ホントに楽しいですか?

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2008年12月27日

コミケに出す物

はいあがりました、あともう事故でもなければ
ちゃんと当日机に並べます、

「Miracles! #11 アクトレス・プリンセス」

頒布価格500円、
なんと今回はCD-RにてテキストファイルとPDFです!

……いや、最後までコピーで行こうか悩んだんですが、
ま、たまには変わったことやりましょうかと。
僕が同人活動始めました99年からは
随分デジタルリテラシーも変わってますし、
ひょっとしたら今の若い人はテキストファイルを
ぽんとmicroSDに入れてケータイででも読む方が
楽なのかなぁ、とか思って。
もちろんPCなら好きなサイズ好きなフォントで楽しめますし。
あとね、同人誌って処分しにくいじゃないですか。
物理スペース取らないのもいいかなぁ、と。
トライです。できますれば皆様のご意見お聞かせください。

#11ですから当然主演は2年生、堺愛。
もう描き始めは自分でもちゃんと描けるかビクついてたのですが、
描き出すと動いてくれました。
やっぱ自分の好きなように動かせるので楽しかったです。
思い返せば4年ぶりになるのですが、
みんな当たり前のようにそこに居てくれました。
私が成長してないという気もする。

4年間、たまにぽつ、ぽつと妄想してたお話なのですが、
描き始めるとぜんっぜんそんなものではディテール足りなくて、
あぁやっぱ描かな、現物作らな何も始まらんわと。
痛感いたしました。
もっと描きます。

あ、細かい技術面を言いますと、
今回は「ちょうど」って感じを意識しました。
いままではもう濃いければ濃い方が、という感じでしたが、
あんまりクドクドしいのも、と思い直し、
自分的には塩分脂分控えめで。
できてから読み直しても
「あこのへんにちょろちょろっと入れとくか」
みたいなところあるんですけど、
そこはむしろ描くよりも読者様にご想像願う感じで。
いつもそれ描いちゃうんですけど、
全然何の反応も無いんですよね。
お叱りは受けないので邪魔なものではないみたいですが、
無くてもいいものなら、無い方がいいかな、とか。

そんなとこかな。
では、お越しになってくださる方は、
愛ちゃんの大活躍を、おたのしみに〜〜〜。

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2008年12月26日

心因性

相変わらずフラフラしてます。
たとえるとちょっと長い時間船に乗った後、
地面が動いてるでしょう。
あんな感じの、ゆるいの。
が、疲れると出ます。

この「疲れると出る」っていうのが
家電製品の再現性のない不具合同様で
お医者様に行きにくくてねぇ。
始終世界がぐるぐる回ってるなら行きますよそりゃ私だってー。
一応それでweb調べてみるでしょ、
「メニエール 治療」とかで。
そしたらあーた、
鍼に漢方に整骨院に健康食品。
ああやっぱり……という感じです。
もちろん基本的には器質的故障で起きるものでしょうから、
重篤な場合はすぐ診てもらった方がいいのですが、
昨今流行りの「心因性」でござるよ。
「ああストレスですねぇ」ってヤツね。
以前も言いましたが
「気を楽に」言われて楽にできるなら
もう楽になっとるわ!

以下2冊の本はとってもオススメの本なんですが、



要するに「病は気から」だと。
(もちろん両方「ちゃんとした」本なので、
 物理的故障やウイルス感染の場合はさっさと医者へ掛かれと
 念を押してあります)
でもこれって、
パンドラの箱で、
検査してもらって特に悪いところ見つからない、
でもここが悪い調子が悪い、
じゃあ、
悪いのは私の心?

