2009年01月02日

本「ザ・チョイス」 エリヤフ・ゴールドラット



「頭がいい」というのはこういう人のことを……
と、最近頭のいい人の本ばっかり読んでます。
ラッセル先生に引き続き
「ほら、簡単でしょ?」
という感じでゴリゴリと話が進められていき、
所々で実例レポートが挟まれては頷かされ、
また先生のペースに巻き込まれていく……
まるで実際にこれ系のセミナーへ行ったかのようです。
私会社員時代に企画屋だったものですから
こういう系のセミナーにも行かせてもらった、
というか行かさせられた、というか、
で、懐かしい感じもしました。
ああいうのって、マジピンチでもない限り、
(そしてマジピンチの時は大抵組織が麻痺してるので
 解決しようという一歩すら働かないことが多い)
企業の方としても本気で勉強しようというわけでもなく、
いわばアリバイ作りの面も大きいのですが、
しかしことあるごとに社内に
そういうセミナー受けたことある人間を揃えておくと、
自前で
「ああそういえばこういう時はこうすればよかったような……」
という提案も出てきたりするものです。
それが大事。
大企業が、業績が悪くても粘るのは
各現場にそういう部隊長みたいなのが居て、粘るからですな。
特に日本の組織は伝統的に
下士官・下級将校クラスを現場で鍛えて育てるのが上手く
だから戦闘はいいのよ戦闘は。
戦術>戦略となるに従ってどんどんダメになっていき、
つまり昨今の学力低下でみんな真っ青になってるのは
ただでさえ肝心要の戦略がヘボいのに
(「無戦略こそが最高の戦略である」
 という伝統があるという説もなくはない)
得意の戦闘まであかんようになったら
ホンマにどうしようもないやんか、
という点です。
僕個人的にはやっぱりどう考えても日本人に向いてるのは
白刃突撃なので、
無敵戦闘員つまりサムライ&ニンジャを
ズラッと揃えて戦争は絶対にしない、
なぜなら勝てないから、
これに限ると思います。
それはいいのですが、
要するに外部のコンサルタントさんとかが来ていいのは、
中に居るといわゆる「メタ」な解決策なんかが
ぜんっぜん思い浮かばず、
それできわめて簡単な解決策を見逃したりしてることです。
この本でも例示されてるのですが
パン工場のね、売上げを飛躍的に伸ばしたいと。
散々細かいとこ弄って、昨今お決まりの
道路を倉庫に使う在庫減らしの頻繁なオペレーションとか
やり尽くして、
さらにもっと無いかもっと無いかとやって、
最後に出た結論なんだと思います?
「日に2回しか動かしてない配送トラック使って
 運送業始める」
はあ!?
って感じですが、まあ、しかし、
真理。
これパン屋の視点では絶対に出ません。
プライドあるからね、なんちゅーてもね。
カネ儲かりゃええってもんじゃないからね。
だいじなのはそのアイデアを採用するしないではなくて、
「こういう考え方もありますよ」
と頭ん中をシャッフルすることです。
人の悩みやとね、
人間簡単に言い切っちゃうよね(笑)
「別れちゃいなさいそんな男とは!」とかね。
でも、それが真理なんですよね。
みんな薄々はわかってるんですよ、
真理というのは極端に簡単なことだと。
要は誰かに、
あるいは何かに、
背中を押してもらいたいのです。
みのさんでもいいし細木さんでもいいしイワシの頭でもいいし、
この本でもいい。
だからどうしてもこれ系の人は
自らを大きく見せてカリスマ性を増し、
「押す力」を大きくしようとします。
そこが構造矛盾で、そうすればするほど、
いざ押された時の力は強くなるけど、
取っつきにくくなって、
押されたいなと思う人を減らしてしまう。
その点博士はまだまだ正直者。
ブラジルでセミナーぶつぞと下準備したら
ものすごい申し込みが殺到しそうで、
このままではコンサルタントの数が圧倒的に足りなくなると。
これは我が社のピンチだ、全社会議だ!
と世界中から人集めたら
実はそれほど申し込みなくって、トラタヌだったと。
「やっべーどーしよーみんな来てもらったのにー」
と自ら頭を抱えながら、
「いや待て真理は簡単なはずだー」
と思い直してなんか適当な議題をでっち上げる。
そんなような模様がちゃんと描かれてたりして、
まあ、ビジネスの真理というのは奥深く、
いつまで行っても尽きないものです。
そう博士が口を酸っぱくして言うように、
科学と、同じ。

父と娘の会話形式で書かれているので
ちょっと要点の読み取りがしにくいですが、
内容自体はよくわかるように噛み砕いて書かれています。
おもしろい本です。
読む時間もそんなに掛かりません。
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2009年01月01日

2009今年の抱負

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。

毎年年頭に抱負を述べたりするのですが、
15秒後には忘れてますよね。
いいんですそれでも。
抱負を考える、これが大事。

私は今年は
「どんどん作っていこう!」
と思います〜。
やっぱりなんだかんだと言いつつも、
作ってる瞬間が一番楽しいですね。
だとしたら一番楽しいことを一番たくさんやるのが
よかろうと。
またどうぞおつきあいくださいませ。