ほなどないすんねん、という感じですよね(笑)
大抵その場合に、なにか心因があったとして、
それを一人で見つけるのは容易ではないですし、
(問題だと思ってないからこそ無意識に負荷が掛かる、
 という問題は多い)
見つけたからといって、簡単に解決するとは限らないし。
芥川龍之介先生ではないですが
「ただぼんやりとした不安」
なんてものは人間であるなら
ほぼ必ず抱くものですし、
三島由紀夫先生のような激情に囚われてしまったら、
もうそりゃ腹切る以外の
選択肢無いじゃんって感じですよねぇ。

それよりは、
「ん!胃潰瘍!?
 ピロリが悪いピロリが!
 全部殺す!ブッ殺ーす!
 ……はい快癒!!」
この方が話がスカッとまとまるのです。一時的にせよ。
根治ではないにしても、
繰り返しますがそもそもその
「本当の原因」に真正面から向きあって
解決できるとは限りません。
それに対して、
時間というのは強力なお薬でして、
そうこうバタバタしてるうちに、
状況が変わってその心因が無くなっちゃうかもしれませんな。
それまで切った貼ったあれ飲んだこれやった、
で誤魔化すのも、
それはそれで一つ作戦かもしれません。

ウチのポストにずーっと長年、
葉緑素系の健康食品のチラシが入るのですが、
使用者の声がね、載ってるんです。
「20年愛飲してます!」
いやいや(笑)
あかんやんと(笑)
本来一番いいのは2週間ぐらいそれ飲めば劇的に体質が改善されて
もう一生病気知らず疲れ知らず老い知らず、
いつまでも死なないと家族に文句いわれる、
これでしょう。
飲み続けてるってことは、
それを止めればどこかが欠損してしまってるってことで、
ヤバイんじゃない?とか。
程度の差こそあれ全ての健康食品に言えることですけどね。
それでも、
理屈はそうでも、
毎晩寝る前にキュッとこう養命酒でも飲むと、
翌朝スッキリした気がするなら、
それでいい、と思います。
現実なんかどうでもいいんだ!
「気がする」っていうのがだいじなんだよ!

だからあんまりその、
箱を開け尽くして、ヴェールをめくりつくして、
「ああこれは心因性ですね。お気持ちを楽に」
ってところに追い詰めないよう、
西洋医学の方も、それから代替医療の方も、
気を配って頂きたい(笑)
「お気持ちを楽に」するのが、皆さんの仕事。
前にもいいましたが
「ぼく、勉強ができないんです……」
という子どもに対して、
「大丈夫! 勉強すればできるようになるから!」
というのは、おかしいです。
「先生にまかせとけ!」
でしょう。
お医者様というのは、ピュア・エンジニアではなくて、
「先生」と呼ばれるように教師同様、
そういう「盛り上げ方」みたいなところまで
含めてのArtなんちゃうかなぁ、と思います。
ああそういや政治家もなぜか
「先生」と言われますね。
冷静に考えればおかしいですやんね、
本来公「僕」であるはずなのに。
あれ、やっぱり、そこの
「イメージづくり」料金なんでしょうな。

いやもう、強い心で自分で治す!
アミノ酸とビタミンCぐらいでなんとか治す!(笑)

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2008年12月23日

志紀

年も変わることだし眼鏡でも替えようかしらん、と
腕っこきのマスターが経営する
JR志紀「アイライフ」へ足を伸ばした。
白い原稿を前にしての現実逃避である。

数年ぶりのマスターは髪が随分白くなられたが
相変わらずお元気で、
さっそく見繕ってもらったもののピンと来るものがない。
やはり売れ筋が品薄になり、
ちょうど僕らぐらいの年の人は、
こういう「昔ながらの眼鏡店」へはなかなか来ないのだとか。
ので、今掛けてる眼鏡を調節してもらった。
掛けてる状態を一目見ただけでズレの量と角度を把握し
調節してスッ……と掛けてもらうと
あら不思議、視界までもが違う。
それはズレていると目とレンズの距離が離れて
結果矯正視力が落ちるからで、
それをピッタリ合わせるだけで「よく見える」ようになるという。
さすが、としか言いようがない。
ちょうど問屋さんが来たので、
さらに色々見せていただいたのだがやはり昨今は
ツルの部分が太く華やかなモノが流行りらしく、
趣味に合わぬ。
さらには色合いも必要以上にペカペカしており、
ケータイもそうだがなんでああペカペカさせるのか。
わたしらアオアズマヤドリか。
で、シンプルなの、
と言い出すとこれまた本当に味も素っ気も無い姿形で、
シンプルな中にも美しさ、
なんて難しい注文は求むるべくもない。
きっとなんだ、
そういうの欲しければブランド眼鏡店で
10万とか出せってことかキエエエエエ。
ああ格差社会格差社会。
「いやせっかく来てもらったのに悪いねぇ!」
「いえこちらこそ何も買わずに」

志紀駅前は静かになった気がする。
25号線手前のライフ方面に人が流れたからだろうか。
若き日に食いまくった「ぱんのいえ」が
閉まってたのがちょっとショックだった。
そう言い忘れた「アイライフ」へ向かう道すがらの
モスバーガー、これもアホみたいに食いまくったあの店舗、
無くなってた。
寂しい。
ふと思い立ってお好み「味よし」の方へ足を向ける。
あった。
やってた。
思わず中に入るとおばちゃんが記憶の通り居て、
でも記憶と違うのは、平日夕方ということもあってか、
ただお一人。
話をする。
最近は不景気だからかとにかく夜来てお酒を空ける人が減ったと。
「でも趣味でやってるようなもんやから!あはははは」
スジ肉入りネギ焼きの味は、
記憶の通り。
豚玉500円も、記憶のとおり。

歳月と共に変わるものあり、
変わらぬもの、あり。

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2008年12月22日

動かない机椅子


よくファミレスへ行って仕事してるフリをしたりするのですが、
あれファミレスの机と椅子って居心地いいんですよね〜。
高さなんかはオフィス用と同じだいたい71〜73cmというところで、
椅子ももちろん高さ調節なんかできないんですけど、
なんとなくこう、安心感がある。
で、なにがいいのか考えてみたところ、
あの床に作り付けている
「ガッシリ感」
かなぁ、と。
(あと飲み物とトイレがすぐそばにあるのも大きいですが)

皆さんの中にも、
「キッチンテーブルでやるのが一番はかどる」
という経験はございませんでしょうか。
机は、「広くて」「ごつい」というのが、
一番のような気がします。

椅子は私、アーロンに座ってもう何年にもなりますが、
得た結論が
「身体動かせ」
でして、
先日「日本のたくみ」(白洲正子)で読んだのですが
ある職人さんが座って作業する時、
非常にリズミカルに身体全体を動かしてモノを作っていく。
で、肩こりや腰痛とは無縁なんですって。
そうですよね、ああいう手工芸の世界の職人さんって、
たいてい床に直で座ってるじゃないですか。
あるいは椅子っても木でできたスツールみたいな簡単なのでさ。
でも、70、80のおじいさんおばあさんが大現役なのね。
それがいわゆる頭脳労働者になると、途端に
腰痛い腰痛い言い出すわけです。
その差はどこかといえば、
やっぱり「動いてる」かどうかなのかなぁ、と。
で、アーロンにしろセダスにしろ国産ならコンテッサとか、
全部「動かないこと」を前提にして
どう負荷を分散させて減らすか、
という作りなのですが、
もちろんそっちはそっちでいいんですが、
そうじゃなくて、
身体さえ微妙に動かすことができれば、
椅子も机も、なんでもいいのかも。
だから逆に、
椅子や机はガシーンと動かない方が、
身体は微妙に動かしやすい、かもしれない。
高級椅子、当然ですが下全部キャスターでしょう。
あれがいいようでよくないようで、で、
あれついてると直線的に前後にしか動かない。
むしろ動かない椅子の上で右に左に身体捻る方が、
いいのかもしれない……
とか、思ったり、しました。
さすがにファミレスではできませんが、
あの4人掛け用の長椅子ですと、
あぐらかいたりもしやすそうですしねー。
たまに深夜寝転がっちゃってる人もいますが。