あとはあんまりこだわらず。
年末から「かくあるべし」みたいなところは
ほとんど要らんのとちゃうやろか、
と思ってます。
どのやり方、どのあり方にも
それはそれなりの意味があり、
「進化」論などと言いますが
ゾウリムシだって今日も元気に生きている。
この「元気に生きている」というのがなにより大切で、
ヒトになるかカブトムシになるかというのは
まあその次の次かなぁ、と思ったり。
「こんなクルマが欲しいんだよ!
 メーカーは金の効率化ばっかりで
 金にならないけど欲しがる人は絶対居る
 クルマを作ってくれない!」
などとエラソーにいつも言ってますが、
我が身振り返ってみれば自分も全く同じことをやってまして、
やっぱり
「これぐらいの効率以下のことはやりたくないなぁ」
と、仕事でも生活でも思ってしまいます。
そのへんできれば無くして、
高校生かあるいは小学生かのように、
「あいつアホや!w」
と言われるような、そういうの度外視で
「俺これ好きやからやりたいねん」
みたいなところをですね、
どんどん行きたい。
だからホンダもアコードに3.5を載せて
ユーロRにせよ。

去年の冬の同人誌の話しましたっけ?
365個エエ話エエ言葉集めてきて、
一番人気が
「オリゴ糖 浜村淳です」
だった話。
そう、人はさ、エエ話とかエエ言葉なんて
聞きたいわけじゃなくて、
「そいつからしか聞けない話」
を聞きたいんですよね。
あれは勉強になりました。

結局、結果的に、
そういうものが価値になり、
それがお金とか評判とかモロモロを生む、
つまり効率を稼いでくれるわけで、
コースは逆じゃないんですよね。
人間は簡単にこれを間違えます。
なぜかはわかりませんけども。

そんな感じで、
「チクショウあいつ楽しそうだなオイ!」
と思われる姿を自分でもめざしたい、です。
皆様にとってもいい年であることを
祈念いたしております。

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2008年12月31日

コミックマーケット75御礼

ブースに来てくださった皆様方、誠にありがとうございました。
なんかもういつも同じ皆さんに来て頂いてる感じで、
恐縮です(笑)
いつも開会直後が疲れのピークで、
「あぁもうしんどい、今回を最後に……」
と思ったりするのですが、
終わると解放感からかまたやろうという気になります。
夏もまた当たって、なにかご呈示できればいいのですが。
またご感想などもお寄せください。

「なんでもサブプライム」なご時世からか、
お天気比較的暖かかったのに人出自体も少ないめな感じ、
なにより一人の方の持ってる本や鞄の量が
かなり少ない気がしました。
ブース間を闊歩するコスプレあるいは凝った衣装の方も
目立たず……まあ、ご時世ですな。
また夏は華やかだといいのですが。

途中旧友のO24さんが来てくれて助かりました。
あの1時半ぐらいから終わりまでの時間が長いんですよねいつも(笑)
あっという間でした。
帰りはいつものO君と水上バスで浜松町で一杯。
ちょうど水上バスの乗り場のそばが痛車展示会でして、
それを肴にまた
ナベさんが心眼で走る話と
那智さんのセブンが1秒後にスタートする実況の話で
盛り上がるメカドック世代。
東京はお魚も美味しいわー。
でも一番インパクトあったのは
イカスミバゲットにチーズののせて焼き、
その上に生ウニをのせるウニトースト。
これうまかった。
いやいや、生きているって素晴らしい。

新幹線が人身事故影響でダイヤが大幅に乱れてたので、
自由席券買って飛び乗りましたが、
まあなんとか席確保して大阪まで。
大変疲れましたが、
とても楽しかったです。
やっぱり祭りはそうでなくては。
ああ年賀状がまだ……

ではみなさま、
よいお年を。

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2008年12月30日

今年の総括

例年31日ですが、
今年は明日はコミケのお礼だと思いますので先行入力。

皆様2008はいかがでしたか。
吉例5点評価で……私は、3。
辛めですが、毎年毎年
「良いことも無かったが悪いことも無かった」
というのに飽き飽きだ!なので。
来年はいいことあるといいなぁ。

個人的にはここ4-5年悶えてました
「いかに書くか!」
というところに一応の決着をみました。
結論。
「これぞ!」という理論など無い。
その人の「自然体」が、いちばん。
散々考え抜いてそれかよ、って感じですが、
考えつくしたがゆえの結論ですので、
本人的には結構得心いっています。
まあ、問題は、その「自然体」っていうのが、
とても難しいことなんですが。