そうは言っても頭脳労働の場合、
キューッと集中しちゃうと身体動かさずに
数十分から時には数時間固まっちゃうものでして、
やっぱり高級椅子に包まれてる方が
確実といえば確実なのかなぁ、とも思います。

全身貧乏揺すりみたいな癖をつけるか……
あるいは演歌でも聞きながらノリノリで仕事するか……

とりあえずキャスターロック機構というか、
だってあの全面移動力を必要とする場合って少ないですよね。
95%ぐらいは前後の移動にしか使ってないわけで、
ベストポジションと着座用引いたポジションと、
2箇所を往復するようなメカニカルな機構があると、
嬉しいかもしれません。

本当の名人が作ると木の椅子でも、
座面にも背中にも布もウレタンもなにも貼ってないのに
抜群に座り心地がいいらしく、
椅子というのは、奥が深いものです。

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2008年12月21日

ハーフ&ハーフ

属性、というものがございまして。
ロリ属性・巨乳属性・メガネ属性・ツンデレ属性・黒パンスト属性、
まあ早い話が
「これさえあればプラス30点!」
という「ツボ」が男性にはあるのです。
女性にもあるらしく
ウチの母などはスーツ属性をお持ちですから
亡き父が毎朝スーツ着るたびに惚れ惚れと見ておりました。
それだけならちょっといい話なんですが
逆に普段着の時はかなりボロカスでして
彼はオシャレではあるのですが地味好きでしてそこを指して
「オッサン臭い」
ということを死ぬまで指摘しておりました。
だってオッサンなんだからオッサン臭くて当然だと思うんですが、
まさか日曜日もスーツ着るわけにもいかんしねぇ。
そしてよくできたもので、
オシャレは弟に地味好きは僕に分配されました。
当然母的には物足りないらしく弟を指しては
キラキラの安物ばかり買って、と、私を指しては
ジジ臭いものばかり買って、と、
いじめます。

それはいいんですが、
私あんまりそういう属性が無い人でして
……と、書くと、身内から
「えーっ!?」とか驚愕の声が飛んできそうですが、
いやほんと自分の意識的には無いんです。
しかしこないだ、ハッとひとつあるかも、
と思いあたったそれはハーフ。
「あいのこ」に弱い。
そもそも勤めてた会社がオーブントースター・レンジを開発し
そこでインターネット・テレビを企画してましたから!
今でも柚木ティナ(Rio)さんとか大好きです。
ぐぐらなくてよろしい。
ウチ(といえばミラクルズ)の子達でいいますと
もうエレーナはあれもう趣味丸出しのデザインでして、
まあ、ああいう感じでござる。
ああ骨盤属性もあるかもしれない。
狭い骨盤見てると不安になってきます。
脚線美、とか言い出しますと大抵スラッと細い脚で、
いや太股というのは太いから太股というのであって……

この属性と言いますものは
生まれもってのものでして、
本人にはいかんともしがたい。
思い出しますのは子どもの頃小学生低学年、
近所にニシダさんという女の子が同い年でいまして、
この子が巻き毛の明るい髪色、
目鼻立ち大作りでクッキリハッキリ、
色抜けるように白くて、大柄。
名前が純和風だったのでハーフではなくても
ひょっとするとクォーターとか、
そんな感じだったかもしれません、
いや、ただ思い出ブーストが掛かってて
実はそれほど日本人平均から外れてなかったかもしれませんが、
とにかく当時はそう思ってました。
その年頃の男の子は基本的にバカでして、
興味持ったものはネコでもプラモデルでも女の子でも
ツンツンつついていじめてみたくなるもの。
なんの拍子か口げんかになった時に、
「なんやねん合いの子!」
とか言っちゃった。
そしたらニシダさんいきなり
ぶわっ
と泣き出しましてね。
その瞬間生まれて初めて、後付の感想になってしまいますが、
「言葉の力」を意識しました。
たった一言で、人は泣く。
泣かれたこっちがパニックになって、
泣きながら家路につく彼女を
呆然と見送る他ありませんでした。
ニシダさんあの時は本当にごめんなさい。
こんなようなことで、気になる存在だからこそ
そういう言葉も出たんです。
ごめんなさい。
今頃どうされているのだろう。
可愛らしい顔立ちだったので、
いい人見つけていいママになっているのだろう、
と信じます。
その頃からハーフ好き。

たぶん何かと何かが出会うところに、
新しい何かが生まれそうだ、
という予感みたいなものが好きなんだと思います。
今でも、イヌでもネコでも血統書などというものに
これっぽっちも興味が無く、
むしろ長居公園歩いてますと最近は
いろんな掛け合わせが見られて楽しいです。
(当人達はたいへんだと思うのですが)
ペルシャと和猫のMIXでしょうか、
スラッと和猫ボディなのに顔の周りとしっぽだけフサフサの
ライオン丸みたいな子とかいて、
自然というのは多様です。
あと、
「○○だから○○」というのが、
すこぶる嫌いだから、でもある。
オバマさんが次期大統領に選ばれた時、
向こうでならともかく日本で
「黒人が黒人が」というのに非常な違和感を覚えました。
だってそもそもあの人MIXじゃん(お母さん白人)
半分白入ってまだ黒っていうんだったら、
アフリカから旅をしてきた我々はみんな黒ですよ。
意味がまったくわからん。

最近では日本のタレントさんでも
ベッキーにウエンツ君に青山テルマさんとMIXもごっそり増え、
スポーツでもダルビッシュ有やカレン・ロバートが大活躍。
これ二人とも「外国なんか行きたくねぇ」と言ってるのが
なんというか、微笑ましい。
僕が老いた頃には
「おじいちゃん、『ハーフ』ってなに?」
と4種類ぐらい混ざった孫に問われてみたいですな。

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2008年12月20日

道未だ遙かなり

「間違うてるんちゃうか」
と途中からうっすら思っていても、
度胸が無くて修正せず行ってしまって
余計に傷口を広げた経験はございませんか。
僕はそんなんばっかりです。

最近もどうもこう、
間違うてるんちゃうか
間違うてるんちゃうか
と自問自答しながら暮らしています。
なんと言いましょうかね、
どうがんばっても130km/hしか出ないのに、
一生懸命ストレートを磨いているような。
そじゃなくて、
80km/hのカーブで緩急つけるとかね、
微妙に動く球でバットの芯を外すとかね、
そういうとこ考えていかな、
あかんのちゃうか自分〜?
(関西では相手のことを「自分」と指すことがあります
 この場合相手は自分なのでどっちでもいいのですが)

がむしゃらに前に出るより受けて立つとか。
要素単独のクオリティではなく全てはコンビネーションだとか。
極端なインパクトよりもバランスの生み出す心地良さだ、とか。
とかとか。
なーんか今まで、
「いやっそれはちがうッ!」
と言ってたことの方が正しいような、
いや正しいというよりも、
自分にはそっちの方があってるのかも〜、
というような、
そんな情けな〜い疑問形が頭にこびりついて離れません。

そんなことはね、後からできると思ってた。
一段下に見てたわけですな。
いや違う。
それはそれで、そういう方向に、鍛えないと、
注意深く冷静に意識を持って丁寧なハードワークで、
やらんと、やっぱダメだと。