それが夏前ぐらいで、
ではそれから一気に上昇気流に乗って……
と行かないのが人生の難しさで、
それまでの僕はどちらかというと
「頑張る」ことでパフォーマンスを稼ぐ方でしたので、
「頑張らない」といわれてもこれ簡単にはいかない。
37年も身体に染みついた戦い方は、
そう簡単には抜けないのです。
それは今も、ですが、
それを「クールダウンクールダウン」言いながら
深呼吸しながら
騙し騙しやってきたのが夏から秋。
で、一山なんとか越えて、
どっと疲れが出たのか
めっさ体調不良のこの2ヶ月、って感じです。

来年は、この戦い方をしっかり身につけたい。
ていうかそれができんとこれから
年を重ねると戦えん。
体力的にも精神的にも無理だ(笑)
来年は、この長い仕込みがなんとか実を結べばいいなあ、
と思います。
こればっかりは神頼みですな。
ナムナム。
それは神様じゃない。

人間はやっぱり、
できないことに憧れるんですよね。
で、それを無理して背伸びして、やろうとする。
それは成長に進歩に繋がることも多いのですが、
やりすぎると、ダメ。
できることを、得意を、好きなことを、
伸ばしていくのと、
少なくとも両輪でないと。
僕の場合で、例えて言いますと、
リアルで自然な「巧い」絵に憧れがあったのですが、
どっちかというと向いてるのは
マンガっぽい・デザイン的な絵、みたいな。
じゃあデッサンの練習もしつつ、
やっぱりマンガ描きましょうよ、
と。
憧れに向けて力を使うのも結局は
自分のためになるんですけども、
自分のナチュラルの方を、より大切にしたい、
です。

さあ来年も、がんば……いや、
明るく楽しく、参りましょう〜。
笑門来福、笑門来福。

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2008年12月29日

二つの道

先日の「日本の「安心」はなぜ消えたのか」に興味深いお話が載ってました。
ジェイン・ジェイコブズさんという学者さんが唱えた仮説なのですが、
人間のモラルには2種類あると。
それが「市場の倫理」と「統治の倫理」、
山岸先生風に言えば
「商人道」と「武士道」だと。
両者には優劣などなく、その社会の状況に応じて
合ってる方を使えばいいんだけども、
一番マズイのは混ぜてしまうことだと。
混ぜてしまうとダブル・スタンダードになってしまい、
行き着く先は「なにをやってもいい」という混乱になる。
例えば武士は主君のためならテロも起こすわけです赤穂浪士のように。
しかしそれは決められたルールを守り誠実であるという
商人道とは反する。
つまりこれを混ぜると、
「売るためなら偽装はやむを得ない」
というムチャクチャな話になるわけですな。
今の日本はここが混乱しており、
これからの世界基準の市民社会にフィットしていくには、
商人的な倫理観に合わせて行った方がいいんじゃないでしょうか、
という本書の本旨に結びついていくわけですが、
それはそれとして。

僕はこの二つがなんとか一緒にならんもんかと
長年、いろいろ考えてきたのです。
ものすごく大雑把に言いますと、
「合理性」と「倫理性」というのは常にせめぎ合う。
あるいはちょっとズレちゃいますが
「下から組み上げる」と「上からでっちあげる」。
さらに進めて
「科学」と「悟り」とか、
そこまで行っちゃってもいいかもしれない。
A・ロッドとイチローとかね。
上にありますように、それは常に、
どちらが正しいとか、どちらが優れているというわけではなくて、
その場合に応じて、
どちらのアプローチの方が「効く」か、
そこで「判断」した方が良い。
ちょっと咳が出るなぁ、と思えば
生姜紅茶飲んで寝こめばいいのであって、
1日がかりで大学病院行ってMRI撮ってもらう必要はない。
でもそれが1ヶ月続いて段々酷くなってるなら、
やっぱり大きい病院で診てもらった方が良いのです。
そこのね、
「判断」をね、
どうすりゃいいのか、っていうのがね、
ハッキリした基準が無いわけですやん今。
こっから先はA方式それまではB方式、
みたいな。
それがそもそもA方式であるという矛盾を構造的にはらんでしまっていてね。
ここんところを、
私は、解決したかったんですよ。
なんでこれ誰もやんないんだろう、
そここそが問題なのに、
と思ってた。

今思えばなんと大胆な。
もう3000年前にエライ人が陰陽の考えを生み出し、
「こんな感じ!なんでも二つなの!」
って結論出してるものに
ドン・キホーテのように挑み掛かったのです、
18歳の私は。

誰もやんないのは当然で、
直感的に「無理だ」とわかるわけです、
水と油だから。
それを石けん入れて無理に混ぜても、
水でも油でもない変なものができあがるだけで、
なんの有効性も無い。
まさに偽装企業ができあがるだけです。

いやでもなんとかなるんちゃうかな、
と今でも思ってます(笑)

なにかの悟りの境地を1日で得られたら、
それに越したことはないでしょう?
先日野茂さんがオリックスの臨時コーチとして秋季キャンプを訪れ
加藤投手にフォークのアドバイスしたら、
「3年練習してきたのを5分で超えた!」
そういうやり方があるんやったらね、
その方がいいじゃないですか。
まあでもそれは、
加藤投手はセーブ王獲れるだけの実力の持ち主であって、
合理的に積んだ修練の、
もうほんと最後のひと押しが、
野茂さんのアドバイスだった、というだけ、なんだろうな、
と頭では簡単に理解できるんですけどもね。

太極図のように、
どっちでもいいから突き詰めきると、
逆の領域にも近くなり、その一部を内包さえする。
ローマの昔から、
トップクラスの政治家と商人は、結びつきが強いのです。
それはおたがいの利益になるのみならず、
たぶん精神的にもいくところまでいくと、
シンパシーあるんじゃないかなぁ。

今からは想像もつかないかもしれませんが
高校生までのながたは嫌味なほど合理的な人間で、
それを指摘されるとむしろニヤリと嗤って喜んだほどでした。
だから「自分にはない」逆の方に興味があって、
いろいろ調べたりやってみたりしたのかもしれません。
やっぱり、バブル期以前の日本は安心社会でして、
そういう人間はダメ、ってことに、なってたんです。
若い人には信じられないかもしれませんが。
今だったら
「違う視点から見てる」と評価されることが、
「斜めから見てる」って叱られたんです。
いやホントに。
まともに聞いてもらえないから、
どんどんニヒルになってシニカルになって、
韜晦して、冗談でくるむようになったんです。
いやホントに。
そう考えると今みたいにblogなりなんなりで
誰でも好きなこと言っていいのは、
そしてそれを少なりといえども聞く人がいるというのは、
天国みたいな環境ですよ。
いやホントに。

混乱の例を挙げますと、少し前に
ある芸人さんが若すぎる女の子引っかけて問題になって、
相方の人がTVで泣いて謝ったでしょう。
あれが混乱。
合理的に言えば
「そんなもんお互い社会人やねんから
 二人でいる時ならともかく
 一人の時のことまで僕責任持てません」
と言い切ってもいいわけです。
それが真実ですし。
逆にサムライ的に本気で「謝罪」するなら
頭丸めて全番組降板して一年間謹慎ですよね。
カメラ前でびよびよ泣いても当人にはなんのデメリットも無いわけで、
それは「謝罪」にはならないわけです。
どっちでもない。
その方を揶揄する意図は無く、
このように混乱してますね、と言いたいだけですが。
もちろん、
僕もたぶんいろんなところで、
いろいろ混乱してると思います。

僕は職人さんや職人芸にリスペクトがある方だと思いますが、
それでも心のどこかに醒めたところがあって、
SHARP時代ですけど当時MDが出始めでね。
資料見てますとスロットインローディングの機構を、
何種類も何種類も考えるんですよメカトロ職人達が。
こっちは薄くできる、こっちは簡単で安い……とか。
そうやって精緻な技芸と涙ぐましい努力を凝らしに凝らして、
黒船(あいぽっどと読む)がやってきて
全部パー。
道を究めることは大変尊いことですが、
それが平凡な幸せ、誰かの幸せを犠牲にしてまで、
となると、
それは本当に「いいこと」なのか?
しかしその、着実な一歩一歩が無ければ、
進歩もなければ革命だって起きやしない、
これもまた真実。

まあだから、欲を出さず、
我々の世代では
・二つのやり方がある。
・優劣はないが、その環境に合う合わないはある。
・その人にとって自然なやり方がどちらかは当人しかわからない。
・おたがいに尊重しあう。
こんな感じで一歩、認識が進みましたと。
その事実を広く知らしめるだけで十分な気がしてきました。
大統一は、いずれ現れるブッダ級の大天才に
おまかせして。

わたし個人的には、
道が二つあるとするなら、そろそろ昔とった杵柄、
商人道の方へ戻ろかと(笑)
それで自分と皆さんが幸せならばそれに越したことないですしね〜。
「本一冊書いたから!
 500円ちょうだい!」
と大きな声で(笑)
誰かの人生を変えるほどである必要はない、
しかし、
胸を張って500円もらえるように。
まあ、武士の魂を知っている(持ってはいない)
商人も、いいんじゃないかと。

あなたはどちらですか。
どちらでもいいと思います。
無理せん方がええですよ。

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2008年12月28日

目は、まあ鍛えられる

先週そんなような弱音を吐きましたが、
よーくこの10年でなにが変わったかと考え直してみれば、
「目」は変わったと思う。
変わったというか、
ようやく見えてきたといいますか、
「自分の目」になってきた、といいますか。

人はモノ見てるようで何も見てないものです。
自分に都合のいいように見てるか、
教えられた(それは意識的にでも、無意識に刷り込まれたものでも)
文脈に乗っ取って、
教えられた評価軸を当てはめてるだけか。
一例挙げますと
私の母は吉永小百合さんがあまり好きではないのです。
これだけなら当たり前のことで、
人間には好き嫌いがありますし、
ことに芸能人の方は個性よりも芸風による好き嫌いが
表面に立ちますので、正確に言えば
本人に加え社会全体で築き上げた
「小百合像」
が好きではない、ということですな。
しかしこれを近所のおばちゃん連中の前で語りますと、
一斉にもの凄い反応が返ってくるわけです。
「そんなことありえない」と。
そんなことの方があり得ない(笑)
つまりその
「吉永小百合と言えば日本を代表する美人であり
 彼女を好きでないというようなことはありえない」
という文脈に乗っ取った発言・反応をしてるだけで、
個人の「本当の思い」でもなんでもないんですそんなものは。
えらそうに言ってますが
もちろん僕もあなたも、
同じようなことをどこかでやってるに違いない。
人間っていうのはそういうものです。
「評価を下す」
というのは『極めて』重いタスクでして、
ものすごいエネルギー食うんです。
だからなるべくなら、
一回一回生データを分析して評価を下すなんてことは、
やりたくないんです。
流通してる既成の評価に対して
それほど異論が無いのならそれを流用した方が早い。
かなり前なんですけど、
さんまさんがTV番組でまたお得意の素人いじりをしてて、
杉本彩さんがセクシーだと。
しかしそこに出てきた素人の男性が、
ごく普通の理系独特の良いダサさのある若者が、
「いやぜんぜん」
とこうTV的な空気読みゼロで言い放つわけです。
さんまさんまた得意のくどい繰り返しで
「いやそんなことないやろう!」
男性負けない、「ぜんぜん」
さんまさんついに
「今杉本彩が君の目の前に全裸で現れたら興奮するやろ!」
「い〜〜えぜ〜〜〜んぜん」
気持ち良かったです(笑)
たぶんそう思う男性は15%とか20%どこじゃなくて、
半分とか2/3とか、
「実は」そうなんです。
まあでもシチュエーションとか、
「こう言っといた方がコスト安いな」
という方へ流れがちなんですな。

それは人間の行為全部について、
たぶんそうです。

もちろん全部が全部をゼロから組み立てるのは
非・現実的なんですが、
しかし、自分にとってとても大切なこと、
たとえば仕事とか、
人生賭けてる1st趣味だとか、
そういうことについては、
自分の目で見て、自分の頭で考えて、
自分の心で感じて、
「自分の評価」を下せること、
これが極めて大切なことです。
しかし、逆説的なことに、
大事なことの方が、
世間で流通してる「既成の概念」に触れる機会が多いために、
それと戦う必要が生じるのです。

これが、たいへん難儀なんです。

本当によいバランスにある場合は、
談論風発議論百出、
様々な価値観が様々に語られて、
自分が依拠しやすいいわば「仲間」も見つけやすいのですが、
たいていの「コト」はそんないい状態にはなく、
過度の商業主義に負けて本質からズッぱずれてるか
(最近のコンパクトデジカメの例などこれですな)
世間の注目をほとんど失ったが故に
構成員と構成要素が固まりきって宗教化というか神学化し
そもそも議論が成立しないか
(ピュア・オーディオの世界とかこれに近い)
たいていそんなものです。
そこで自分の価値体系、
「わたしにとってはなにがいいのか」
を確立するのは、
これ並大抵の努力ではない。
勇気も要る。
そして、時間が掛かります。
最初は自分もドロッドロに「思い込まされて」いるので、
そこをアウトプットを繰り返すとか、
多様なインプットを苦行のように浴び続けるとか、
とにかく追い込まれて
「あああもうこれしかない!」
というところを、
しかもそれを何度も何度も繰り返すことによって、
ようやく、
「……ああ俺ってひょっとして、こう?」
というところがおぼろげながら見えてくる。
自分のことが、
自分では一番わからないのです。

ここで私の個人的な話をしますと、
たとえ話になりますが、
僕はユーノス・ロードスターのような、
「走って楽しい」クルマを作りたい。
でも世の中で売ってるのはね、多くは
ジェットコースターなんですよ。
だからいつも書店へ行くと、
「う〜ん……」
と思います。
いいとか悪いとかじゃなくて、
「ちがう」と。
もちろん世にはジェットコースターを好む人もたくさん居て、
そこに対してダメだとかそんなこと言うつもりは
まるっきりないんですが、
でもロードスターに乗って屋根開けて
紅葉の田舎道をふわ〜っと走りたいと思いませんか?
とまあ、こう。
そういう目で見るとそういうクルマ作りしてる
メーカーさんは極端に少なくて、
これホンマに商売になるんかいな、
と不安になったり、
いやむしろ少ないから商売になるんだろ、
と思ったり。
余談ですが
だってロードスターだって世界にたった一台ですからね、
あの世界観をキープできてるクルマは。
Z4とかSLKとかあんなん全然違いますよ。S2000もそうです。
「操る楽しさ」に速度は何の関係もない。
そこに色目があるうちは「屋根の開く速い車」に過ぎない。
(もちろんそれを好む人も多数居るのは承知)
さらに完全余談ですが次のロードスターは
「小さくする」
と貴島さんがおっしゃってるらしくて、
いやもうさすが貴島さんさすがマツダさすがロードスター。
やっぱ別格ですよあのクルマは。
なんでもできる、
お金も技術もブランドイメージも人も経験も余裕もある
巨大メーカーにできないことを、
いや「やらない」というのは「できない」と同じですからね、
広島の二回潰れかけた中メーカーがやってんだから、
人間の行為に環境なんてなんの意味もないんですよ。

そのようなことで、
長年やって何を得るかと言えば
自分の手もそうなのですがそれよりも、
自分の目。
「ああ俺はこれがやりたいんだな」
とう「感じ」。
それを得ると、無駄がなくなるわけですね。
たとえば他者からの評価が低くても、
自分のベクトルに乗ったものであるならば、
それは自分にとって得る物が多い。
楽しくやれる範囲が、増えるわけです。
なんでも楽しくやるにこしたことはないのですが、
楽しくやるってのがこれ、
簡単なことじゃないのです。

あなたが今、「楽しい」と思ってること、
ホントに楽しいですか?

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2008年12月27日

コミケに出す物

はいあがりました、あともう事故でもなければ
ちゃんと当日机に並べます、

「Miracles! #11 アクトレス・プリンセス」

頒布価格500円、
なんと今回はCD-RにてテキストファイルとPDFです!

……いや、最後までコピーで行こうか悩んだんですが、
ま、たまには変わったことやりましょうかと。
僕が同人活動始めました99年からは
随分デジタルリテラシーも変わってますし、
ひょっとしたら今の若い人はテキストファイルを
ぽんとmicroSDに入れてケータイででも読む方が
楽なのかなぁ、とか思って。
もちろんPCなら好きなサイズ好きなフォントで楽しめますし。
あとね、同人誌って処分しにくいじゃないですか。
物理スペース取らないのもいいかなぁ、と。
トライです。できますれば皆様のご意見お聞かせください。

#11ですから当然主演は2年生、堺愛。
もう描き始めは自分でもちゃんと描けるかビクついてたのですが、
描き出すと動いてくれました。
やっぱ自分の好きなように動かせるので楽しかったです。
思い返せば4年ぶりになるのですが、
みんな当たり前のようにそこに居てくれました。
私が成長してないという気もする。

4年間、たまにぽつ、ぽつと妄想してたお話なのですが、
描き始めるとぜんっぜんそんなものではディテール足りなくて、
あぁやっぱ描かな、現物作らな何も始まらんわと。
痛感いたしました。
もっと描きます。

あ、細かい技術面を言いますと、
今回は「ちょうど」って感じを意識しました。
いままではもう濃いければ濃い方が、という感じでしたが、
あんまりクドクドしいのも、と思い直し、
自分的には塩分脂分控えめで。
できてから読み直しても
「あこのへんにちょろちょろっと入れとくか」
みたいなところあるんですけど、
そこはむしろ描くよりも読者様にご想像願う感じで。
いつもそれ描いちゃうんですけど、
全然何の反応も無いんですよね。
お叱りは受けないので邪魔なものではないみたいですが、
無くてもいいものなら、無い方がいいかな、とか。

そんなとこかな。
では、お越しになってくださる方は、
愛ちゃんの大活躍を、おたのしみに〜〜〜。

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2008年12月26日

心因性

相変わらずフラフラしてます。
たとえるとちょっと長い時間船に乗った後、
地面が動いてるでしょう。
あんな感じの、ゆるいの。
が、疲れると出ます。

この「疲れると出る」っていうのが
家電製品の再現性のない不具合同様で
お医者様に行きにくくてねぇ。
始終世界がぐるぐる回ってるなら行きますよそりゃ私だってー。
一応それでweb調べてみるでしょ、
「メニエール 治療」とかで。
そしたらあーた、
鍼に漢方に整骨院に健康食品。
ああやっぱり……という感じです。
もちろん基本的には器質的故障で起きるものでしょうから、
重篤な場合はすぐ診てもらった方がいいのですが、
昨今流行りの「心因性」でござるよ。
「ああストレスですねぇ」ってヤツね。
以前も言いましたが
「気を楽に」言われて楽にできるなら
もう楽になっとるわ!

以下2冊の本はとってもオススメの本なんですが、



要するに「病は気から」だと。
(もちろん両方「ちゃんとした」本なので、
 物理的故障やウイルス感染の場合はさっさと医者へ掛かれと
 念を押してあります)
でもこれって、
パンドラの箱で、
検査してもらって特に悪いところ見つからない、
でもここが悪い調子が悪い、
じゃあ、
悪いのは私の心?

ほなどないすんねん、という感じですよね(笑)
大抵その場合に、なにか心因があったとして、
それを一人で見つけるのは容易ではないですし、
(問題だと思ってないからこそ無意識に負荷が掛かる、
 という問題は多い)
見つけたからといって、簡単に解決するとは限らないし。
芥川龍之介先生ではないですが
「ただぼんやりとした不安」
なんてものは人間であるなら
ほぼ必ず抱くものですし、
三島由紀夫先生のような激情に囚われてしまったら、
もうそりゃ腹切る以外の
選択肢無いじゃんって感じですよねぇ。

それよりは、
「ん!胃潰瘍!?
 ピロリが悪いピロリが!
 全部殺す!ブッ殺ーす!
 ……はい快癒!!」
この方が話がスカッとまとまるのです。一時的にせよ。
根治ではないにしても、
繰り返しますがそもそもその
「本当の原因」に真正面から向きあって
解決できるとは限りません。
それに対して、
時間というのは強力なお薬でして、
そうこうバタバタしてるうちに、
状況が変わってその心因が無くなっちゃうかもしれませんな。
それまで切った貼ったあれ飲んだこれやった、
で誤魔化すのも、
それはそれで一つ作戦かもしれません。

ウチのポストにずーっと長年、
葉緑素系の健康食品のチラシが入るのですが、
使用者の声がね、載ってるんです。
「20年愛飲してます!」
いやいや(笑)
あかんやんと(笑)
本来一番いいのは2週間ぐらいそれ飲めば劇的に体質が改善されて
もう一生病気知らず疲れ知らず老い知らず、
いつまでも死なないと家族に文句いわれる、
これでしょう。
飲み続けてるってことは、
それを止めればどこかが欠損してしまってるってことで、
ヤバイんじゃない?とか。
程度の差こそあれ全ての健康食品に言えることですけどね。
それでも、
理屈はそうでも、
毎晩寝る前にキュッとこう養命酒でも飲むと、
翌朝スッキリした気がするなら、
それでいい、と思います。
現実なんかどうでもいいんだ!
「気がする」っていうのがだいじなんだよ!

だからあんまりその、
箱を開け尽くして、ヴェールをめくりつくして、
「ああこれは心因性ですね。お気持ちを楽に」
ってところに追い詰めないよう、
西洋医学の方も、それから代替医療の方も、
気を配って頂きたい(笑)
「お気持ちを楽に」するのが、皆さんの仕事。
前にもいいましたが
「ぼく、勉強ができないんです……」
という子どもに対して、
「大丈夫! 勉強すればできるようになるから!」
というのは、おかしいです。
「先生にまかせとけ!」
でしょう。
お医者様というのは、ピュア・エンジニアではなくて、
「先生」と呼ばれるように教師同様、
そういう「盛り上げ方」みたいなところまで
含めてのArtなんちゃうかなぁ、と思います。
ああそういや政治家もなぜか
「先生」と言われますね。
冷静に考えればおかしいですやんね、
本来公「僕」であるはずなのに。
あれ、やっぱり、そこの
「イメージづくり」料金なんでしょうな。

いやもう、強い心で自分で治す!
アミノ酸とビタミンCぐらいでなんとか治す!(笑)

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2008年12月25日

本「日本の「安心」はなぜ消えたのか」 山岸俊男



「ほぼ日」で「イトイの買った本読んだ本」という
コンテンツが始まりまして、
http://www.1101.com/itoi_books/index.html
イノイチに紹介されたのがこれ。
以前から糸井さんは山岸先生の本を強く薦めておられるのですが、
そういうコンテンツで一番にこれ、というほど思い入れがあるのならば、
ということで1600円出しました。

出してよかったです。
社会心理学の方面から表題について切り込まれており、
がさつに抜き出しますと
「武士道とか言うてるからあかんねや」と。
「正直」というのは商人の美徳であって、
裏切られるかもしれないというコストを払いながらも
相手を信頼して関係を結び協力して
より大きなことをやっていく、
お互いにいい目を見る、
それがこれからのグローバル社会では必要な意識なんだー、と。
もちろん武士道が悪いわけではなく、
それが必要な・または有効な社会の段階やシステムはあって、
その時はそれがよいのですけども、
「今」の「大衆」にとっては、そうじゃないと。

いやもう全くおっしゃるとおりで、
ウチの祖母がね、昔酒屋やってましてん。
ウチの目の前に大阪で2番目にできた府営住宅がありまして、
まあ今で言えば高級タワーマンション前のコンビニ、
もう儲かった儲かった。
師走などアホみたいに忙しかったそうです。
僕が物心ついた頃にはもう酒屋は止めまして
タバコ+雑貨でのんびりお店開いてたのですが、
なにかの拍子にフト僕が祖母に
「『あきんど』ってなにが大切なの?」
と聞いたことがございます。
即答ただ一言、
「正直や」
サービス精神とか目利きとか勤勉努力とかではなく、
ただ正直に商売していれば、お客はつくと。
それは70年代までだから、あるいは酒やタバコといった
(当時)価格・品質要素が重視されない品物だったから、
という面はあるにせよ、
絶対の真理だと思います。
「情けは人のためならず」と申しますが、
お客さんは品物だけではなくサービスだとか無理を聞くとか、
そういう全てをひっくるめてそこで買うわけでしてね。
家電量販店関西資本で唯一となったJoshinがまだ頑張れてるのも、
価格だけではなくそういう
「信頼パッケージ」を売るのに特化してるからで、
その安心もあってウチは
「家のもの」はもう基本的に割高には目をつぶって全部Joshinです。
電話一本駆けつける、
その、「あたりまえ」だったことができなくなっているのが
今の日本です。
それは劣化というよりも混乱でしょう。
そちらの方がよいとなれば、またそちらに振れるはず。
先日もTVでサッカーの中継見てましたら、
まあこの局は随分前からなんですけど
ほんっと実況がヒドすぎで、
もうホンマ(以下120行削除)
でも実は今年の夏WOWOWでユーロ観てたんですが
別に文句ない実況模様で、
「ああなるほどつまり今はサッカーは金払って見るコンテンツなのね」と。
そんなものです。
まだ少し、時間が掛かりそうですが、
そのうち「信頼すれば信頼が返ってくる」という当たり前の事実の
居心地の良さに、気づく人が増えてくるに違いないです。
江戸時代はご存知の通り商業もとても発達した時代でして、
世界初の公設の先物取引所は大坂の米相場だったそうですから、
日本人にも商人魂は色濃くあるものですよ。
そうそう、「商社」が世界中を暴れ回ったのはついこないだのことです。

話は変わりますが
日本という国を見るとき注意するのは
ほんとにこの国は「本音と建前」の二重構造の国で、
両方見ないと全体の雰囲気は掴めない。
武士道がピュアに磨かれれば、逆の商人道も華やかに花開く。
ミシュランが寿司屋に三つ星を出すと同時に、
フランスで一番有名な日本人は鳥山明先生なのです。

ああそういえば司馬遼太郎先生が晩年、
歪んだバブル経済に心を痛め
「日本人は商人にならなあかん!」
と叫んでおられたのを思い出しましたよ。
商人というのは、「お金を儲ける人」ではなくて、
「おたがいの利益のために頑張る人達」のことですな。
武士道もそうですが、
他者との関係性無しに人間社会というのはありえないのです。

ギブがあればテイクがあって当然。
ギブ&ギブではいつかギブアップしてしまいます。
それよりは、みんなで長くギブそしてテイクの方が、
幸せに違いない。
テイクそのものを忌み嫌うのではなく、
「いやその程度のことでそれはテイクしすぎやろ」
「この人達にはもうちょっとテイクさせてあげるべきやないか?」
というあたりで、うまく話が収束していくといいんですけどね。

なんとなくクリスマスにふさわしい本でした(笑)
おすすめです。
posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年12月24日

本「ラッセル 幸福論」 バートランド・ラッセル



先日長年やってましたことで
一山越えたのはよかったんですが、
越えたら越えたで「支え」みたいなものを失いました。
どんなに辛い重荷でも背負ってさえいれば
「これを降ろす日が来れば!」
と頑張れるものですが、
いざ降ろすとどうしていいのかわからない(笑)
全部「それのせい」にできてたんですな。
体調悪いのはそれのせい、
機嫌悪いのはそれのストレス、
で、無くなると、それのせいには、できない。
でも人間普通に生きてましても
やはり不機嫌も不満足も襲うもんでして、
なすりつける対象を失ったわたくしは、
偉人の知恵を借りることにしました。
バートランド・ラッセルといえば当代随一の知性です。

……「当代随一の知性」とはどういうものか
まざまざと見せつけられて逆に鬱(笑)

いやあもう、要するに
「不幸っていうのはこれとこれとこれとこれが
 主な原因だよね、
 その時にはそれぞれこれはこうこれはこうこれはこう、
 幸せっていうのはこれがこうでこれがこうだったら
 いいよね、
 じゃあ、こうしてああしてそうしてどうして」
というようなことが
超・理路整然と書かれており、
この本読んだだけで
「不幸になんてなりようがない」
とまるで実演販売の人に心地よく騙された後のような
気分になれます。
「あたまがいい」っていうのはこういうことだと。
わかってるようでいてわかってないことを、
誰にでもわかりやすくすること。
他の国民同様イギリス人にも良い点悪い点ありますが、
最も良い点は
「これってこういうことでしょ? 違う?」
とこっちが二の句の継げないまとめ方ができるところ。
「いやそんな簡単なものじゃない」
と言いたいんですけど、丸め込まれてしまう。
自動車で言いますと初代ミニ。
あれぞまさにジョンブル魂でして、
あれ以上何も要らない、あれ以下には何も引けない。
あれで、イギリスの自動車産業は、終わったんです。
完成しちゃったから。

まそんなようなことで、
ごっつ釈然としないのですが、
しかし魔法の文句は
本書の中で先生がおっしゃってるように、
「どーせ宇宙の流れの中ではたいしたことないんだから」
ということでして、
まあ、辛くなったらこの本ぱらりとめくって、
「……まあそうだな、バラバラに問題切り分けて考えりゃ、
 たーいしたことねーなー」
と思うのがよろしいです。
鼓舞するでも励ますでもなく、
「だってこういうことじゃん」
という自然体の言葉が、胸に染みます。
本棚に一冊、
バファリンのように常備すると、
助かることも多いかもしれません。

posted by ながたさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) |