なんどかそういう気になったことはありまして、
ものの例えですが、
サッカーで言うなら
FWじゃなくてセンターハーフの位置から、
物事にコミットしていく、
ような感じの。
でもそういう時決まって
「いやしかしサッカー選手であるならば
 どこからでも点を獲りに行かないと」
と思い直したり直さなかったり。
そこがちょっと間違ってて、
点を獲るのは、
僕ではなくて、成果物、僕ならば書かれたもの。
言い換えれば、
自分が点を獲りに行ってるようでは、
ダメなんじゃないかと。
非常に微妙なわけのわかりにくい表現なんですけど、
「この文章」に点を獲らせるために、
自分は消えて水面下で働くような、
なんかそんな感じ。

とするとそれは、
今までやってきたことと180度違うので、
いままではなんだったんだろう……
という感じです。

ただそれは、本人の感覚上の問題であって、
できあがったものとは、
直接は関係ないんですけどね。
打ち損ないでもヒットはヒット、
会心の当たりでもピッチャーゴロはピッチャーゴロです。
もちろん
「会心の当たりでヒット」が一番気持ちいいわけですから、
それを目指すんですけども。

こないださ、
そろそろ10周年だとふと思ったので
この10年でどのぐらい書いたかざっくり調べたのさ。
公私合わせて15000KB、
原稿用紙にして3万枚ぐらい。
つまりね、
そのぐらいでは、なにも起きん(笑)
吉本隆明さんの名言に
「なんでも10年やればいっちょまえになる」
ならなければ俺の首をやると。
ならなかったよ(笑)
吉本さんの首は要りませんけども。

走りゃええってもんじゃないッスねぇ。
どこ向かって走るか、しっかり見てないと。

おかしいとは思ってたんですよ。
いつもさ、
パッとやった方が評判よくって、
一生懸命頑張った方があんまりなのね。
(多くのコンテンツビルダーが頷かれる経験だと思いますが)
ま、なんてんだ、えー、
「がんばらなあかん」ってとこへ追い込まれてたら、
それはもうアウトなのさ。
その人のナチュラルではないからね。
がんばってもせいぜいプラマイゼロにまでしかもってけないから、
時間と労力の無駄。
ゼロからやりなおせ。

……と、言われてるようで、
メニエールも出てくる今日この頃です。
はー。
いっちょまえになるのは、いつのことだろう。

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2008年12月19日

スポーツ三題

・クラブワールドカップ マンチェスターユナイテッド 5-3 ガンバ大阪

いやーめちゃくちゃ面白かった〜!
2-0から1点返したらユナイテッドに火点けちゃいましてね。
ボコボコに殴られたんですがそれでも
遠藤のコロコロPK(今日はちょっと速め)が決まって橋本も得点、
「攻撃サッカー」とはこういうことを言うんだと
タフ西野に思い知らされた感じです。
やっぱサッカーは殴り合いが面白いのう。
去年のミランvs浦和は「これ以上はやりようがない」という善戦をして
でもやっぱり試合全体としてみればミランに
コントロールされてた感じがありましたが、
今回はもちろん力の差はありこそすれ
マジバトルという感じでした。
いやほんとガンバがプレミア中位のチームだって言っても
通じると思いますよ。
これ2トップが……ファンの人には申し訳ないけど
もうちょっと迫力あったら、もっと焦らせてたと思う。
ルーニーのあのなんだ、缶蹴り遊びみたいに得点するの、
あれは一体なんですか。
あれがワールドクラスなんよねぇ。
あと二川が使えなかったのも痛かった。
でもこれで遠藤には海外フラグ立ったんじゃないですか。
ぜひいいチームあったら行って欲しいですね。
あとは西野監督もこれまた評価上げたんじゃないでしょうか。
スペインあたりのチームで
「あいつのサッカーオモロイやないか」
と言ってくれるオーナーが居れば……
と、いろいろ夢が広がる、
いい試合でした。
私セレッソ・サポですから、
普段はガンバは絶対応援しないのですが、
この試合ばかりはよしいけそこだと喚いてしまいました。
ガンバサポも華々しく鼻血まみれになっても
前へ「足」を出す「らしい」戦いに
大満足だったんじゃないでしょうか。
個の力では全ポジションに各国代表のエースを取りそろえる
ユナイテッドとは正直まるで比較にならず、
西野さんの手元には状況を変えるカードすら一枚も無かったわけですが、
それでもしっかり鍛え上げて全員でタフに戦えば
世界一のチーム相手にここまでやれると。
3点目取られてあのクールなファンデルサールが
なんか蹴ってましたからね。
いい試合でした〜。

・竜王戦決着。渡辺 4-3 羽生で大逆転防衛。永世竜王位。

羽生開幕3連勝が決まった時には「ああもう決まりやね」と
永世全冠をお祝いするムードすら漂ったものですが
そこから、正確には4局目途中から渡辺竜王驚異の粘り。
その局が終盤乱戦になって、ご本人も
「何度も負けを覚悟したのに、なぜ自分が勝っているのかわからない」
というほどのハードバトルだったのですが
これを凌いで一気に吹っ切れたのか、
そのまま4つ取り返して初の永世竜王位に。
(竜王は5期連続か通算7期。羽生さんも通算6期でリーチでした)
将棋のタイトル戦で3連敗後4連勝は
史上初めてとのことで、
なんとも華々しい幕切れとなりました。
第7局ぽつぽつと中継サイト見てたのですが、
ド素人の感想ですけども、
羽生さんの強みである「大局観」みたいなところへ、
渡辺さんがそれを外すような、
新手というか奇襲というか、
あれ?それはいいの?
という手を繰り出してその大局観を強制的にリセットさせる。
ゼロから組み直させられる羽生さんはそのたびに
精神力と体力を削られて、
最後は根負け。
そんなイメージでした。
渡辺さんの若さと思い切り、あと3つ取られたが故の
「思い切ってやりたい手やったれ〜〜」
という感じがいい方に作用した感じです。
blogでも追い詰められても淡々と
http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira
「まだ星は厳しいですが、がんばります」
てな感じで、ずっと自然体。
もちろん内面ではもうドロッドロに悩み抜いたり考え抜いたりしてるのかも
しれませんけれども。
ともあれおめでとうございます。
ま、ね、全部が全部ハブカラーというのもつまんないですから。
また来年この組み合わせで観てみたいですが!
中継サイトの梅田望夫さんの観戦記もすごく面白いです。
何書いてあるかさっぱりわからん「web進化論」の100倍おもろい。
http://live.shogi.or.jp/ryuou/index.html
将棋観戦おもしろいですよ。
アメフトとかバスケ好きな人なら結構ハマれると思います。

・フィギュアスケート・GPファイナル 優勝・浅田真央

やや旧聞ですが、これも観てました。
真央ちゃんバケモンでね(笑)
フィギュアはジャンプだけじゃない、とは言っても、
ジャンプだって表現のひとつですから、
あんなぴょんかぴょんか飛ばれたらもうどうしようもないという感じでした。
演技順があとで、
「自分の完璧を出せても勝てるかどうかわからない」
というところへ追い詰められたキム・ヨナ選手が
観てて気の毒なほどでした。
あれも勝負のアヤですな。
SPでキム選手がわずかに上回ったのは
正直ホームアドバンテージが効いたと思うのですが、
逆にあそこで1位浅田2位キムで、フリーが逆の演技順だったら……
と思います。タラレバですけども。
しかしまだ二人とも伸び代がありそうなので、
これからもまた楽しみです。
あっという間に来年の世界選手権がやってきますからな!
天性のあるスポーツ選手がその絶頂期に登りつめていく
期間というのは、
観ててワクワクさせられるものです。
人間の限界を破ってくれそうだから、かもしれません。

今年はなんだか北京五輪を筆頭に
スポーツ大当たりの年のような気がします。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき